第2話

 それから暫くして俺はまた迷宮内にいた。

 迷宮に入って数日が過ぎているが現在の状況はあまりよろしく無い。前回より深い階層まで探索に来ていたのだが遭遇するモンスターの他に追跡者がいることが確認できているからだ。


 昨晩のことだが稀に存在するギルドが公式に発表していないセーフエリアで休息をとっていたところに見覚えの無い探索者が接近してきた。


 今いるセーフエリアが正規ルートから外れていて周辺に価値のある採取対象となる物が無い。それに今までこのセーフエリアで探索者と遭遇したことの無い俺は眠ったふりをしてその探索者の様子を窺うことにした。


 少しの間、眠る(フリをしている)俺の様子を窺っていた探索者が近づいてくる。一人と思っていた探索者に続いてもう一人の気配が近づいてくる。

 背筋に走った冷たい感覚に跳ね起きて近寄ってくる探索者から距離を取る。背嚢の傍に立て掛けていた剣は接近してきた探索者に弾かれて暗闇の中に滑っていく。


 チッ、舌打ちをしながら腰にいた剣の柄に手を掛ける。ドクン、魔力が吸われていく。


 感情の無い表情の男が静かに距離を詰めて来た。その背後にいるもう一人が杖を高く掲げている。まずい! 咄嗟にそう判断した俺は石畳を蹴った。さっきまで俺がいた場所に渦巻く炎の柱が立ちのぼった。着地と同時にさらに距離をとるべく通路の壁を蹴って曲がり角を曲がる。完全にセーフエリアから離された。


 さっきの男がついて来るのが気配で理解できる。そうなれば当然術者も追いかけて来る。術者がいる以上開けたところで相手にすることを避けるのは必定。


 ただこの時は相手の術者の方が手足れだった。

 曲がり角を曲がった俺の前に魔力が収束し、一気に弾けた!


「ぐっ……」

 咄嗟に顔を庇った腕と背中に襲ってきた痛みから壁に打ち付けられたことを理解した。間伐入れず襲うゾクっとした感覚に身をひるがえす。キッと岩壁を引っ掻くような音を立てたのは俺を追ってきていた男の振るった剣だった。きっさきが欠けてもおかしく無い勢いで俺の首があったところに振るわれた剣は岩壁に軽く触れただけで止まっていた。これだけでもこの男の技量が優れていることがわかった。


 俺はもう躊躇っている状況じゃないと腰にいた剣を抜く。その瞬間ズクンと激しい脱力感が俺を襲う。


 いつもならうっすらと紫光を纏うだけの刀身は迷宮の薄暗い中に浮かび上がるように紫光を放っていた。


 直後、俺に向けて突き出された男の手首から先が宙に舞う。一泊遅れて男の腕から鮮血が噴き出して俺を襲う脱力感がほんの少し和らぐ。

 俺は一歩踏み込んで振り上げた剣を切り返して袈裟斬りに男を切り伏せた。身体の負荷が軽くなったのと同時に刀身の紫光が一瞬強くなる。


 ドサッ、体格の割に軽い音が通路に響く。その倒れた男の背後に見えた術者はすぐに杖を構えた。杖の先端に嵌め込まれていた水晶に魔力が収束する。それと同時に俺の背後を遮るように魔力が立ちのぼった。


 反射的に術者との距離を詰めるべく飛び出した俺の左肩に強い衝撃が襲った。術者が放った火球が弾けて目が眩んだが構わず術者との距離を詰め横薙ぎに薙いだ剣が空を切る。


 魔力の収束を感じて身を屈めたところで頭上を通り過ぎていく魔力を感じた。背後で硬い音が弾けたところから石弾の類だと推測。三つ以上の属性の術を行使する術者が迷宮都市いるということを俺は噂にも聞いたことがなかった。だが今、眼前で俺の命をとりにきているこの術者は最低でも三種類の属性魔術を行使することができる優れた術者だ。


 やられる! 直感的に感じたその感覚に突き動かされるように術者に向かって弾けたように駆ける。頭上斜め上に急速に収束されていく大きな魔力と俺の眼前に生成された魔力の塊が疾走を阻むように身体に纏わりつく。


 術者の頭上に収束した魔力が俺に向かってくる。そう覚悟した瞬間に状況は急変した。剣が、暴走した!


