DAY25-1 フェンザ・アトリの場合2

 私は、獣人王だったリオーズの牢屋に入り浸るようになった。

 時々外に戻って、リオーズに頼まれた何かを持ち込んだりすることもあった。

 その日も、そんな風に外に出かけて、また入り込んで、リオーズと飲み食いしながらだべっていた時、ふと、扉の外が騒がしくなった。


「隠れてろ」


 小声で言われて、自分は部屋の片隅の物陰へと移動した。


 扉が開いて入ってきたのは、その外で見張りをしていたのとは違う兵士達で、その後ろから、とても大きな図体の、うん。直立歩行してる象が、王様の格好して入ってきたと言えば、そのまんまな絵面だった。


「エルバト、何しに来た?」

「ご挨拶だな、リオーズ。話し相手に飢えていたんじゃなかったのか?」


 もしかして、私のことがばれてる?

 そう疑ったけど、リオーズはとぼけて質問をやりすごした。


 兵士の一人が運んできたらしい、頑丈そうな椅子に、エルバトと呼ばれた象人族の、今の獣人族の王様が腰掛けると、リオーズはその対面に座った。

 ちょうど、私のいる場所が、その背後に隠れるような位置取りと姿勢で。


「それで?ずっと放っておかれたのに、どういう風の吹き回しだ?」

「状況が変わったのだ、リオーズ」

「どう変わったというのだ? ・・・まさか、俺の家族に何かあったのか?」

「安心しろ。そちらに異変が起きたという知らせは入っていない。

 今はまだ、な」


 エルバトの言葉を咀嚼するような間を置いてから、リオーズは答えた。

 私に背中を向けてるから、その表情は見えなかったけど。


「まさかとは思うが」

「言ってみろ」

「お告げでも、あったのか・・・?」

「ここに一人きりにされていても、頭は鈍っていなかったか?

 それとも、他に誰か入れ知恵してくれてる者がいるのか?」

「そんな奴がいるなら、今頃俺はこんなところにはいなかったろうさ」

「どうだか、な。

 ミオ、リル、どうだ?」


 いつの間にか、扉の脇に、とても小さな、そう、自分よりは大きいけれど、鼠人族で、衛兵みたいな格好をしている誰かが立っていた。

 だけでなく、


「いますよ」

 天井裏の方から、誰かの声が聞こえた。


「安心してほしい。隠れている、おそらくは鼠人族のぷれいやあ、よ。今日は、リオーズだけでなく、あなたに話があって、私はここへやってきたのだ」


 ふと気が付くと、自分の傍らに、猫人族の誰かが立って微笑んでいた。ぱっと鑑定した感じ、透明にもなれる認識阻害機能付きのマントを羽織っていて、一瞬非実体化しても、すぐにまた追いつかれそうな印象を受けた。


「数日前から、リオーズの部屋から、別の誰かの話し声が聞こえると報告があってね。慎重に確認を進めていて、ちょうど中央島からの通達がいくつか届いたところでもあるし、伝えにきた訳だ。

 あなたはリオーズの話し相手になっていただけだし、脱獄を促す様なこともしてこなかった。だから我々としては、あなたが宝物庫からいくつかくすねた何かについても追求はしない。

 その代わりと言ってはなんだが、ここに来て話し合いに加わり、私からのお願いを聞いては頂けないだろうか」


 象人の王様が、私に向かって頭を垂れた。

 私の隣に立っている猫人さんも軽く会釈してから、どうかな?、って感じで片手でテーブルの上を指して、もう片方の手は腰裏に回して、私を捕まえるような素振りは見せなかった。


 そこまでされても踏ん切りがつかなかった私は、リオーズに尋ねてみた。


「あのさ、大丈夫だと思う?」

「俺が言うのもなんだが、まあ、信用できる相手だとは思うぞ? どんなお願いをするつもりなのかは、想像もつかないが」

「ぷれいやあの方々に強制はできないし、するつもりもないことは約束しよう」

「だ、そうだ。決めるのはお前だ」


 まあ、死んでもリスポーンするだけで、リスポーンポイントは王都の複数箇所に分散していたから、最悪殺されても脱け出せるかと割り切った私は、王様とリオーズに挟まれたテーブルの上へと向かった。


