DAY22-24 亀裂
獅子人族の里を後にしたら、熊人族の里を経由して、狐人族の里まで戻ってその日は終わった。
マジャさんの元まで案内されて、一通りの報告を終えると、先ずは労ってくれた。
「ご苦労様だったねぇ。ありがとうよ」
「イグルンさんからの頼まれ事は、まだ終わってないし、ダイオーズさんとリオルクさんからはリオネーラさんの捜索まで頼まれてしまいましたが」
「まあ、そちらに関しては進むべき道を進めばきっと見つかるだろうさ」
「そうなんですか?」
マジャさんは妙に自信がありそうだった。
「見つかるも見つからないも、神様の思し召し次第だろうよ」
「そんなものですか」
「そんなものさ。あんた達は、明日には発つつもりかい?」
「はい。リオネーラさんの捜索に何日かかるかわからないですし」
「中央島へはなるべく早く渡っておいた方が良さそうですしね」
「そうだねぇ、それはそうかもね。だとしたらミジャ、あんたに今夜寝る時間は無いよ」
「どうしてでしょう、お婆様?」
「
「そうですね。そのような物があるとは教えられてましたが」
「本当なら、作り方から学んで、自分で一から作った物の方が効果は高いんだけど、時間が無い」
「えっと、符ってなんですか?」
マジャさんの付き人であるルーシルさんが、長細い籠をすっと差し出した。籠の中には、薄い白い紙に文字とか図形が複雑に書き込まれた物が重ねて入れられていた。
マジャさんはその中から一枚の紙を取り出すと、説明してくれた。
「符っていうのはね、特定の効果を付与されたお札みたいなものさ。ミジャも符が無くても結界を張れるだろうが、それよりもずっと強力な結界を、ほんの少しの魔力を符に注ぐだけで起動できたりする」
「よくわからないけど、すごそうですね」
「役には立つだろうよ。注意するとしたら、符をそのまま大きくしてから起動しようとすれば、その為の魔力は大きくした分だけ余計にかかるから、そこは二人で良いように工夫するんだね」
「良いようにって」
「そこまでの面倒は見れないよ」
「だいじょうぶです、ユート様。たぶん、やりようはありますから」
ミジャも自信がありそうだったので、符に関してはお任せする事にした。
これから一夜漬け的な修行をするというマジャさんとミジャを後に残し、ルーシルさんに案内された洞窟の一室で一夜を明かした翌朝。
ミジャは目の下にクマを作って、睡眠不足だけではなさそうな感じで頭をふらふらさせていた。
マジャさんも結構辛そうな感じだったけど、朝食を終えた自分たちに、何通かの書状を託してくれた。
「狐人族だけでなく、鳥人族が声をかけて集めてくれた推薦状だ。山羊人族、
「ありがとうございます。でも、中央島に渡れたとして、自分は何をすれば良いのでしょうか?」
「ここから北上して、海沿いに出たら、中央島に一番近い所に港町がある。そこで支持の証となる書状を、そこの主に見せな。そうすれば中央島に渡る身分証となる物が与えられるから、それを首にかけて中央島へ渡るんだ。
その後の事は、その時分かるだろうさ」
「はあ、そうですか」
「ミジャは、港町に着くまでは、ユート殿の背にでもくくりつけてもらって寝ておいて、頭をしゃっきりさせておきな」
「は、はい。そうさせて、頂き、ます・・・」
ミジャは寝不足以外にもいろいろ限界そうだったので、ひとまずの移動を済ませてしまう事にした。
狐人族の里の外で、大きくしたへらくれすに乗り、マジャさんの助言通り自分に縄でくくりつけられたミジャは、俺の背に抱きつきながら眠りに落ちてしまったので、へらくれすにはなるべく静かに飛び立つようお願いして、飛び立った。
ほとんど日の出の頃に出発して、2時間くらいで海岸線に出て、その二倍くらいの時間をかけて、中央島とそこへ行き来しているのだろう港町の姿が遠目に見えてきた。
港町は、それなりに大きかった。最初に寄った人間族の町の二倍か三倍ほど?
