白雪姫の継母の夫に転生したっぽいんだが妻も娘も好きすぎるんで、愛しい家族を守るためにハッピーエンドを目指します ~とりあえず魔法の鏡、まずお前をぶっ壊す~
第29話 俺の幸せには、お前がいないと駄目だ
第29話 俺の幸せには、お前がいないと駄目だ
……何でだよ。
前世では、ざまぁ作品が流行っていたじゃないか! 白雪姫だって似たような話だろ?
悪い奴はざまぁされて地獄に落ちて、正しい者は救われ、幸せになる。
俺だって大好きなジャンルの話だった。
悪は滅び、善が栄えるような話は、老若男女問わず誰だって好きなはずだ。
なのに……なんで現実は、こうもスッキリしないんだよ。
自分を殺そうとした母を断罪して、なんでそれを罪だといって、ずっと引きずっているんだ!
白雪姫って、ハッピーエンドだろ?
結婚した白雪姫がその後、継子を虐めて処刑されなければならないって、どう考えてもおかしいだろ‼ なんでこんなに拗れてるんだよっ‼
「どうして……どうして俺に冷たくしたりビアンカを虐めて、わざわざ悪女を演じ、断罪されようとしたんだ」
ずっと引っかかっていたことを訊ねた。
ビアンカの一回目の人生のとき、憎しみがこもった聖法を受けたリュミエールは、死ぬ自由を得たはずなのに、何故最後まで悪女を演じ、えげつない方法で処刑された。
狭間の獣を祓うだけなら、自死を選べば良かったのに。
俺の問いかけに、リュミエールは僅かに口角を上げた。
「私が悪女として死ねば、あなた様やビアンカ姫がこれから先、私のことでお心を悩ませることがないからです。私に遠慮無く、次の伴侶を迎えることができますし、エデル王国も、邪纏いに取り憑かれた王女を嫁がせた責任を問われませんから」
「以前、側室を迎える話を了承していたのも、それを見越して、か?」
「はい。いずれ罪を犯す女が子を残せば、その子は不幸にしかなりません。罪人の母をもつ子の立場を経験するのは、私だけでよいのです。ビアンカ姫と私と、どちらかを選べと申し上げれば必ず、ビアンカ姫を選ぶと思っておりました」
リュミエールが理由を説明すればするほど、俺の心が抉られていく。
理由を説明されているはずなのに、頭の中が、どうして、という別の疑問で一杯になっていく。
彼女が、悪女として処刑されることを選んだ理由は、残された俺たちの今後を考えてのことだった。
もし俺とビアンカが真実を知った状態で、リュミエールが狭間の獣とともに命を失えば、彼女を救えなかった後悔を、俺たちはずっと抱えながら生き続けるだろう。
俺なんて、次の妻を迎える気力さえなくなるはずだ。ビアンカだって、義母を救えなかったショックを引きずるだろう。
でも、リュミエールが悪女として処刑されたのなら、罪人だからと死んで当然だと割り切れる。ビアンカ一回目の人生の俺は、リュミエールが処刑された後、跡継ぎが作れないほどずっと引きずっていたようだが、少なくともビアンカは大丈夫だった。
俺たちのその後まで考えて、リュミエールは最期の瞬間まで、悪女であろうとした。
それが、狭間の獣の支配から解放された彼女が、処刑を選んだ理由――
「私は、陛下とビアンカ姫が幸せであれば、それで良いのです。幸せな気持ちを初めて私に与えてくださったお二人の未来を守れるのならば、それで……」
そう口にするリュミエールの表情は変わらないが、声色は誇らしげだった。
だが、
「……んだよ、それ」
俺の唇から洩れ出たのは、自分でも聞いたことのない程の低い声。
気付けば俯き、両手を強く握っていた。怒りで煮え立つ心と連動するように、握った拳が小刻みに震える。
彼女は優しい。
とても、とても優しいと思う。
だけど……彼女の言い分は、あまりにも勝手だ。
あまりに、も――
「何で、お前が語る幸せの中に、いつもお前自身がいないんだ‼ 俺とビアンカが幸せだったらいい⁉ 【わたしがかんがえた、いちばんの結末】ってやつを、一方的に俺たちに押しつけるな‼ 俺たちの気持ちを無視して、勝手に一人で話を進めるな‼」
俺の叫びに、リュミエールの肩が僅かに震えた。先ほどまであった誇らしげな様子は消え、代わりに強い困惑が伝わってくる。
そうだ。困惑しろ。
正しいと信じて疑わなかった結末を否定されたことで、自分の感覚がおかしいことを実感しろ!
