職場に慣れてみよう(3)
次に向かったのは厨房だ。
「ふっふっふっ、待っていたぞ我が右腕よ!」
カッ! と目を見開き、怪しげなポーズをするのは鮮やかな金色の髪を大きく二つに結んだ少女ルティナだ。
「我が名はルティナ! 深遠なる闇の支配者であり、この酒場の料理担当を任されし者だ!」
深遠なる闇の支配者が、料理担当……なんだかギャップが凄いな。
「我の支配下である厨房は、常人には耐え難い苦難を与える。従者アルよ、貴様にその覚悟はあるか?」
「えーっと……?」
「──訳。料理大変だけど大丈夫? と言ってる」
どう答えようかと困っていると、いつの間にか後ろに立っていたミュウが助け舟を寄越してくれた。
「ちょ、ミュウ!? 勝手に入ってくんなってば!」
「ルティアは変な言い回しをするから、最初のうちは何言っているか理解できないだろうからって、フィーナが私を派遣したの」
「変な言い回しで悪かったわね!」
ウガーッと勢いよく吠えるルティナ。
しかし、当のミュウは気にした様子もなく、無表情だ。
「二人は仲がいいのか?」
「ふっ、戯言を……深淵の御子であるこの我が、こんな小娘と仲がいいだと?」
「ルティなはツンデレ。そして中二病。正直面倒くさい」
「面倒くさくて悪かったわね……!」
「でも、相性が良いから、よくペアになる」
「相性? ペア?」
意味がわからずに首を傾げていると、ルティナが「あ〜……」と困ったように天を仰いだ。
「我は調理担当であり、ミュウは配膳担当なのだ」
「……なるほど。たしかにその二つは息が合わないとダメだな。仕事をしている間に、互いに意思疎通できるようになり、こうして仲良くなったということか?」
「…………ん、そんな感じ」
ミュウの返答に間があった気がするが、気のせいだろうか?
「そんなわけで、だ。従者アルには我が領域に足を踏み入れる権利を与えよう。試練を共に乗り越え、真なる極地に参ろうぞ!」
そう言った後に鍵を手渡される。
「訳。これが厨房の鍵だよ。わからないことがあったら私が教えるから、一緒に頑張ろうね。と言っている」
「ミュウーーーーーー!」
ルティナの怒号が、厨房内に大きく響いた。
◆◇◆
「ん、やっと出番が回ってきた」
次に紹介されたのは、おそらく従業員の中では最年少であろう、ミュウだ。
身長も一番低く、歩くたびにピョコピョコと揺れるアホ毛には癒されるものがある。母性本能……とでも言うのだろうか? そのような感情を抱いてしまった。
「…………(じー)」
「な、なんだ?」
「……今、ちっこいとか、失礼なこと思った」
「そ、そんなわけないだろう!?」
「ふ〜ん、まぁ……いいや」
まさかミュウにまで心を読まれそうになるとは、少し気が抜けていたようだ。
「私はミュウ。好きなものは甘いお菓子と可愛いもの。嫌いなのは野菜。よろしく」
「こら、野菜は食べなければダメだろう」
「……子供扱いしないで」
「子供だろう?」
「むぅ……アルは面倒くさい奴だ」
頬を膨らませながら、プイッとそっぽを向かれてしまった。
「悪かった。後で美味しいデザートを作ってやるから、許してくれ! な?」
「…………先程の不快な言葉は聞かなかったことにしてあげる」
「助かるよ」
お菓子で釣られるとは、やはりミュウは子供なんだな。
「じぃーーーー」
「なんでもないぞ!?」
ただし、勘だけは鋭いようだ。
あまり子供扱いしないほうが、今後の関係を築くためにもいいだろう。
「それで、担当している仕事の紹介? ルティナが言っていたけど、私は配膳担当。注文の料理を運んだり、席の整理をしたり、客の喧嘩を抑えたりしている」
「一人でか?」
「ん、一人で」
「大変ではないのか?」
