騎士、面接を受ける(1)


「……ここが、くだんの酒場か」


 俺、アルファスト・ヴァレントは、とある建物を前にしてゴクリと生唾を飲み込んだ。

 その建物の入り口には『貪欲な毒竜の酒場』という文字と共に、竜の刻印が彫られている看板が飾られていた。


『我が国の城下町、商業区に竜の名を関した酒場がある。そこでは、かの大罪人が店主をしているとの噂が囁かれているようだ。騎士アルファストよ。貴殿に調査を頼みたい』


 それが我が主、ゴルバド・エル・バルザードからの密命だった。

 我が国はまだ弱小なれど、正義には他国以上に敏感だ。そんな我が国に大罪人が隠れ潜んでいる。陛下はいち早くその噂を聞きつけ、あわよくば見つけ出し、我が国の手で討伐しようと企てているのだろう。


 しかし、かの大罪人を相手に、無作為に騒ぎを起こすのは危険だ。

 そこで陛下は、騎士団随一の実力者である俺を件の酒場へ送り込み、調査をするようにと命じられたのだ。


 そのため俺は鎧を外し、普段着の動きやすい格好をしている。

 だが、剣は携帯している。いざという時に武器が無ければ、出来ることも限られてしまう。冒険者風を装っていれば怪しまれることはないだろう。


「しかし、どうしたものか……」


 私が陛下から承ったのは、大罪人を探し出せということのみ。


 手段や方法は何一つ聞かされていないが、俺の好きに行動して構わない……ということなのだろうか。

 信頼されているのは嬉しいことなのだが、かの大罪人が潜んでいるかもしれないのだから、少しくらいは助言を与えてくれても良いのではないか? と思ってしまう。


 大罪人の噂は、大陸の端にある我が国にも伝わっている。


 曰く、たった一人で国一つを滅ぼした。

 曰く、世界を守護する聖獣の一体を嬲り殺した。

 曰く、裏事業の全てを掌握している。

 曰く、様々な国の重鎮を片っ端から滅ぼした。

 曰く、孤児院や教会を破壊し尽くした。


 そんな悪い噂の絶えない大罪人だが、去年の春頃、新たな悪行が一つ加えられた。


 この世の地獄を体現すると恐れられる『ヴァーハルト監獄』からの脱獄及び、看守と守衛の鏖殺。

 それによって多くの極悪人が世に放たれ、一時期は全大陸が警戒態勢となって大変だったのを、今でも良く覚えている。


 これは噂に尾ひれがついたものだと思っているのだが、件の大罪人はたった一晩でそれを成し遂げたという話も出ている。

 世界を震撃させた出来事として、今でも貴族の間では話題に出るほどだ。


 その大罪人が、この酒場の店主として働いている。

 聞きつけた噂が本当ならば、これはかなりの大事となる。


「……ん?」


 そこで俺は、入り口付近に貼られている一枚の紙に注目した。


『従業員求む! 簡単な料理と接客ができる人、大歓迎!』


 ──これだ。


 これで従業員として働きながら、調査も出来るだろう。

 ……それに正直、財布の中が心許ないと思っていた頃だ。給料も悪くない……というか、騎士の給料とほぼ変わらないだと? それなのにやることは簡単な料理作りと接客のみ?