俺は、リュミエールの方へ一歩近付いた。
「お前が、俺やビアンカの幸せを願っていることは知ってる。そこの邪纏いの鏡を使って俺たちの姿を盗み見するほど、俺たちのことが滅茶苦茶好きなのもな!」
「え、ちょ、ちょっと待ってください! あ、あのっ、それはどういう……」
リュミエールが、瞬きの数を滅茶苦茶多くしながら、俺に問う。俺が答えるまでの短い時間に、何回「え? ええ?」という言葉が出たか分からない。
だが彼女の混乱などお構いなしに、俺は怒りを込めて答える。
さらにパニックになるだろうが、知らん。
「邪纏いの鏡を脅して、お前が鏡と話す時の様子を監視していた」
「脅し……え? 私の様子を、かん、し……? え、あ……」
「俺のキメ顔を、鏡に永久保存させていたのも知ってる」
「ひっ……」
「あと、お前は鏡と話していると思っていただろうが、途中から俺が鏡に成り代わって話していた!」
「え? へ、陛下と、話し……を……?」
「ちなみに、お前に【世界で一番美しく、そしてお優しいのは王妃様、あなたです】と言ったのは、鏡じゃなくて俺だ!」
「……………………」
あ、さっきまで慌てに慌てまくっていたリュミエールの表情が、まるでスイッチが切れたかのように、突然氷結状態になってしまった。
これ、許容範囲を超えてしまってフリーズしている状態だわ。俺が彼女に綺麗だと言った時と、同じことが起こってるわ。
すっかり固まってしまったリュミエールに向かって手を伸ばし、彼女の背中に両手を回した。細い身体が傾き、俺の胸の中へすっぽりと収まった。
「俺の幸せには、お前がいないと駄目だ、リュミエール」
フリーズしていた彼女の青い瞳に生気が戻り、胸の中で首を横に振る。
「そんなことありません。私がいなくとも、陛下は幸せになれます」
「絶対になれない。たとえ狭間の獣の件を知らず、お前が悪女として断罪されても、俺は生きる屍となって一生独身を貫き、ビアンカをロクデモない相手と結婚させてしまう失態を犯す」
「そ、聡明な陛下に限って、そんなことは……」
「いや、そうなる。絶対だ。それだけ、お前の存在は俺の中で大きいんだ。その後の人生を左右してしまうほど」
だってビアンカの一回目の人生の俺が、そうだったんだからな。
間違いない。
そうなる自信しか無い。
確信している。
「お前が、過去に苦しんでいることは分かった。母親の件は、気の毒だったとしか言いようがない。だが、お前は何一つ悪くない」
「そ、そんなことはありません! 私が……私が、母の話に合わせれば、母は死ななかった。狭間の獣が私に取り憑くこともなかった! 陛下やビアンカ姫に危険が及ぶことも、なかったのです! 全て私が――」
「もうこれ以上、罪悪感から逃れるために、自分で自分を傷つけるな」
「違います! これは私が受けるべき報い……」
「報いでも母親の呪いでもない。お前が望み、お前がしていることだ。だから、止めようと思えば止められる」
俺は、彼女の艶やかな水色の髪を、ゆっくり撫でた。ビアンカにするように、ゆっくりと優しく、撫で続けた。
彼女は、ただ黙って俺にされるがままだった。その姿がまるで、幼子のように思えた。
殺されかけただけでなく、罪人として母親が処刑された幼いリュミエールの心に、誰も寄り添ってやらなかったのかよ。
こんなの、PTSDもんだろ!