 間近で見ると、象人族の王様の顔は迫力があったけど、刻まれた皺の多さのせいか、優しそうにも見えた。


「初めまして、だね。

 象人族の長で、獣人族全体の王も務めているエルバト・ゾーラ・ハルフォフだ。エルバトと呼んでくれ」

「あの、初めまして。フェンザ、フェンザ・アトリです」

「フェンザと呼ばせてもらうが、かまわないかな?」

「はい、どうぞ」


 元の世界というか、思い入れも無い名前だったけど、どうせαテストなんて使い捨ての名前で良いかと思ったから、実名を使っただけだった。


「ふぇんざは、ぷれいやあなる者達の内の一人ということで、間違いないかな?」

「はい」

「この世界や、中央島のことについては、どれくらい知っているかな?」

「正直、ほとんどわかりません」


 エルバトさんは、かみ砕くよう、ゆっくり、丁寧に説明してくれた。

 この世界は主神により創造されたのだけど、他の神様に創造された世界と近しくなりやすかったせいか、時折、別の世界とつながって、それまでいなかった種族が漂着してくることもあったそうだ。

 そしてある時、中央島に大きな割れ目が開いてしまって、異界からの軍勢がなだれ込んできて、世界中を巻き込んだ戦いになったそうだ。

 神々とその種族が一丸となって戦って、なんとか敵を撃退して、主神により異界への門が閉じられ、その周囲を結界で覆った。

 その外側を大きく厚い壁で囲って、次なる侵攻に備えてたけど、数百年から千年以上に一度くらいの周期で、侵攻があったけど、その度にまた各種族が力を合わせて跳ね返してきた。


「その度に大壁はさらに高く厚く積み上げられ直されてきた。

 そして幾度かの侵攻と戦いの歴史の中で、主神の孫娘である眠りの女神から、一人の巫女にお告げがもたらされるようになった。

 門がいつ頃開きそうなのか。

 開いた後は、どのような敵が、いつどこに現れるのかといった託宣をな」

「めちゃくちゃ重要な役割というか、真っ先に狙われそうですね」

「そうだな。だからこそ、平時を含めて、最強の存在である、竜族の長の元に、各世代の巫女は預けられ守られてきた」

「各世代ってことは、ずっと代替わりしてるってこと?」

「そうだ。どの種族に生まれつくかは、誰にもわからぬ。巫女としての役割を担えるようになった者の体に、御印みしるしが浮かび上がり、それと分かるようになっている。分かり次第、その族長がそれぞれの王や英傑を通じて竜族に伝え、保護してもらうしきたりとなっている」


 ということは、巫女はプレイヤーじゃなくて、NPCだよね、と想像がついた。


「えっと、それで、お告げがもたらされたんでしたっけ?」

「そうだ。異界への門が開くとのお告げが巫女からもたらされたのが、四日前。

 その時は、最短で一週間から十日ほどで開くと告げられていたが、ユートという人間族のぷれいやあが昨日中央島に達した時に、異界への門でもある映さずの大鏡に亀裂が入ったらしい」

「そいつのせいじゃあないだろうが、神々の定めし契機ではあったんだろうな」

「同感だ。中央島の守りを司る空竜の長アングロス殿とユート殿によって亀裂の広がる早さが正確に観測され、およそ三日から五日ほどで亀裂が全体に行き渡り、大鏡は割れ、異界への門は開くだろうと報告された」

「ちょっと待て。詳細に確認って、どうやってだ?

