第3話 転校初日
そんなこんなで、いくらかの面倒な手続きを経て、高一の五月というあまりにもアレな時期に
「
お決まりの名前が書かれた黒板の前で自己紹介すると、新しいクラスメイト達は申し訳程度の笑いで応えてくれた。
よしよし、つかみは上々……。初手からこういうキャラを印象付けておけば、本当に調査に歩き回っていてもそれほど怪しまれないだろうし、何より皆あまり構ってこないだろう。友達が欲しくないわけじゃないが、目立ちすぎても困るってものだ。
「じゃあ、宮島君に質問がある人ー?」
若い女性担任のテンプレート進行に、いかにも陽キャそうな二、三人が手を挙げる。
「ホラー映画ってどんなの見るんですかー」
「主に和ホラーですね。ベタだけど『リンダ』とか『来た』とか」
「最近行った心霊スポットはー?」
「隣町の廃工場とか……」
ウソを考えるのも面倒なので事実を答えてしまった。もちろん、除霊の
と、そこで、賑やかそうな女子達から予想外の反応。
「あっ、あたしそこ知ってる。
「首吊り幽霊が出るってとこでしょー。宮島君もアミカのチャンネル見てるの?」
「いや、あの人はただの知人っていうか」
反射的に答えてから、しまった、と口元を押さえたが、どうやら遅かったようで。
「えっ、マジ、神月アミカの知り合いなの!?」
「ヤバくない!? やっぱ心霊繋がり!?」
彼女達の黄色い声を発端に、たちまち教室中にざわざわと声の波が広がっていく。その名前を知らなそうな生徒まで、何やら有名な誰かと知り合いらしいという興味本位で俺に視線を向けてくるのが痛々しいほどわかった。
「いや……まあ、その、知り合いの知り合いみたいなもので、直接はそんなに」
ウソは言っていない。
要するに俺からすると友人の友人くらいの距離感なのだけど、動画サイトで変な心霊系チャンネルを開設してからは、あの手この手で「本職」の俺をそこに出演させようとしてくる困った人なのである。
(まいったな……。目立たず騒がずでやり過ごすつもりが……)
助けを求めるように担任を見やると、彼女は思い出したようにパンっと手を叩いて、
「はーい、じゃあ宮島君の紹介はこのくらいにして、ホームルーム始めますよー」
と、まだ騒ぎ足りなそうなクラスメイト達を鎮めてくれた。
……が、そのくらいで俺への注目が収まってくれるはずもなく――。
***
「私っ、B組の
休み時間には早速、別のクラスの陽キャ女子にまで話しかけられて戸惑う俺がいた。
何人もの友達を引き連れ、ぱちっとした両目からキラキラしたオーラをぶつけてくる、見るからにスクールカーストの上層に居そうな彼女。正直、そういう人種と接し慣れていない俺には、言葉を交わすだけでも荷が重いけど……。
さりとて、この子を無視したりしたら、学校という狭い社会の中でその後どんな目で見られることになるかは俺だって想像できる。ここは当たり障りなく会話をこなすしかない。
「どうも、五月の転校生と書いて変なヤツと読む宮島です」
「あっ、それ、私が四月って付く名字を説明したからそれに被せてくれたのねっ!」
「イヤ、解説しないで、自分の会話センスのくだらなさに泣けてくるから……」
「くだらなくないわよ? それより宮島君、神月アミカさんと知り合いってホント!?」
ああ、やっぱりその件か……と、内心ちょっと気を落としながらも、俺は努めてフラットに「まあ」と答えた。
周りの友達が「きゃー」だの「へー」だのリアクションする中、
「アミカさんってカッコイイわよね、ボクっ子でクールな雰囲気とダウナーな語り口が心霊系チャンネルのイメージにハマってて!」
「クールっていうか、あの人はただ省エネで生きてるだけだよ……」
「省エネ? 生き様がSDGsってことねっ、時流に乗っててステキっ」
「……」
「どうしたの?」
「いや、あんな人にも信者って居るんだなって。ちょっと認識のギャップに驚いてるだけ」
実物を知ってる俺に言わせれば、霊能者でもないのに心霊関係にいっちょ噛みしてくるアブナイ拝金主義者にしか見えないんだけど……。そんなこと言ったら目の前の陽キャ女子達の総スカンを食らいそうなので、その見解は胸の内にしまっておこう。
そんなことより、せっかく校内の事情に詳しそうなトップオブ陽キャと話す機会が持てたんだから、情報収集しない手はない。
「それより、えーと、ワタヌキさん」
「わあ、早速覚えてくれたのねっ」
「そりゃあね……。キミ、事情通みたいだけど、この学校の七不思議とか、心霊関係の話とか知ってたら教えてくれない?」
事情通と言われたのがまんざらでもないのか、陽キャ女子はちょっと嬉しそうに口元を
「A組の教室、ひとつ空いてる机があるでしょ?」
俺が転入したクラスの話だ。教室の最後列にポツンと置かれた不在者の席。ちなみにその隣が新入りの俺の席である。
「その席の子、確かアサクラさんって言うんだけど、入学からたった一週間くらいで入院しちゃったんだって。私達の誰も話したことなくて、どんな子か知らないんだけどね? それで、その子の病状っていうのが……」
僅かに身を乗り出して、俺の目を覗き込んでくる四月一日さん。ここで息を呑むところよ、と彼女の表情が言っているような気がして、俺は素直にゴクリと息を呑んだ。
「病院でどんなに検査しても倒れた理由がわからなくて……ウワサによれば、音楽室で幽霊を見て、ショックで昏睡状態になっちゃったんだ……って言われてるらしいの」
「お、おぉ……」
よくある話……と言いそうになるのを寸前で抑えて、俺はゾクリと背筋が凍ったような表情を作ってみせた。
二秒ほどの沈黙を挟んで、四月一日さんはニコッと笑って言う。
「どう、お気に召してくれた? 今の話っ。私が考えたんじゃないからね? 本当にウワサになってるんだからね?」
「あ、うん……」
周りの女子達もウンウンと頷いている。話の真偽はともかく、そういう噂があること自体は確かなようだ。
そこでタイミングよく予鈴が鳴ったので、俺は彼女達と別れて自分の席に戻った。「またアミカさんの話も聞かせてねっ」という四月一日さんの声を背中に聞きながら。
(まずは、そのアサクラさんとやらの様子を見に行くか……?)
入院しているという子が本当に心霊現象の被害者なら、その体に表れている霊障を見れば色々と分かることもあるだろう。
早くも調査の目処が立ったことを内心喜びつつ、俺はその後の授業に耳を傾けた。
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