「リュミエール、お前は悪くない。まだ守られるべき年齢でありながら、自分を傷つけた相手を告発し、自分の身を守ったんだ。誇ってもいい。よくやった」
「いい、え……わたしは……私は、あのとき死ぬべきだったのです! 毒を盛られたとき、死んでいれば……」
「でも死ななかったから、俺はお前と出会えた」
髪を撫でる手を止めると、こちらを見上げる青い瞳を見つめ返した。
初めて彼女に会ったときの胸の高鳴りを思い出す。
結婚など、国に利益を齎すための手段でしかないと割り切っていた気持ちを、根底から覆した衝撃を思い出す。
自分に、これほどまでに、求めて止まない気持ちがあるのかと思い知らされた、あの時の瞬間を――
「初めてお前に会ったとき、俺は一目で恋をしたんだ」
腕の中のリュミエールが、俺の服をギュッと握った。僅かに肩が震えている。
「お前が、俺やビアンカの幸せを願うように、俺たちもお前の幸せを願っている。だからリュミエール、どうか幸せになって欲しい。これからもずっと、俺の幸せの中にいてくれ」
この物語の結末を、皆は末永く幸せに暮らしました、という一文で終わらせて欲しい。
めでたしめでたし、で締めくくらせてほしい。
この国で、リュミエールとビアンカと三人で幸せに過ごす――それが俺が望む、この物語のハッピーエンドだ。
「……許してくださいますか? あなた様に対する、私の愚かな行動を……」
震える声で、リュミエールが訊ねた。俺の胸に顔を埋めているため、表情は分からない。
だが、俺は間髪入れずに頷いた。
「もちろん。俺も三年間、距離を取ったままで、すまなかった。お前に、嫌われたくなかったんだ」
「嫌われたく、なかった? 私に、ですか?」
「ああ。お前との関係に悩みつつも、それ以上悪化することを恐れ、踏み込めなかった。俺は、お前が思っているような完璧な男じゃない。お前の名前が呼べないことをビアンカに指摘されて、女々しく言い訳をするような小さな人間だ」
「あのっ……も、もしかして……わ、私が、陛下の欠点を責めて嫌われようと計画していたことも、ご覧に……」
「もちろん見ていた」
あれだ。
欠点を責めて嫌われようとしたのに、責めるべき欠点が見つからなくてリュミエールが困ってたあれだ。
「~~~~~っ」
声にならない彼女の叫びが、俺の服を握る手から伝わってくる。しばらくそうやって身もだえしていたが、やがてゆっくり顔を上げた。
「ビアンカ姫は……許してくれるでしょうか。私は今まで、酷い態度を姫に……」
そう言って表情を曇らせたそのとき、
「もちろん、許します‼ いえ、そもそも怒っていませんから‼」
その声とともに、バーンと大きな音を立てて、物置部屋の扉が開いた。
入って来たのは、ビアンカ。
両目に涙を溜めながらリュミエールに抱きつくと、抱きつかれた彼女は腰を落としてビアンカと視線を同じにし、小さな身体を抱きしめ返した。
「ビアンカ姫……ごめんなさい、本当にごめんな、さ、い……」
「もう謝らないでください……やっと……やっとここまで辿り着いたのです……やっと、あなたを救い出せる……」
リュミエールには、ビアンカの言う【やっと】の本当の意味は分からないだろう。
だが、俺にはビアンカの気持ちが手に取るように分かった。
ビアンカは、大きな瞳に涙をいっぱいためながら、リュミエールを見上げた。
「私の幸せにも、王妃殿下が必要なのです。だからもう、ご自身のことを蔑ろになさらないで……死んでいいなんて、言わないでください…」
「ありがとうございます、ビアンカ姫……」
「ビアンカと、呼んでください……お
「ビアンカ……」
「お義母様……」
ビアンカとリュミエールの瞳から、涙がとめどなく流れていた。
そんな二人を、俺は包み込むように抱きしめた。
この温もりを二度と離さないと、心に強く誓いながら――
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