職場に慣れてみよう(4)


「さてと、これで全員と話せたかな?」

「いや待て、まだ残っているだろう」

「……え? うーん、シュリアはやった。マギサもやった。ルティナもやって、ミュウも終わった。……んん?」


 一本一本指を立て、確認していくフィーナ。


「フィーナ、お前がいるだろう?」

「あ、私か! あははっ、もう話した気になっていたよ! これは失敬!」


 ……何というか、フィーナは時々変な言葉を使う。

 マギサに指摘されていた『タイマン』だったり、今の『失敬』だったり……とてもではないが10代後半の少女が使うような言葉ではないだろう。


「私はフィーナだよ! この『貪欲な毒竜の酒場』の店主です! やっていることは皆のサポート。調理以外の手の回らない場所をお手伝いしています!」


 腰に手を当て、えっへんと口にした。ついでにドヤ顔込みだ。


 わざわざ『調理以外』と言ったということは、フィーナは料理が出来ないのだろう。

 となれば、主にミュウの仕事を手伝うのだろうな。やはりぬいぐるみを操っていると言っても、目の届かない場所は絶対にあるはずだ。ぬいぐるみは喋れないので接客はできないし、会計もぬいぐるみでは難しいだろう。

 フィーナはその穴を埋めている。という認識で良さそうだ。


 俺もそこの担当に回されるようなので、少しでも彼女らの手助けになれたら嬉しい。


「好きなのは甘い物! 嫌いなのは……野菜!」

「お前はミュウか」


 ほとんど同じではないか。

 ……いや、見た目はどちらも子供なので変ではないのだが、もう少し何か捻ってくるだろうと思っていた。


「えっと、得意なのは力仕事です!」

「力仕事? その細い腕で?」


 フィーナの腕は、どう見ても年相応の細さか、それ以下だった。少し力を入れたら折れてしまうのではないか? と心配になるくらいだ。

 実際に触ってもプニプニとした柔らかい感触しか感じられず、お世辞でも筋肉があるなんて思えない。


「フィーナの言っていることは本当よ。私達が束になっても、この子の力には勝てないわぁ」


 と、マギサが教えてくれた。


「しかし……そう言われても信じられないな」

「無理もありません。フィーナはそれだけ華奢な体つきをしていますから」

「ん、どこからそんな力出ているんだって、時々不思議になる」

「流石の我でも、フィーナの馬鹿力には敵わぬな」


 他のメンバーが口々にそう言った。

 ……信じられないが、皆が揃ってそう言うのであれば本当なのだろう。

 となると、考えられるのは一つ。


「魔法で身体能力を強化しているのか?」


 その細い体で力があるということは、それしか方法はない。

 そう思っての言葉だったのだが、フィーナは予想外の反応を返してきた。


「え、魔法? 何それ?」

「…………は? まさか、魔法を知らないのか?」

「逆にみんな知っているの?」

「嘘だろう……?」


 魔法はその者に適性がなければ扱えないという難点はあるものの、今の時代ではかなり浸透している技術だ。

 人の国や街が安全なのも、邪悪なものを寄せ付けない魔法が張られているから。他にも魔法が日常生活で役に立っているのは、誰が見てもわかることだと、そう思っていた。


「あ〜、この子は少し考えが古いのよぉ。だから、魔法を知らないのも仕方ないわね」

「フィーナ、魔法とはこういうものです」


 ザインは魔法の実演で、手の平に拳くらいの大きさがある火の玉を作り出す。

 今、さらっと無詠唱で魔法を発動しなかったか? ……い、いや、無詠唱は魔法を極めた者ができる芸当だ。流石に無理だろう。きっと詠唱を聞き逃していただけに違いない。


「おお! みんなが時々使っている面白そうなのが魔法だったんだ! 初めて知ったよ!」


 フィーナは、その火の玉に目を輝かせる。

 他の皆も呆れたようにしていることから、どうやら本当に知らなかったらしい。


「面白いのが魔法……うんっ、覚えた! これでまた一つ賢くなっちゃったね!」

「……あ、ああ、よかったな」


 俺は愛想笑いを返すことしかできなかった。


 まさか魔法が精通して来たこの時代で、魔法を知らない者に出会うとは思っていなかったのだ。

 マギサは、フィーナの考えは少し古いと言っていたが、それはどういうことなのだろう?


「よしっ! 次こそは全員分の紹介が終わったね!」

「待て、我らだけが自己紹介をしても、我らが従者アルのことを知らなければ意味がないだろう。……こ奴はすでに我らの仲間なのだぞ?」

「それもそうだね! それじゃあアル君、お願いできるかな?」

「ああ、わかった」


 これは予想していたことだ。

 俺は事前に考えていた言葉を思い出し、その通りに言葉を並べる。


「俺はアルファストだ。少し前までは冒険者をしながら生活していたが、そろそろ他のことにも手を出したいと思い始めた。そこで辺りを歩いていたところ、この酒場を見つけた」

「……冒険者……この国の、ではありませんよね? 僕も何度かギルドへ顔を出すのですが、アルファストの顔は見た覚えがありません」

「……ザインの言う通りだ。冒険者と言っても、俺は各地を渡り歩くタイプでな」

「なるほどぉ……ちょうど他に何かしたいと思った時に、この国に来ていたんだね」

「ああ、その通りだ。近くに王都があるのを思い出して、ここなら何か職があるのではないかと訪れたのだ」


 チラッとマギサの様子を確認する。

 彼女は変わらず微笑み、キセルを吸っている。何を思っているのか読み取ることはできないが、相手は俺の挙動一つ一つを観察して、心の内にある感情を読み取ろうとしているかもしれない。


 ……本当に、油断ならないな。


「今日はまだ入ったばかりだから、開店後の仕事はしなくていいよ。その代わり材料の仕込みと掃除だけ手伝ってくれるかな? 終わったら自由にしてくれていいよ」

「了解した。では、まずは仕込みからだな。ルティナ、よろしく頼む」

「応っ! では付いて来るがいい、我が右腕よ!」


 フハハハッ! と、ルティナは厨房に走って行った。そのすぐ後にガシャーーーンという音と、彼女の悲鳴が聞こえた気がするが……彼女の尊厳のためにも、あえて突っ込まないようにしよう。



          ◆◇◆



 ──調査一日目──


 件の酒場に潜入成功。

 まだ何も確かな情報は無いが、店主は例の大罪人ではないことは明らか。

 他の従業員に紛れている可能性があるので、慎重に行動する。


 ──報告終了──

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