DAY24-3 空竜の長アングロスと

 自分がアングロスさんの傍らに降り立った瞬間に、直径が百メートルくらいありそうな半透明の鏡、異界への門の表面に亀裂が走った時は焦った。


 いやほんと、死を覚悟したよ。


 アングロスさんが庇ってくれなかったら、周囲にいた竜達に物理的に詰められて昇天しててもおかしくなかった。


「鎮まれ。その時が近づいているだけだ」


 その一言で、自分の十倍から二十倍はだいたい大きな竜族の皆さんは引き下がってくれた。


 ただ、ぴりぴりした雰囲気は拭われなかったので、アングロスさんに質問してみた。びびってたので、他の竜達には聞こえないように、小声で。

 アングロスさんの声は大音響なので、意味は無かったのだけど。


「あの~、今がどんな状況なのか、教えて頂けます、か?」


「巫女からのお告げについては、聞いておるのか?」

「いいえ」

「そうか。つい三日、いや四日ほど前に、巫女から託宣があった。

 早くて一週間から十日、遅くとも一月ひとつき以内に、異界への門が開くと」

「そうだったんですか。なら、あの亀裂も」

「ああ。あの亀裂が映らずの鏡を覆い尽くした時、鏡は割れ、異界へと通ずる門となるのであろうな」


 アングロスさんも、他の竜達も、食い入るような眼差しで、支えもなく中空に浮かぶ巨大な鏡と、その表面に走りつつある亀裂を見つめていた。


 自分は、傍らにいたミジャに尋ねてみた。


「あのさ、ここから、自分はどうしたら良いと思う?」

「・・・お婆様は具体的にどうこうしろとは仰いませんでした」

「だよね。だから困ってるんだけど」

「ですから、ユート様のなさりたいようにすればよいかと」

「そんな適当でいいのかな?」

「ユート様をこの地に遣わして下さった方の思し召しですからね。気が向くまま、何でも試してみて良いかと思います。

 もし何かの禁忌などに触れるようなら、それこそ竜族の皆さんなどに止められるでしょうから」

「うーん、そしたら・・・」


 とりあえず何が最優先かって、状況確認かな。

 あと、自分に何が出来るか出来ないかを、試しておこうか。


「あの~」

「お前とその従者の会話なら聞こえていた。

 何をしようというのか、先ず述べてみよ」

「その前に先ず確認なんですが、この大壁の内側って、入れるんですか?」

「いいや。鏡が割れ、異界への門が通じても、大壁の内側に主神が幾重にも張られた結界が健在である内は、どの種族の者だろうと、入れなかった」


 入れなかった・・・?

 アングロスさん、なぜ過去形で言ったし?


 くいくいとミジャに袖口を引かれて囁かれた。


「ぷれいやあなら、分からないということでは?」

「もしかして、たぶん、そうなのかな」


 自分は、壁際から、大壁の内側へと、手を差し伸ばしてみた。

 手は何の抵抗も感じずに、ただ中空へと突き抜けただけだったけど、小さくないどよめきが背後から聞こえてきた。


 アングロスさんが自分の傍らに来て、尻尾を自分の腕先の横の空間に差し伸ばしたけれど、こつんという音がして、結界に阻まれてそれ以上は進めないようだった。


「我ら竜族が中央島を、大壁内部を通過するには、ある程度の高さにまで飛び上がらないといけなかった。

 だが、ユートならばその制限にはかからないようだな。ぷれいやあならば、なのかも知れぬが」

「かも、ですね」

「ユートの従者も試してみるのだ」

「かしこまりました」


 ミジャも自分の隣に来て、自分と同様に手を差し出したけれど、やはり大壁の内側の手前で結界に阻まれていた。

 だけど、ふと思いついて。

 ミジャの手首を軽く握って、大壁の内側に一緒に手を伸ばすと、結界には阻まれなかった。

 さっきよりも大きなどよめきが、ミジャの逆隣からもだけど、聞こえてきた。


「なるほどな。ぷれいやあと接触している者も、門が開く前に、結界の内側に入れるとな。

 皆の者、他の詰め所にいる英傑達に伝えよ。それぞれの国元にいる『ぷれいやあ』達を可能な限り早く、中央島へ集めるようにと。竜族はその輸送に協力するとも伝えよ!」

「ははっ!」


 少なくとも十頭以上の竜が、いっせいに上空へと、それからそれぞれ別々の方角へと飛び立って行った。


「ユートよ、私の尾にも触れてもらえぬか?」

「もちろん」


 自分が結界の手前で阻まれていたアングロスさんの尾に触れると、やはり何の抵抗も受けず、長い尾は差し伸ばされた分だけ、大壁の内側の中空へと伸ばされていった。


 アングロスさんは唸るように喉を鳴らすと、自分に尋ねてきた。


「ユート。私の背に乗ってくれぬか?ミジャも一緒で構わぬ」

「ええと、はい、それは出来ると言えば出来るのですが、どうせなら、一つ試してみても良いですか?」

「何をだ?」

「あなたの様な竜族に、自分のユニークスキルが通じるかどうかです」

「ふぅむ。ミジャとやら、推薦の書状は揃っているか?メダルをそれぞれにかけているのであれば、資格を満たしていることを既に港町で確認されているのはわかるが」

「こちらに」


 ミジャが取り出した書状の束は、ふわりと舞い上がると、それぞれがアングロスさんの目の前で広がり、またそよ風にくるまれた様に畳まれて、ミジャの手元に戻ってきた。


「なるほど。対象の大きさを、大きくも小さくも出来るのか。もし竜族や巨人族にも通じるのであれば、いろいろと出来ることが増えそうではあるな。楽しみではないか!試してみるがよい!」