 これほど優遇されている職場は、どこを探しても見つからないだろう。


「決定だな」


 決して割のいい給料を見てこの作戦で行こうと思ったわけではない。決してだ。

 自分に言い聞かせるように頷き、酒場の扉を開けた。


「いらっしゃいませー!」


 扉に取り付けられた鈴が鳴って、すぐに明るい声がした。

 パタパタと足音が店内の奥から聞こえて、しばらくすると10代後半ほどの小柄な少女がカウンターの奥から姿を現した。

 灰のような真っ白の髪、透き通るような群青の瞳。引き込まれるような何かを感じて、私は思わず彼女を真っ直ぐ見つめてしまった。


「ごめんなさーい! 今は準備中で、開店までもう少し待ってくれるかな?」


 両手を合わせ「ごめんっ!」と頭を下げる少女。

 むしろ開店時間外に来てしまったこちらが悪いので、少女が謝る必要はないのだが……そこは従業員として出てきた謝罪の言葉なのだろう。


「いや、俺は外の張り出しを見たのだが……」

「張り出し? ──あっ、募集見てくれたの!? わぁ〜嬉しいなぁ!」

「ああ、なのでこの酒場の店主と話がしたい」

「ん? それなら」


「なんだ? 見知らぬ顔がおるではないか」


 そんな会話をしていると、カウンターの奥からまた誰かが出てきた。

 鮮やかな金髪を二つに大きく結び、黒を主体とした服を纏い、首からは白いエプロンを下げている。動きの一つ一つが大仰で、口調もどこか偉そうに感じる。この酒場に居てエプロンを付けているということは、従業員の一人なのだろう。


「……ふむ。見たところ客ではないようだが……もしや、外の募集の紙を見たのか!?」

「あ、ああ……そうだ」

「よっし! 調理係が私一人だから大変だったのよ! 来てくれて助か──礼を言うぞ!」


 走ってきて俺の手を掴み、ぶんぶんと勢いよく振る。しかしすぐ我に返ったのか、偉そうな態度を取り始めた。


 ──愉快な人だ。

 内心そう思った。偉そうな態度を取る者はそこら中にいるが、この女性は何処か憎めない雰囲気を感じる。


「おやぁ? 新顔だねぇ」

「ルティナがまた何かやらかしたのかと思ったら、違った……驚き」

「ぁんだとミュウこらぁ!」


 また二人、今度は階段の方から降りて来た。


 片方は豊満な胸元を大きく開き、手にキセルという嗜み品を持っている紫がかった髪色の女性だ。……失礼だが、夜の店を営んでいるような印象を受けるその人からは、それに似合った妖艶な空気を感じる。


 もう片方は薄桃色の髪を大きく二つに結び、両腕には可愛らしいうさぎのぬいぐるみを抱えている少女だ。服は真っ黒で、沢山のフリルが付けられている。この衣装は聞いたことがある。『ゴスロリ』というやつだ。


「全く、何を騒いでいるのですか。店の外まで声が漏れていますよ?」

「──っ!?」


 背後から聞こえた静かな声。

 俺は驚いて振り向くと同時に、遥か後方まで飛び退いた。


「あら、見ない顔ですね。……それに驚かせてしまった様子。申し訳ありません」


 そう言って深々と頭を下げるのは執事風の青年だ。

 どうしてこの場に執事が? いや、そんなことよりも、彼の気配を一切感じなかった。足音も入ってくる音さえも、騎士として訓練を受けてきた俺が、声を聞くまで何も感じることが出来なかった。


 しかし、戦慄しているのは俺だけのようだった。

 一番最初に声を掛けてくれた小女は、その執事を見てふにゃっと表情を綻ばせ、嬉しそうに俺の手を取った。


「あ、ザインおかえり〜。見て見て、この人、外の募集を見て来てくれたみたいなの!」

「……それはよかったです。ルティナが過労で死ぬ〜〜! と毎日うるさかったので、助かります」

「うるさくて悪かったわね!」


 ギャーギャーと騒ぐ金髪の女性、ルティナ。


「……とにかく、まずは面接だろう? 店主と話がしたいのだが、呼んでくれるか?」


 と、その言葉で静かになる一同。


「……あれ? 何か変なことを言ったか?」

「あー、いや……店主ならば……」

「そこに……」

「まぁ、わからないのも仕方ない」


 従業員の視線が中央、今も俺の手を取る白髪の少女に一斉に注がれていた。


「? ──あっ、はい! 私が店主だよ!」


 そして元気よく手を挙げる少女。


 お前が店主かい!

 という言葉が喉まで出掛かったのは秘密だ。

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