 俺の身体から何かが吸い出される感覚と同時に俺に纏わりつく魔力と術者の頭上に収束していた魔力も剣に流れ込んでいた。俺はその場に膝を突き剣を持ったまま床に手を突いた。


「うっ、ああああぁぁぁ……」

 掠れゆく視界の先で術者が呻き、悶え苦しんでいた。

 それが俺が見た最後の光景だった。




 迷宮内で意識を手放してしまうこと。それだけでも生命の危険度は跳ね上がる。

 ソロで迷宮に潜っている俺はそういうことがないようにできるだけ手をうち注意もしていた。それなのに俺は不可抗力とはいえ意識を手放してしまった。


 グッ、グッと腕が引っ張られる感覚に意識が浮上してくると倦怠感が全身を包んでいて動くことができなかった。かろうじてうっすらと開いた瞼、焦点が定まらずボヤけた視界に映ったのはボロ布を身に纏った小柄な人物だった。ブツブツと小声で呟く声が次第に耳に入ってきた。

「……んで、この剣、外れないん、だ」


 グッと剣を握る手に力を込める。

「ぬあっ!? 生きてた! まずっ!」


 ボロ布を着た盗人は叫び声をあげて俺の視界から驚くほどの速度で立ち去って行った。グッと腕に力を込める。プルプルと震える腕でうつ伏せの状態から仰向けに姿勢を変える。


 倦怠感と脱力感が抜けるまで周囲への警戒だけは怠らないように努めた。

 それから体感的に一時間ほど過ぎてようやく立ち上がることができた。襲撃者の姿を確認に向かったが術者はまるでミイラのような状態になっていて性別しかわからなかった。先に遭遇した襲撃者の方も確認したが身分を証明するようなものは見つけられなかった。


 その後、まだ力が入らない状態だが残してきてしまった背嚢はいのうと剣を回収するためにセーフエリアに向かうことにした。


 セーフエリアに辿り着いた俺は背嚢はいのうがあった場所を確認したがそこには引き裂かれた背嚢はいのうと食い散らかされた携行食、それと探索道具が転がっていた。


 襲撃者に蹴られた剣は無事に回収できたが持参した携行食のほとんどと水を入れていた革袋を失った俺は今後の方針を考えていた。深く潜ったことがここにきて災いした。


 上層にある水場までたどり着くことは困難と判断した俺は下層に向かう決意を固めた。


 襲撃された階層から二階層降ったところは全体的に鍾乳洞のような雰囲気で多くの水場が存在している。組合の地図にも水場の場所が記載されている。俺はそれに賭けることにした。


 術者から受けた傷を癒すためのポーションは食料を食い荒らされた時に瓶が割れてしまっていた。瓶底に残った僅かな量を飲んだが出血を止める程度の役にしか立たなかった。


 下層への移動は俺の状況など考慮してくれるはずなどない。

 当然、迷宮のモンスターがそんな状況を考慮してくれるはずもなく俺を阻むように現れた。


「くっそ! こんな時に……」

 小さく悪態を吐いて目の前に現れた鈍色のゴーレムに駆け出す。ゆっくり振り上げられたゴーレムの手は通路の天井を掠めて速度を増して撃ち下ろされてきた。

 ガゴンッ!! ゴーレムの右拳が迷宮の床を砕く。飛んでくる礫を左腕に受けてその痛みに顔を顰める。


 ゴーレムの腕を掻い潜って懐に踏み込むと同時に横薙ぎに振るった俺の剣はゴーレムの足を捉えたが金属音がギィイイイィィィンと響き渡るだけだった。


 痺れた右腕に判断が一瞬遅れた。

 ゴーレムが左拳で殴ってきてそれを右手に握った剣とその剣の腹に添えた左手で防御にまわる。ゴッ、ドカッ!!

「グゥッ!」背中が岩壁に打ち付けられた勢いのまま肺の中の空気と共に血塊が吐き出された。左腕は変な方向に曲がりゴーレムの拳を受けた剣は曲がってしまっている。


 曲がった剣を投げ捨てて痺れる手で腰にいた剣の柄に触れる。軽く柄を握り鯉口を切ると身体から力が抜けていく。


 鈍色のゴーレムがゆっくりと向きを変えて俺に向かって近づいてくる。巨軀からは考えられないほど音も立てずに進んできたゴーレムは滑らかな動きで俺に向けて拳を打ち下ろしてきた。


 一閃! 紫光を棚引かせた刀身は俺の意思とは関係ない動きでゴーレムの拳を割った。斜めに切り落とした拳が床にゴッと硬い音を響かせて転がり、振り抜いたゴーレムの腕は俺を掠めて空を切った。その拳圧に俺の身体はよろけて一歩踏み出してしまった。スウッ…… きっさきが斜め上に向けられた。


 剣を握った腕が引っ張られる感覚のあとバターに熱したナイフを突き込むような感覚が右腕に伝わる。パキッという感触がきっさきを通して俺の手に響く。


 ゆっくりとあげた俺の顔、視線の先で頭から崩れていく鈍色のゴーレムの姿があった。俺の足元に鈍色の砂が流れてくる。掲げたままの剣のきっさきには鈍く輝く魔石が突き刺さっていたがその輝きは徐々に失われて、いや、正確にはきっさきに吸い込まれていった。


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 こんな感じの探索者の日常の話。

 需要があればボツボツと続きも書こうと思いますが、多分需要はないだろうなってお話を捏ねまわして年末を過ごしていました。


 2024年が皆様にとってよい一年でありますように。

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