酒場は『冒険者』という『魔物狩り』専門の者達が特に多く利用する。全てとは言わないが、半分以上が荒くれ者であり、乱暴な性格をしている。酔っ払うとその性格が更に凶暴になるだろう。
それを相手にミュウが接客するのは、幾ら何でも荷が重い。
「問題ない。私は一人だけど、私には
そう言ったミュウの視線は、両腕に抱えられているぬいぐるみを向いていた。
この子達とは、ぬいぐるみのことで間違いないだろう。しかし、それがなんだ? 側にいると言っても、ぬいぐるみを持っていては邪魔になるだろう。
「そのぬいぐるみがどうしたんだ?」
「こうするの。《起きて》」
俺は驚きを隠せなかった。
ミュウが言葉を発した瞬間、ダラリと力無く俯いていたぬいぐるみが、一人でに動き出したのだ。
一瞬、ミュウ自身が動かしているのかと思ったが、どうやら違う。ぬいぐるみは彼女の腕から飛び出し、そのまま空中に浮かんでいる。糸で操られている様子は無く、本当にぬいぐるみ本体が意識を持って動いているのだ。
「私の魔法……凄いでしょう?」
呆気に取られている俺の様子に気分が良くなったのか、ミュウは無表情の中に若干のドヤ顔を浮かべていた。
しかし、それに反応する余裕はない。
「こんな魔法見たことがない……どういう魔法なのだ?」
「秘密」
「……そうか。敵に手の内を見せないのは当然のことだな」
俺の発言にミュウは、こてんっと首をかしげる。
「てき? アルは、敵なの?」
「──あ、違うぞ? そういう感覚なのかなと思っただけだ。敵対しようなんて思っちゃいないさ」
「……そう、びっくりした」
わかりやすく安心したように息を吐くミュウ。
危うくボロが出るところだった。この時がミュウで良かったと、私も内心胸を撫で下ろした。
「とにかく、ミュウが大丈夫だと言った理由がわかった。その子達を操っているから、数人分の仕事ができるんだな」
「そんな感じ。飲み込みが早くて助かる」
「驚いたけどな」
「……うん、客も最初は驚いていた。でも、今となっては見慣れたもの……らしい?」
「そうなのか。その珍しさが客引きにもなっているのかもしれないな」
偉い偉いと、ミュウの頭に手を当てる。
「……むぅ」
「あっ、すまない。子供扱いは嫌だったよな」
「悪くはない。許す」
「……そ、そうか?」
だが、やはり子供扱いされていることに何か不満を持っているのだろう。
どこか複雑な表情をしているように見えた。
そんな時だ。
「──っ!」
ミュウが唐突に何かを思い出したようにカッと目を開いた。
「ど、どうした!?」
「……どうしよう、話すことがなくなった……」
「ああ、そんなことか」
急に目を見開いたものだから、何かやばいことを思い出してしまったのかと、俺のほうも焦ってしまった。
「……デザート作るか?」
「──っ!?」
そうして俺は再び厨房を借りて、ミュウのためにデザートを作ることになった。
途中、デザートの甘い匂いに釣られて店主が乱入してくる事件はあったものの、無事に二人分作ってあげることができた。
デザートを口にした二人は、相当美味しかったのか無言でスプーンを動かして一瞬で完食してしまった。
味は……二人して足をパタパタさせていたことから、合格だったのだろう。
「アル君! こうなったら絶対に手放さないからね!」
フィーナにそう言われてしまった。返答に困り、愛想笑いで返す。
彼女の誘いは嬉しいが、俺はそれに応えることが出来ない。
何故なら俺は騎士だからだ。役目が終われば、陛下の元へ戻る。それが当然ことだし、今更陛下を裏切ることなんてできない。
──すまない、フィーナ。
俺は心の中で、屈託の無い笑顔を浮かべる少女に謝罪した。
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