 大壁の内側には、主神の結界が張られていて、鏡が割られるまではこの世界の誰も入れなかった筈だ」

「それがな。ぷれいやあか、ぷれいやあが触れている誰かなら、この世界の者でも入れることが証明されたのだ。

 だからこそ、アングロス殿は、世界中に現れたぷれいやあを集め、中央島へ急ぎ送るよう各種族の王や長たちに空竜の遣いを送った。そのまま中央島へぷれいやあ達を連れて戻れるように」


 そして、エルバトさんは、私をじっと見つめた。

 うん、これは、断れない流れなのは、わかった。

 αテストがだいたい一ヶ月という期間を予定していたことからも、これが一つの区切りになることもわかった。

 ちなみにだけど、この世界がゲームだとか、自分はαテスターだとか、そういうことはNPC相手に声でも文字でも伝えられないように、制限はかけられてた。

 本当のフルダイブではない、一般テスター達はまた別かも知れないけれど。


「行ってもいいかも、だけど、一つ、条件をつけてもいい?」

「出来るだけ応じよう」

「リオーズさんも一緒にって、ダメ?」

「おい」

「だって、獣人族でまともに話したことのある知り合いって、リオーズさんくらいだし、他のぷれいやあ連中とも別に知り合いじゃないし」

「かまわない。元々、お前の処置をどうするかは、ずっと棚上げにされていたしな。体は鈍っているだろうが、数日でなるべく勘を取り戻す事だ」

「はっ!誰に向かって言ってるんだか。

 おい、フェンザ。俺ならお前を守ってやれるとか思ってるんじゃないだろうな?」

「別に期待はしてないよ。プレイヤーは、死んでも蘇るしね。ただ、他の連中との間の衝立くらいにはなってくれればうれしいなってだけ」

「ふぉっふぉっふぉ!獅子人族の元王が衝立代わりとは、おもしろいことを言う!」

「おかしくねぇよ。まったく。フェンザ。むしろ、俺を連れていった方が、当たりがきつくなる連中は少なくないと思うが、大丈夫なのか?」

「知り合いでもない連中から何言われても大丈夫だと思うよ。それに、今は平時じゃないんでしょ?刑務所っていうか、牢屋に閉じこめられてた囚人が、最前線で戦わせられる為に送られてきたって言えば、同情してくれる人のが多いんじゃない?」

「そうだな、フェンザ殿の言う通りだろう。

 さて、それでは準備もあるだろう。

 私は先に戻るが、リオーズとフェンザ殿は後から玉座の間まで来てくれ。そこで獣人国にいるぷれいやあ達と合流し、王城にいる各種族の代表や臣下達に何が起きているのか、何をしようとしているのか改めて下知した後、空竜の遣いに運んでもらう」

「たいして準備する物も無い。ここには武具も無いしな。それくらいは支給してもらえるんだろう?」

「ああ。中央島へ運ばれた後に渡すことになるだろうが」

「それで構わないが、一つだけ、わがままを聞いてもらえないか?」

「言ってみろ」

「中央島へ渡る前に、息子に一言告げてから行きたい」

「・・・今生の別れを告げる為にか。遣いの方に頼んでみよう」

「悪いな」

「いや、殊勝なお前の姿を見れたのだ。頼んでみるくらいは安いご用さ」

「けっ。ほら、行くぞ、フェンザ」


 私は、答える代わりに、差し伸ばされたリオーズの腕を伝って、その肩に乗った。

 そうしてエルバトとその護衛に先導された私たちは、獣人族の玉座の間での送別と激励の儀式を経てから、空竜さんに運んでもらったのだった。



 リオーズさんの息子さんへの対話は、私は一緒しなかったから内容がどうだったかは知らない。

 ただ、後から聞いたところによると、あのユートってプレイヤーが来て、リオーズさんを救ってほしいとも頼まれてたみたい。

 その為に、息子のリオルクさんの双子の妹のリオネーラさんを探して欲しいとも頼んでたそうな。


 息子さんに別れを告げたリオーズは、せいせいした顔をしていた。

 あの牢屋の中でグチをこぼして腐ってたのとは、同一人物には見えないくらいに。


 もう、他の誰かからの救いを必要としているようには、私には見えなかった。

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