「では、早速」


 自分は、尾に触れているアングロスさんの体のサイズを、試しに1/10に縮小しようとして、成功した。


 あっという間に縮められたアングロスさん自身が一番驚いていたし、喜んでもいた。


「成功したな。これは、どれくらい保つのだ?」

「何もしなくても、ええと、20x2で40分ほどは。別のスキルを重ねれば、20時間ほどは。どちらの場合でも、任意のタイミングで解除できますけど。自分は」

「では、とりあえずこのままで大鏡まで近づくぞ。早く背に乗れ」


 乗れと言いながら、自分やミジャがえっちらおっちら登るのを待つのではなく、さっきの手紙と同様に、そよ風に運ばれて、アングロスさんの頭に何本か生えてる角の根本に下ろされた。


「風の抵抗について心配する必要は無い。ではいくぞ!」


 気が付いた時には、巨大な鏡への距離は半分ほどに縮まっていて、次に気が付いた時にはその寸前で滞空していた。


「身軽になるというのは、悪いものではないな」

「は、はあ。喜んでもらえて、何よりです」

「せっかく間近にまで近づけたのだ。亀裂が広がる勢いを観察して、いつ頃全体にまで及びそうか、確かめるぞ」


 アングロスさんは、大鏡の表裏や隅々までを巡ってくれて、自分の目でも見てみたけど、亀裂はおよそ一秒で一センチくらい広がってるようだった。


「十秒で十センチ、一分で六十センチ、一時間で三十六メートル?」

「一本の亀裂が端から端まで到達するのに、おおよそ三時間と少しか。表と裏で亀裂の走り方も違うし、どの亀裂も同時に広がってはいない」

「直径が百メートルとして、最初に走った亀裂の総延長が、十分で十メートルほど。どれほどの亀裂が表面に満ちれば割れるかは推測にはなるが、端から端に至る亀裂が百本なら、およそ三百時間として」

「十二日と半分。五十本の亀裂で割れるのなら、六日と1/4日ほど」

「さらにその半分だとしても、三日ほどは猶予がありそうか。巫女の託宣でもほぼ最短の日程が当たることになりそうか」

「ちなみに、この鏡に触ってみても良いですか?」

「触れるものならな。触れたとしても、そなたのユニークスキルを使おうとするでないぞ」

「怖くてできませんよ」


 触ろうとして、触れないというか、手が鏡の向こう側へと突き抜けるような感触と、この鏡は、亀裂もだけど、サイズ変更できないなというのが何となく分かったので、アングロスさんとミジャにそう伝えた。


「さしあたって、いくつかの重要な情報が得られた。いったん戻るぞ」


 そうして、北の詰め所まで戻ると、さっき散っていった竜の半数くらいと、それからとても大きな巨人と、その付き人らしい人や他種族の英傑らしき人達もやってきていた。


 アングロスさんが詰め所というかスタジアム的なスペースに着地すると、自分はいったん彼?にかけていたサイズ変更を解除した。

 ちゃんとスペース的にとか、誰かつぶしそうにないかとか、確認してから戻したからね!


 集まってきていた人達を代表するようにアングロスさんに話しかけたのは、一番大きな巨人さんだった。たぶん、背丈は七十五メートルくらい?単純な大きさで言えば自分の方が大きくなれるけど、普通に戦えば敵いそうには思えなかった。


「アングロス、貴方の体が縮んでいたのは、その者の力か?」

「ニュトリフフよ、その通りだ。それだけでなく、主神の結界内に入る込むことも出来た。ユートと接触していれば、可能になるらしい。おそらくだが、他のぷれいやあでも可能になるだろう」

「それは、貴重な発見だな」


 アングロスさんは、大鏡に走り始めた亀裂が広がる速度についても情報を周囲に共有した。


「おおよそ、三日から五日ほどの間に、異界への門が開く。それまでの間に、集められるだけのぷれいやあを集めておきたい」

「でも、開門直後は特に、危ないのではないか?」

「彼らは死んでも、何度でも蘇れるそうだ。我々と違ってな」

「だとしても、彼らがこの世界に現れてから、まだ一月足らず。ここに達したユート以上に育っている者は他にいないのでは?」

「かも知れぬ。だが、神が与えたもうたユニークスキルは、単純な強さでは計れるものではあるまい?ユートのサイズ変更も然りだが」

「しかし、最短で三日だとすると、海路でも陸路でも、到底間に合わないかと」

「我を含む空竜達が協力すれば、たいていのぷれいやあ達を間に合わせられるだろう。ニュトリフフ達の様な大きな者はもしいたとしても少数。

 迎えにいく場所さえわかれば、ユートと我が向かえば運んでもこれよう」


 そんな風に、アングロスさんとニュトリフフさん達を中心に、英傑や従者の皆さん達が話し合って、異界への門が開くまでに対応あれこれが急ぎ詰められていった。


 そんな中、一人の獣人が、自分とミジャに近づいてきた。

 それは、大柄で、でもしなやかな体つきの、虎人族の女性だった。


「君がユートだろうか?お初にお目にかかる。私は、今代の獣人族の英傑、ファイレンだ」


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