騎士、面接を受ける(2)


 その後、店主のフィーナとその従業員達に見守られながら、俺は酒場の厨房に立たされていた。


「食材は自由に使って良いぞ。我らを満足させる料理を一品出せたら合格だ!」


 と、大袈裟な仕草をしながらルティアは言う。

 つまり、厨房の一部を担う者として腕前を見せてみろ……ということなのだろう。


 思っていたよりもしっかりした試験内容だと思う。

 酒場は夜になれば大勢の客で賑わう。五人分程度の料理をすぐに出せなければ、戦力としては使えない。


 ルティナが提案し、フィーナがその案を採用したことで、この試験は始まった。

 そう思えば、今まではルティナ一人で全てを負担していたということになるが……実は凄腕の料理人だったりするのだろうか?


 というか、他の従業員はどうした。

 まさか揃いも揃って料理ができないとは言わないだろう。


 店主のフィーナは……できそうに見えない。

 マギサという妖艶な女性は、少しくらいならできそうだ。

 ミュウはまだ見た目10代前半なので、できなくても仕方ないだろう。

 執事のザインはできるだろう。むしろできなかったら驚きだ。


 それなのに厨房係はルティナ一人だと言う。

 ……どういうことだ?


「まぁ、今はそんなことを考えている場合ではないな」


 この面接に失敗すれば、計画していたことが全て終わる。

 だが、彼女らはどう見ても人手不足だ。よほど悪くなければ不合格にはならないだろう。


「頑張ってねー!」


 フィーナがブンブンと手を振り、激励を飛ばしてくる。


 今はまだ閉店時間なので皆は客用のテーブルに座り、料理を待ち構えていた。

 皆それぞれ自由に談義し、笑っている。従業員同士の仲は良いようだ。


 だが、噂が本当であれば、この中に大罪人が紛れ込んでいる。


 陛下からはこの酒場の店主が怪しいと言われていたが、フィーナのほのぼのとした表情からは、どうにも彼女が大罪人だと思えない。……ということは他の誰か。それとも裏支配人が居て、そいつが例の大罪人なのか。


 それを含めてよく探る必要があるな。


「では、始めるとするか」


 彼女達の懐まで探るには、まずは認めてもらうことから始めなければならない。


 まずは料理だ。

 私は包丁を持ち、並ぶ料理達と対峙する。

 今こそ、20にもなって独身生活をしている俺の、毎日磨かれた料理の腕を見せてやろう!



          ◆◇◆



「…………どうだろうか?」


 俺は五人に問いかける。


 作ったのは『肉と野菜の炒め物』と、主食としてバターとニンニク、塩胡椒で味付けをした『ガーリックライス』だ。どちらも手軽に作れるもので、酒場でよく見かける料理を出した。


 皿の上は綺麗に無くなっている。

 皆腹が減っていたのか、出された瞬間一斉に小皿へ取り分け、僅か数分で完食してしまった。

 手応えはあったが、やはり本人達の口から聞くまでは安心出来ない。


「凄く美味しかったよ! 賛成!」

「味も速さも文句無し。私も賛成よぉ」

「つい吟味するのを忘れてしまいました。賛成です」

「ん、美味しかった。賛成」

「悪くなかったぞ。我が右腕として働くのに十分だ! 我も賛成!」


 全員一致の『賛成』をもらい、ホッと胸をなで下ろす。


「にしても、この……なに? ご飯? 初めて食べたけど美味しいね!」

「これはガーリックライスってやつよぉ。他の酒場ではよく出されているやつね」

「ニンニクとバター……後は塩胡椒も入っているか? あまり作ったことはないが、これも悪くないな。何より安上がりだ。これにコーンを足せば……っと、そうか。ちょうど切らしていたのだったな。ザイン……」

「はい、明日の朝に買い足しておきますね」


 と、それぞれが話に盛り上がっているところ、ミュウがいつの間にか俺の側にいた。

 感情の見えない表情でジッとこちらを見つめ、視線で何かを訴えてくるが、それが何なのか俺には理解出来なかった。


「な、なんだ……?」


 彼女に見つめられていると、心の奥底まで見据えられているような感覚になり、思わずたじろいでしまう。


 ……もしや、怪しいと判断されたか?


 そう捉えられそうな行動をした覚えは無い。

 しかし、もしミュウが噂の大罪人なのだとしたら、微かな違和感に気づく可能性もあり得る。

 彼女の動作一つ一つに警戒する。背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。心臓の鼓動が速くなるが、それを悟られないように必死で抑える。


 時間にして僅か十秒。

 しかし、俺にとってはその何倍にも感じられる時が経過し、ミュウはようやくその小さな口を開いた。


「デザート」

「…………へ?」

「デザートも、作れる?」


 デザート?

 デザートとは、食後に出てくる、あのデザートだよな?

 何かの隠語だったり、合図だったりしないか?


「あ、ああ……勿論作れるぞ?」

「……ん、良かった。後でお願いするね」

「ミュウは甘い物が大好きだからね〜。ちなみに私も大好きです!」


 フィーナがシュバッと勢いよく手を挙げた。

 ……あれは、自分にも作って欲しいというアピールなのだろうか?


「ルティアは料理の腕は凄いくせに、デザートは作れない。料理は出来るくせに」

「褒めるのか貶すのかどっちかにしろよぉおおお!」

「ルティア揺さぶるのやめて。吐きそう」

「だったらその減らず口をどうにかしろ!」

「──プッ、ははっ!」


 呆気に取られるとは、このことなのだろう。

 やがて堪え切れなくなり、つい吹き出してしまった。


「すまない、そのやりとりが面白くて、つい……ふっ、ここなら俺も楽しく働けそうだ」

「うん! こっちも楽しみだよ! ……あ、そういえばまだ名前を聞いていなかったね」

「アルファストだ」

「アルファスト……それじゃ、アル君って呼ぶね!」


 フィーナは右手を差し出し、満面の笑顔を浮かべる。


「ようこそ、我が家へ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る