実は生きてた幽霊少女を助けたら、死ぬほど纏わりついてくる

金時める

第一部

1. 放課後の幽霊少女

第1話 私が見えるんですか

「わっ、私が見えるんですか……」


 古今東西の幽霊少女にお決まりのセリフを吐いて、音楽室のピアノから僅かに顔を上げたのは、真っ黒な前髪で目元を隠した真っ白な肌の女子生徒。この高校の制服に身を包んだ華奢な体が、窓から差し込む西日を受けてオレンジ色に透けている。


「ああ、しっかり見えてる。お前を助けに来てやったんだ」


 俺が言うと、幽霊少女は「私を助けに……?」とか細い声でオウム返ししてから、ふるふると小さく首を振った。


「け、けけ結構です……。わっ私みたいな無価値な人間に、かっ構わないでください……」


 再びピアノを弾き始めるでもなく、さりとて俺と目を合わせるでもなく。鍵盤に目を落として黙り込む彼女との間に、数秒、気まずい沈黙が流れる。

 夕焼けの差し込む二人(?)きりの音楽室。真新しい制服を着た転校生の俺と、黒髪ロングのピアノ少女。相手がこんな卑屈な幽霊じゃなきゃ、ロマンチックな話の一つも始まりそうな光景なんだけどな……。


「……お前は」


 相手が喋りだす気配がないので、やむなく俺から口を開いた。


「お前は、いつまでもこんな所に居ちゃいけない」

「あっ……」


 コミュ障特有の「あっ」を前に付けてから、彼女は喉の奥から絞り出すように答える。


「そ、そうですよね……。わっ私みたいな陰キャが居座ってたら、みっ皆の迷惑ですし……」

「いや、陰キャとかそういう話じゃなくて」

「あっ、そ、それに……」


 ふいに何かを思い出したように、幽霊は自分の肩を抱いて怖がる仕草を見せた。


「さ、最近、この音楽室……ぴ、ピアノを弾くオバケが出るってウワサも……」

「そーれーは、お前だー!」

「あひぃぃっ!」


 思わず全力で突っ込んでしまった。

 体を半分透けさせたまま、幽霊はピアノの椅子から崩れ落ち、そのまま床にうずくまってカタカタと体を震わせている。


「わ、悪い、びっくりさせて」

「……あっ、や、やっぱり私……死んじゃってたんですね……」

「そこから自覚なかったの!?」


 ツッコミ所が多すぎて追いつかない。やっぱり、あね弟子でしに応援に来てもらった方がよかったか……?


「……あっ、ふふっ、どうりで……」


 何かに納得したように、微かに見える口元に薄ら笑いを浮かべている幽霊少女。


「どうりで……ずっとピアノ弾いてても、おなか空かないと思った……」

「いや、そこは、『どうりで誰からも話しかけてもらえないと思った』とかじゃないのかよ」


 義務感でとりあえず突っ込んでおくと、前髪で目元の見えない彼女は、ふふっ、と口元を自虐気味につり上げて。


「あっ、い、生きてる時だって……誰も話しかけてくれなかったから……」

「なんて哀しい……」


 俺が思わず彼女の境遇を思ってこめかみを押さえていると、当人は僅かに頭を上げて、重たそうな前髪越しに俺を見てきたような気がした。


「……あっ、で、でも」

「ん?」

「さ、さっきの、『おまえだー』ってやつ……。ふ、普通はオバケの方が言うやつかと……」

「ああ、うん、知ってる知ってる」


 霊能者の家系に生を受けて十六年。これでも幽霊より幽霊のことには詳しいつもりだし、「お前だー!」って言って人をおどかしてくるヤツをはらったことだって一度や二度じゃないんだよ。

 それにしても、人の目を見て話すこともできないクセして、ボソっと今みたいな突っ込みだけは入れてくるの、本当に陰キャの生態って感じだな……。まあ、俺も友達の少なさでは人のことは言えないけど……。


「それで、可哀想な幽霊さんよ。本題なんだけどさ」

「あっ、は、はい……?」

「俺さ、お前を成仏させてやらなきゃいけないんだよ」

「あっ、えっ……?」


 俺の言葉に幽霊少女が小さく首をかしげた、その時。

 そのタイミングを狙いすましていたかのように――

 心霊ものの漫画だったら、おどろおどろしいフォントで「オオォォォ……」とでも効果音が付きそうな、禍々しい瘴気しょうきを纏って……は、俺達の前に姿を現した。

 音楽室の天井からピアノと少女を見下ろす、数えきれない霊の集合体。業界用語で言うところの群体ぐんたいってヤツだ。


「危ない!」


 俺は咄嗟に飛び出して、彼女をかばう姿勢でピアノのそばに片膝をついた。同時に突き出した数珠じゅずから放たれる霊気の障壁バリアが、間一髪、群体どもの伸ばしてくる無数の腕を遮る。


「あっ、えっ、なっ何ですかこれ……!」


 声を震わせ、俺にすがりついてくる幽霊少女の白い手が、すかっと俺の肩を通り抜けた。


 ――ピアノ……一緒イッショコウヨ……――


 一人一人の自我を失った群体の声が、不気味な響きで鼓膜を震わせてくる。

 ヤツらは自分達と似たような境遇の霊を本能で嗅ぎつけ、群れに取り込もうとする。その悲惨な末路からの霊を救い、無事に成仏させてやるのも、除霊師の大事な役目の一つだ。


「お前を仲間に引き込もうとしてる連中だ。取り込まれたが最後、自我を奪われて現世をさまようことになるぞ……!」

「あわわわっ……な、仲間……?」


 俺の肩をすっと頭ごと突き抜けて、彼女は悪霊どもの集合体を見上げて呟く。


「……わ、私みたいなものでよければ……ふふっ、生まれて初めての……なっ仲間……!」

「ちっがぁーう!!」


 思わず彼女の頭をシバいた俺の手は、ぱしこーん、という快音を響かせることもなく空を切った。


(ったく、なんで俺がこんな意味不明な任務しごとに……!)


 この一癖も二癖もありすぎる幽霊少女を俺が相手することになった経緯は、一週間ほど前まで遡る――。

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