お出かけの付き添い(1)


 翌朝、俺はまだ日が上がったばかりの早朝に起きてしまった。

 いつもは訓練場に行き、剣の素振りをしている時間帯だが、今は騎士ではなく酒場の従業員だ。


「起きるか」


 寝巻きから軽装の普段着に着替え、下に降りる。


「……おはようございます」


 すでにザインが起きていて、手には買い物籠を持っている。どうやら、今から買い出しに行くつもりだったようだ。


「今から出るのか?」

「はい、いつもこのような時間です」

「早くないか?」

「早めに行かなければ、新鮮な食材を手に入れられませんので」

「そうか。気をつけて」

「はい、行ってきます」


 優雅に一礼をして、酒場を出て行った。


「んにゅう……おはよぉ」


 その後にフィーナが寝惚け眼を擦りながら、フラフラした足取りで階段を降りて来た。足を滑らせてしまいそうで心配になり慌てて駆け寄る。


「フィーナ、おはよう。起きるのが早いんだな」

「……ん、今日は別の場所に用事があって……早起きしたの。…………あれ、ザインは……?」

「つい先程、買い出しに出て行ったぞ」

「ん、ああ……こんな朝早くから行っていたん……ふ、ぁあ……」


 フィーナが言葉の途中で大きな欠伸をした。

 かなり眠そうだが、その用事というのに支障はないのだろうか?


「……ん、おトイレ」

「トイレは逆だろう」

「…………そうだった……ふ、ぁ……あふっ……」


 とても心配だ。

 トイレの扉を開けようとして、引き戸なのに何度も押して首を傾げている。見ていられなくなり代わりに扉を開けると、フィーナは「ありがと〜」と間延びした声で感謝の言葉を言い、トイレの中に消えて行った。ちなみに鍵を掛け忘れている。

 ……とても、心配だ。


「少し見守ってみよう」


 そう決めてから、十分が経った。

 大きいほうなのかもしれないと思い、まだ待つことにした。


「……遅い」


 二十分が経った頃、心配になって扉をそっと開けてみる。

 すると……。


「フィーナ! 何をしている!?」

「むにゃ……?」


 フィーナは立ったまま眠っていた。

 背を向けていることから、閉めてすぐに眠ったのだろう。

 慌てて便器に座らせ、どうにかトイレ事件はことなきを得た。

 彼女の膀胱が緩まなかったのは幸いだった。もしそうだったら、本当に最悪の結果になっていただろう。


「あらぁ? フィーナったら、もう起きていたの?」


 二階から聞こえたねっとりとした声は、マギサのものだ。


「……っと、アルファストも居たのねぇ。おはよう」

「マギサか、おはよう。それよりも助けてくれ。フィーナの寝坊助が凄まじいんだ」

「あらあら、無理して早起きするからよぉ」

「……ぐぅ……」


 フィーナはまだ立ったまま眠っていた。

 それを面白そうに笑うマギサ。こちらとしては笑い事ではないのだが、慣れている者にとってはいつも通りの光景なのだろう。


「フィーナは用事があると行っていたが、どこに行くんだ?」

「ちょっとした約束を果たしに……と言っても、そこまで重要なことではないわぁ。でも、この子は張り切っているみたい。こんな朝早くから起きるなんて、天地がひっくり返るくらい珍しいことだもの」

「そんなにか……一応聞くが、いつもはどのくらい寝ているのだ?」

「そうねぇ……お昼になるまでかしらぁ。そのくらいにお腹を空かして起きてくるのよ」


 見たことがなくても、その光景が容易に想像できる。


「昨日は昼食になる少し前にアルファストが来たから、ちょうどいいから作らせちゃおうって話になったのよぉ」

「道理で話の進み具合が早かったわけだ」

「そういうこと。おかげで手間が省けたわぁ。ありがと」

「どういたしまして。……だが、料理はルティナのほうが美味しいだろう」

「ふふっ、そうねぇ……ちょっと残念なところはあるけれど、昔から手先は器用なのよ。残念だけど」


 二回言った。

 大切な仲間の悪口を、さも当然のように二回言ったぞ。


「コーネリアも、昨日でそれがよくわかったでしょう?」

「……ああ、そうだな」


 たしかにルティナは何処か抜けているところはある。

 だが、いざ仕事になると真剣な顔つきに変わり、見事な手際で次々と繰り返される注文を捌き切っていた。彼女の行動には一切の無駄がなくて、剣術以外の何かで魅了されたのは初めてのことだった。


 ……まぁ、閉店時間になった途端、完全なダメ人間になっていたが。

 駄々をこねすぎて最年少のミュウに呆れられ、いい加減うるさいからとミュウの操るぬいぐるみによって二階の部屋に放り投げられていたな。


「正直、俺の入る隙はどこにもなかった」

「あら、そうでもないと思うわよぉ?」

「……そうか?」

「ルティアは、あなたが入ってくれたことを結構喜んでいたし、初対面の相手にあれだけ褒めるのは珍しいわぁ。だから、あなたならきっと役に立てるはずよ。……できなかったらクビだけど」

「そんな……!」

「ふふっ、嘘よ、嘘。フィーナがあなたを気に入っちゃったから、そう簡単に切らないわ。だから期待しているわよ?」

「ああ、全力を尽くすよ」

「ええ、そうして頂戴……それじゃ、私も出掛ける支度をしなきゃね」

「ん? マギサも何か用事があるのか?」


 フィーナだけではなく。マギサまで。

 もしや酒場を経営していない時も、皆は別の場所で働いているのか?


「違う違う。私はフィーナの付き添い。あの子を放っておいたら危ないから、外出の際は誰かが見張る決まりなのよ。それで今回は私の番ってわけ」

「なるほど……」

「……あ、そうだぁ」


 マギサは何か案が思いついたと言いたげに、両手をパンッと合わせた。


「折角だし、あなたも来てみる?」

「……いいのか?」

「勿論よぉ。それならフィーナも喜ぶだろうし、私も仕事が減るから楽できるわぁ」

「それ、ほぼ後半が狙いでは」

「細かいことを気にしていたら、人生つまらないわよぉ?」


 好き勝手言ってくれる……しかし、マギサの提案は悪くない。酒場の店主が普段どのようなことをやっているのか。それを調べられるいい機会だろう。


「わかった。その用事とやらに同行させてもらおう」

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