第2話 無茶振り潜入任務

「そういうわけで、いつきはその高校に転校生として潜入してもらう」


 ようやく高校生活にも慣れかけた五月の連休明け。営業時間前の心霊カフェのカウンターの定位置に陣取り、あまりに無茶振りな命令を俺に下してきたのは、未だに見慣れない姿をした鬼灯かがち真央まお師匠だった。


「イヤイヤ、何が『そういうわけで』なんですか!?」


 黙ってチョコンと座ってれば可愛い猫なのに……という思いと、仮にもクールビューティを自称していた彼女がこんな姿になってしまうなんておいたわしや……という思いが複雑に絡み合うのを一旦意識の隅に追いやっておいて、俺はひとまず反発してみるが。


「聞いてなかったのか? 醍醐だいご高とかいう高校で心霊現象の目撃例が多発してる。音楽室にピアノを弾く霊が出るとかいう、古今東西の学校七不思議で百万回こすられた超絶時代遅れのネタだ」


 にゃおん、と今にも鳴きそうな可愛らしい姿とは似ても似つかない淡々とした声で、師匠は既に聞いた説明を繰り返すのだった。


「聞いてましたって」

当番とうばん除霊師じょれいし制度でウチが担当になったが、私はこの通り猫になっちまったから動くに動けない。だからお前に転校生として潜入してもらうんだよ」


 だから、その『だから』のところで話が飛躍してるんだって。


「普通にイヤですけど!? なんで俺が始まったばっかの高校生活を蹴って転校しなきゃいけないんですか!?」

「だって、お前の歳じゃ、教育実習生や職員を装って潜入するって定番の手段が使えないじゃん」

「俺が聞いてるのは『なんで俺が』って部分なんですけど?」

「いいだろ、どうせ一月ひとつき経ってもカノジョの一人も出来てないんだし」

「余計なお世話ですよ」

「友達も出来てないしな」

「余計なお世話ですって!」


 自分の婚活について話を振られた時は、「霊能者わたしたちは俗世と深く関わるべきじゃない」とか何とか調子のいいこと言って誤魔化すくせに……。まあ、今は猫になってしまったから、当面そんな話も出なくて気が楽なのかもしれないけど。


「だからいいじゃん、この際、別の学校で高校デビューし直せば。強くてニューゲーム、チートで始まる転校生活ってな」

「授業一ヶ月しか受けてないのにチートも何もないでしょうが」

「お前を追放した見る目のない奴らを見返してやれよ」

「追放されてませんよ!」


 猫に向かってムキになって突っ込みを入れる男子高校生……というヤバい絵面を俺が虚しく演じていると、ふいに背後から聞き慣れた明るい声がした。


「いいじゃん、イッツー、行ってあげたら? お姉ちゃんを助けると思って」

あね弟子でし。いつ帰ったんですか」

「今だよー。ただいま、お姉ちゃん」


 他校のブレザーに身を包んだポニーテールの彼女は、師匠の妹の鬼灯かがち鈴鳴りんなさん。俺の一歳上の高校二年生で、霊能者としても姉弟子にあたる。

 おかえり、と応じる実の姉(の意識が入った猫)の首元の鈴をチリンと鳴らして、鈴鳴さんは自身も鈴が鳴るような声で言った。


「お姉ちゃんの頼みを本気で断るなんてムリでしょ? イッツーだって、お姉ちゃんには頭が上がらない理由があるんだからさっ」

「そりゃまあ、そうですけど……」


 俺と話しながら師匠の頭部をナデナデする鈴鳴さんと、「やめろ」と鬱陶しそうに猫パンチでそれを払う師匠。こうなると威厳も何もあったものではない、が。

 それでも、この人は身寄りのない俺を保護して、この世界で生きていけるすべを教えてくれた師匠であり……。

 彼女が今の姿になってしまったのも、約一年前、とある事件で俺と鈴鳴さんを霊障れいしょうからかばってくれたからなのだ。

 だから、俺はこの人に足を向けては寝られないし、頼みだろうと命令だろうと断れる立場にはない。少なくとも、猫の体に入ってしまった彼女の魂が、今も本邸で眠り続ける「本体」に戻れるその時までは……。


 ――まあ、それはそれとして、入学したばかりで転校は普通に気乗りしないんだけど。醍醐だいご高校とか、履歴書に書くのも面倒そうな名前だし。


「ていうか、生徒として潜入するなら姉弟子でも……」

「やだよ、あたしは今の学校にちゃんと友達いるし」


 一縷いちるの望みをかけて試しに言ってみた提案は、姉弟子に一秒と経たず却下された。


「そうそう、鈴鳴コイツはお前と違って高校生活をエンジョイしてんだよ。こんな小さい案件一つのために転校なんてさせられるか」

「師匠……。要するに、友達もいない陰キャの俺なら、こんな案件一つのために雑に転校させてもいいと」

「よくわかってるじゃん」


 自分の前足をチロリと舐めて、師匠は猫の目で俺を見据えてくる。


「それに、行けばカノジョが出来るかもしれないぞ」

「なんで……?」


 未来を予言するかのような一言に、不覚にもドキリとしてしまう俺だった。

 まさか、心霊現象に巻き込まれている子の中に絶世の美少女がいて、助けたらお近付きに……とか?


「いや、単に環境を変えればワンチャンあるかもって話」

「なんですか、期待させといて」


 がくっと落とした俺の肩を、鈴鳴さんが横からポンと小突いてくる。


「えー、イッツー、なに期待したの?」

「別に何も……」

「カノジョ欲しいの?」

「そんなんじゃないですよ! もう、行けばいいんでしょ、行けば」


 最初から抗えるはずのなかった結論にようやく俺が折れると、師匠は「うむ」とばかりに喉を鳴らした。


「さすが、私の弟子は物分かりがよくて助かる」

「それギャグで言ってるんですか?」

「睨むな睨むな。学校の外での活動は鈴鳴にも手伝わせるから。期待してるぞ、陰陽おんみょうコンビ」

「はーいっ!」


 元気よく手を挙げて答える「陽」担当の姉弟子と、「はぁ……」と声を絞り出す「陰」担当の俺。

 この時は、まさか問題の学校で俺なんか目じゃない程の陰キャ幽霊と出くわすなんて、夢にも思ってなかったわけで……。

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