船溜まりに停泊している大半は漁船に見えたけど、大きな船も何隻かいて、うち一隻は巨人がそれなりの人数乗れそうなくらいの大きさを誇っていた。
俺は、ミジャにも起きてもらって、港町から少し離れた所に降りて、二人で昼食を済ませ、へらくれすも元の大きさに戻してから、港町へと向かった。
港町の陸地側は、申し訳程度の木の壁に覆われていた。高さは、自分が背伸びして手を伸ばせばその縁に指先が届くくらい。
「つまり、海側の方しか警戒してないって事?」
「そうなのでしょうね。中央島に何か異変が起きた時に真っ先に備えなければいけない場所ではあるものの、ここは中立地帯とされていますし」
まあ、海側に高い壁をぐるりと建てるのも難しい、のかな?巨人なら出来そうな気もするけど。
港町の門に行列は出来てなくて、門番の人達にすぐ話しかけられた。門番は人間族と獣人族が半々で、小さめの巨人族が後ろに控えていた。
「止まれ。ここは中央島へ渡る為の港町だ。基本的に、中央島に渡る者か、その関係者のみが入れる町だ。何用でここまで来た?」
「その中央島に渡る為にここまで参りました。こちらの人間族のユート様は、その資格を満たしております。私はその従者のミジャと申します。書状は揃えておりますので、港守の方にお目通り願えますでしょうか?」
へらくれすの鞍上で眠気を飛ばせたらしいミジャが、きりっとした面持ちで口上を述べると、門番達の間にかすかな動揺が走った。
一人が壁の向こう側にあるらしい詰め所から、責任者らしい人を連れて戻ってきた。
亀と人を合わせた感じの人。亀人族、なのかな?
「先ずは推薦状を見せてもらおうか」
「こちらに」
ミジャが都合十通の書状を取り出して渡すと、亀人族の門番長?は一通ずつ内容を改めた。
「うむ。問題無いようじゃな。ついてまいれ」
門番の皆さんが道を空けてくれたので、自分とミジャは、船着き場近くの一際立派で頑丈そうな建物にまで案内された。
「こちらに、港町リグレラの町長がいらっしゃる。粗相の無いようにな」
建物の中は、砦って感じだった。
その三階の、眺めの良い、高級そうな家具がしつらえられた部屋に案内されると、そう待たずに、頭に角を生やし、鎧以外は鱗に覆われて尻尾も生やした誰かがやってきた。
「かけるが良い」
ミジャに習って立って出迎えたけど、ミジャが黙礼してまた座ったので、同じ様にした。
やってきたおそらくは町長?さんは長椅子にどかっと座り、亀人族の門番長から書状を受け取ると、ざっと目を通してから言った。
「ふーむ。狐人族や鳥人族、獅子人族や熊人族といった仲違いをしていたと聞く獣人族達からだけでなく、巨人の一氏族からも推薦を受けた人間族か。
中央島へ渡る為の証は渡そう。
だが。その前にいくつか聞かせてくれ」
「なんでございましょう?」
「そうだな。先ず、お前達は、お告げを聞いてやってきたのか?」
ミジャは、ちらりと俺の方を見たけど、何の確認を取るまでもなく、独断で答えた。
「いいえ。あくまで、ユート様がここに至るまでの準備を最速で終えて参ったまでで、お告げについては聞いておりません」
「獣人族の王には会わずに来たのだな?」
「はい」
「ふむ。ではその件については、いったん脇に置こう。
ユートといったな。お前は、この世界の者なのか?」
「えっと・・・。その答えは、はい、になるのかな」
「なぜ、自信無さげなのだ?」
「港守様が仰られているのが、ぷれいやあの一人なのかどうかという意味であるなら、そうです」
ミジャが代わりに答えてくれた。
「そうか。この町にも、ぷれいやあなる者達が世界中に現れているという知らせは届いている。
他の中央島への港はどうかわからないが、この港町に正規の条件を満たして訪れたぷれいやあは、このユートが初めてだ」
「あの、それで、さっきのお告げというのは?」
「異界への門が開く。そのお告げが巫女にもたらされたのが、三日前で、この町には一昨日届いた」
