お出かけの付き添い(2)


 すぐに準備を済ませ三人で訪れたのは、城下街の中央区から少し外れた人通りの少ない場所に建つ教会だった。

 かなりの築年数なのか外装は色褪せている。

 しかし、建物は大きいため、それなりにいい場所なのだろう。


 フィーナは鼻歌交じりに玄関まで歩き、扉を叩く。


「……はい、おおっ、これはフィーナさん」


 しばらく待って現れたのは、教会の服に袖を通したふくよかな男性だった。

 どうやら顔見知りだったようで、フィーナの顔を見ると同時に、にこやかな笑顔を作り出した。


「子供達と遊びに来たよー!」

「ええ、お待ちしておりました……皆は広場の方で待っているので、さぁこちらへ」

「はーい!」


 フィーナは中に入り、タタタッと走って行ってしまった。

 その後を追うようにマギサが歩き、俺もそれに倣ってついていく。


「みんなーー! フィーナお姉ちゃんが遊びに来たぞーーーー!」


 元気一杯なフィーナの言葉で、広場で遊んでいた子供達が一斉にこちらを向いた。

 そして、ほぼ同時に顔を綻ばせ、彼女の元に集まる。


「フィーナお姉ちゃん! また来てくれたの!?」

「約束だからね! ちゃんと来たよ!」

「フィーナ、ボール遊びしようぜ!」

「おお、いいね! 遊ぼう遊ぼう!」


 そうして子供たちに紛れてボール遊びをし始めるフィーナ。

 年相応の明るい笑顔を作り、心から楽しんでいるように見えた。

 彼女達の言う用事はこれのことだったのか。……張り切って早起きする理由がよくわかった。


「このようなこともやっているのだな……」

「街でフィーナが見つけて、仲良くなったみたいよぉ? それからは定期的に遊んでいるってわけ」

「この子達は、やはり孤児なのだろうか」

「そうでしょうねぇ。悲しいことに今のご時世、家族を失くす子供が多い。だから、あちこちに教会が建てられ、その管理者は責任を持って孤児を預かっているのよぉ」

「ふむ、建物は古くて心配だが、人が良さそうな神父様がいるから子供達は安心だろうな」

「…………」

「ん? どうした?」

「……いえ……そうね。子供達が安心できる。それはとてもいいことよ」


 一瞬、ほんの一瞬だが、彼女の表情が曇った気がした。

 しかし、すぐにそれは消え去り、いつもの妖艶な笑みを浮かべる。


「ねぇあなた? 少し周辺を歩かない?」

「あ、ああ……構わないが……」


 チラッとフィーナを横目に見る。

 彼女の付き添いで来ているのに、離れてもいいものか。


「あの子はここで遊んでいるでしょうし、少し目を離しても問題はないわぁ。あの子は何回か来ているようだし、迷子にはならないでしょう」

「……それもそうか」


 それに、フィーナの周囲には子供達もいる。

 迷子になる心配は無いし、ここは教会の敷地内だから危険もないだろう。


 一言だけ場を離れると言い残し、教会裏に広がる花壇の道を歩く。


「もうわかっていると思うけれど、ここはかなり前に建てられた教会らしいわぁ」

「だろうな。随分と色褪せているし、何箇所か修復が必要なところも見受けられる」

「本当は今すぐにでも修理したいのだろうけれど……」

「金、か……」


 教会は国からの援助金が出ていると聞いたが、それでも足りないだろう。

 どうにかしてあげたい気持ちはある……が、俺一人の力ではどうしようもない。それではただの偽善と同じだと理解し、悔しさに拳を握りしめた。


「そうねぇ。教会でも維持にはお金がいる。子供の養育費もあるし、色々とお金は必要になるわぁ」

「……難しい問題だな」

「あら、そうでもないわよぉ?」

「どういうことだ?」

「結局、お金さえあれば全て解決する問題よ。とてもシンプルだけれど、そのお金がない。ふふっ、やっぱり難しい問題なのかしら」

「結局はどっちなんだ」

「難しく考えても仕方ないってことよ。そういうのは国のお偉いさん方に任せるしかない。ただの庶民である私達は、一生懸命に今を維持することが重要なのよ」


 その考えは間違っていない。

 我々がどんなに頑張ったところで無意味。多少は改善されるかもしれないが、それは問題を先延ばしにしているだけで根本的な解決にはなっていない。

 なら、俺達のような庶民ができることはただ一つ、現状維持のみ。


 だが────


「それでは救える命も救えないではないか」


 自分のことに精一杯なのは仕方がない。

 しかし、それを理由に助けが必要な者に手を差し伸べないのは違う。

 簡単なことではないのだろう。それでも、ただ剣を振ってきた俺には世の中では何が正しくて、何が間違っているのかなんてわからない。

 だから俺は、俺が正しいと思った行動を取る。


「…………」


 俺の発言が意外だったのか、マギサは珍しく呆けた顔になり、その後すぐに堪えきれなくなったのかブフーッと吹き出した。


「ふふっ……! あなた、やっぱり馬鹿ねぇ」

「わ、悪かったな!」

「違う違う。これは褒め言葉。馬鹿だけど自分に正直。そういう考えは嫌いじゃない」

「──っ!」


 何故か無性に恥ずかしくなり、咄嗟に顔を逸らす。


「庶民がどう頑張ったって限界はある。だから私達は現状維持を第一にしながら、少しでも何かが良くなりますようにって出来る範囲で誰かを助けてあげるの。……あとはお偉いさま方がなんとかしてくれるわ」


 でも、と彼女はこちらに振り向き、少し困ったように言葉を続けた。


「そのお偉いさま方が腐っていた場合、子供達にとっての救いはいつ訪れるのかしら」


 ──何が言いたい?

 その言葉の真意を聞き出そうと口を開きかけた時、彼女は両手をパンッと合わせて「戻りましょうか」と歩き始めてしまう。


 俺は結局、最後の最後まで己の疑問を晴らすことはできなかった。

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