職場に慣れてみよう(1)


 採用が決まったその日から、俺は働くことになった。

 ……とは言っても、いきなり仕事するのではなく、まずは職場の仲間に慣れることから始めるらしい。


 まずは買い出しと清掃担当のザインからだ。


「ザインと申します。よろしくお願いします」

「……あ、えっと……アルファストだ。よろしく頼む」

「…………」

「…………」


 き、気まずい。


「はいストップ! ちょっとザイン。もっと穏やかにしないとアル君が緊張しちゃうでしょう?」


 どうしよう、何かこちらから話題を振った方がいいだろうか。と迷っていたところで、フィーナが助けに入ってくれた。


「いつも言っているでしょう? ザインはもっとにこやかにしないと、折角のイケメン顔が台無しだよ!」

「……ですが、やはり他人を相手にするのは難しくて」

「もうっ! アル君はもう仲間なんだから他人って言わないの!」

「……申し訳ありません」

「私に謝るんじゃなくて、ちゃんと態度に出すの!」

「善処します」

「うん、よろしい。……それじゃアル君。頑張ってね!」

「あ、ちょ……行ってしまった」


 まだ出会って数分のことだが、フィーナのフットワークは異常なほど軽いことを理解した。

 まず、あまり同じ場所には留まらない。ふらっと現れては、またふらっと何処かへ行ってしまう。自由気ままだと捉えればいいのか、それとも忙しいのだろうと捉えるのが正しいのか……とにかく、あちらこちらを走り回っている。


「……申し訳ありません」


 とそんな時、おもむろにザインが深く謝罪をした。


「え? ど、どうして謝る?」

「僕は、昔から人と接するのが苦手で……あまり交流がない相手には口数が少なくなってしまうのです。フィーナの言う通り、いい印象を持てないかもしれません」

「……なんだ、そんなことか」


 俺は変に警戒したのが馬鹿らしくなった。


「この世には、もっと酷い奴もいる。ザインはまだ話しやすい方だぞ」

「……そうでしょうか?」

「ああ、そうだとも」


 ザインはしっかりと自分の欠点を悟り、それを謝った。

 世の中には欠点を自覚せずに暴走する『ヤバい奴』が沢山いる。特にそれは傲慢な貴族によくあることで、我が国の貴族達にも何人かいる。それらの対応は、とても面倒だ。


 そんな彼らと比べたら、まだ彼のほうが断然話しやすい。


「……ありがとうございます、アルファスト様」

「『様』はいらないな。俺はシュリアを呼び捨てにしているんだ。だからザインも呼び捨てで構わない」

「かしこまりました。アルファスト」


 ザインは確かに表情が読み取れない人だ。

 だが、好めるタイプの人間だ。

 まだ距離は感じるが、一緒に働いていればそのうち慣れることができるだろう。


「では、互いの自己紹介も終わったことですし、まずは清掃について教えることにしましょう」


 清掃は一日二回のみ。

 一回目は深夜。客が全て帰り、閉店の時間になった時。この時だけはザイン一人ではなく、手が空いた者から手伝うことになっている。

 酒場には酔っ払いが沢山いる。酒を飲む場所なのだから当然のことなので、閉店時が一番汚れてしまっている。たった一人だけでは、いつまで経っても終わらないだろう。

 二回目は開店二時間前。ここは最低限の清掃で十分らしく、いつもザイン一人で行っているのだとか。


「次に買い出しについてです」


 原則的に買ってきて欲しい物は、前日の夜までにメモをザインに渡さなければならない。

 ちょっとした物ならば口頭でも問題は無いが、足りない物が沢山ある場合は、メモを残してもらうことで買い忘れや混乱を防ぐようにしているようだ。


「食材の買い足しで、その店に在庫がなかった場合はどうする?」


 朝一で市場に行ったとしても、その日に欲しい物全てが入荷しているとは限らない。

 もしそれが緊急で必要な物だった場合、かなり問題がある。


「その場合は採りに行きます」

「……ん?」

「現地に向かい、採りに行きます」

「…………だが、危険ではないのか?」


 人の国や街の中は安全だが、その外は違う。

 全ての生物と敵対している『魔物』と呼ばれる怪物が蔓延る世の中だ。男とは言えその身一つで外に出るのは、あまりにも危険な行為だろう。


「問題はありません。少し昔、傭兵として活動していた時があるので、実力には自信がありますから」

「そうなのか。……まぁ、今までも大丈夫だったのならば、心配することはないか」

「はい。ですので、現地調達も可能です。ただし遠い地域にしかない材料は時間が掛かるので、その場合は一週間前に教えてください」

「わかった……だが、それが必要になった場合は、俺も付いていこう」


 その言葉に、ザインは目をパチパチとさせた。


「ザインだけが大変な思いをさせるのは平等ではないだろう? だから俺も付いていく」

「……あなたは、優しいのですね」


 気のせいか、彼の口元が緩んだように見えた。


「では、僕が担当する仕事の説明は終わりです」


 シュリアは優雅に一礼して、階段の先を指差した。


「次の担当はマギサです。僕よりも面倒な相手なので、お気をつけて」

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