「異界への門が開く、って、中央島にそういう何かがあるとは聞いてますけど、開いたら、何が起きるんでしょうか?」
「具体的にはその時になってみなければわからぬ。だが、異界からの侵略者達がやってくる事は、ほぼ確定している。この世界に生けるほぼ全ての者は、その時に備えてきた。
ぷれいやあなる者達が、その間近になって現れてきたのは、おそらく、神々が遣わして下さった備えの一部なのだろう」
ミジャとも何度か話し合ってきたので、その推測は理解できるものだった。
「あの、中央島に行ったら、先ず何をすれば良いのでしょうか?」
「そなたは、どの既存種族の出でもないから、人間族や獣人族、あるいは巨人族のしきたりに則って、その英傑と面通しをせねばならない訳でも無いが、そうだな。
中央島の守りを司る空竜の長、アングロス殿に面通しを願い出るが良かろう」
隣でなるべく平静を保とうとしていたミジャの表情が、ぴきっと固まった。
自分もそれでどれだけやばそうな相手なのか少しは察した上で尋ねてみた。
「あの~、竜族の長のお
「いいや? 最後の
それがなぜこの度は介在させられたのか。神々の御意志であると考えるのであれば、やはり中央島で一番強く、責任も重い方に先ず会われるのが筋であろう」
「は、はあ・・・」
「ああ、申し遅れてしまったな。我は、竜人族のテュピオスだ。ユート殿、そしてミジャの健闘を祈る」
それからテュピオスさんからは、本来なら英傑に渡されるというメダルと、その従者に渡されるメダルをもらって首にかけ、どう中央島に渡るつもりなのか訊かれた。
「船で渡るつもりなら、定期船が今は中央島にいるので、数日待つ事になるが」
「いいえ、空を飛ぶ手段があるので、それで行こうかと思ってますが」
へらくれすと自分のユニークスキルの事を説明すると、テュピオスさんは実物を見せてくれと頼んできたので見せたけど、サイズ固定のクールタイムがまだ終わっていなかったので、船着き場の空き地で自分や他の物を大きくしたり出来る事を見せて、納得してもらった。
その日は港町に泊まる事にして、紹介してもらった宿屋に部屋を取って休んだ翌朝。
朝食を済ませて、昨日と同じ空き地でテュピオスさんと合流し、サイズを大きくしたへらくれす見せてあげると興奮していた。
むしろ、自分たちに同行する事を申し出てくれて、それはそれで助かったかも知れないのだけれど、やはり来ていた港町の役人さん?達に説得されて諦めた。こんな何が起きるかわからない状況で、持ち場を離れたりしないで下さいと。
別れ際に、レオノーラさんを探す件についても相談してみたけど、先に空竜の長に会う方を優先して、そちらにも相談してみるよう助言してくれた。
中央島はそんなに離れて見えなかったので、へらくれすは大きくしたけど、サイズ固定はせずに移動を開始。
飛び始めて一時間もかからずに対岸の港町に到着。
こちらのは、中央島の中央に向けた陸地側は、背が高く厚い壁に覆われていた。中央には、もっとずっと高い壁が、円周を描いていた。それこそ、今の自分がなれる最大限の高さくらいの壁が、ずっと続いていた。
「あの中央の壁が囲っているのが、異界への門なんだっけ?」
「そうです。ここからは高度を上げないと見えないようですが」
「テュピオスさんには、空竜の長に先ず会いに行けって言われたけど、この港町には面通ししないで良いのかな?」
「海路で船を使って渡られたのであれば、必要でしたでしょうけど、このまま大壁と海の中間くらいを進んでいきましょう。
伝統的に、竜族が北、巨人族が西、
「・・・なんか、竜族と巨人族に、他がだいぶ見劣りしてない?」
「実力的には、竜族に及ぶ者はほぼいないのが実状ですけど、主神と眷属たる神々は、全種族が力を合わせてこの世界を守るように命じられております。
異界からの侵攻者は、この中央島の門から出て、世界中に散らばっていきます。竜族や巨人族だけに任せきりは出来ないのです」
「ここだけで封じ込めは、無理なの?」
「その様に、神々も、集められた英傑達も、努めるでしょうけれど、難しいと見られています」
「どうして? この世界で全能な主神と各種族の神々と、英傑達が力を合わせてもダメなら」
「異界からの侵攻も、異界の神々とその精鋭達が、その全力を傾けてくるからですよ」
それで、なんとなく納得がいった。
どこかで見た架空の映像物語では、そんなのがよく元の世界にも侵攻してきてたっけとか、思い出せたような気がした。
そちらの現実では起きなかった事が、こちらでは現実に起きている、と。
「え、でも、そしたら、この中央島って、一番危ないんじゃ?」
「もちろんそうですよ。だからこそ、各種族で最も優れた戦士を英傑として集結させているのですから」
「いやさ、でも、一番すごい人達が、真っ先にやられちゃうかも知れないのは、ヤバくないの?」
「だからといって、大軍をここに集結させておいて全滅させられれば、やはりその後の抵抗は難しくなるでしょう。
ならば少数の普通の見張りだけ置いておけばとなりますが、抵抗出来ないまま全滅させられて、世界全体に好きなように展開されてしまえば、やはりその後は苦しくなるでしょう」
「・・・だから、少しでも生き残れる可能性の高い最精鋭だけを集めてるのか」
「あの大壁と呼ばれるようになった防壁も、想定され得る攻撃を耐えきれるよう世代を越えて補強され続けてきました。
門そのものの周囲を、主神による結界が覆って下さっていますし。
空竜の長アングロス様とその眷属が中央島の守りに参加され司っているのは、いざとなれば英傑達をそれぞれの種族の王の元にまで避難させる役割も兼ねているからと、お婆様は仰られていました」
「なるほどね」
ミジャとそんな話をしている内に、大壁の北端にある広場?、元の世界の何かの競技の大会で使われていたスタジアムとか呼ばれてた建造物くらい大きな何かから、とんでもなく大きな生き物が飛び立ってきた。
昆虫系魔物の森の主の
でも、頭部も胴体ももっとずっと太くてたくましくて、体中のあちこちに翼がついていて、こちらに向かって飛び立ってきたと思ったら、あっという間に目の前に滞空していたので、慌ててへらくれすを止めてホバリングさせた。
ちらっと後ろを見たけど、ミジャは固まってた。
仕方ないよね。
「こ、こんにちは?」
先ず、挨拶から入ってみた。
人として大事らしいからね!
竜族にとってはどうだかは知らないけど!
「お初に目にかかる。空竜族の長アングロスと申す」
「あ、は、初めまして!えっと、人間族の、ユートといいます」
「人間族ではあるかも知れぬが、そなたは、最近になってこの世界に現れ始めた、ぷれいやあと呼ばれる者達の一人で間違いないか?」
「それは、そうらしいんですけど、よく分からないんです」
「自分自身の事なのにか?」
「はい。他のぷれいやあ達からすると、その一人らしいんですけど、いろいろと違うらしくて」
「ふうむ。土竜族の長クアルロの元にも、ソフィーというぷれいやあがいるが、知っているか?」
「いいえ、初耳です。知らない人です」
「なるほど。ぷれいやあは知己同士とは限らないと」
「そうですね。それぞれが勝手に動いていて、味方になる人もいれば、敵になる人も、どちらでもない人もいますね」
「興味深い話だ。もっと詳しく聞かせてほしいが、良いか?」
「どうぞ。ただ、自分が会った事があるのも、ええと、十人にも届かないくらいなので、そこはご承知おき下さい」
「かまわぬ。英傑達がその派遣元の各種族から聞いている話を統合すると、その数は少なくとも百を下らないが、そなたはそのぷれいやあの中でも初めてこの地に至った。ついてくるがいい」
そうしてアングロスさんが飛んできた方へと飛び去っていったので、その後を追った。
元の世界のスタジアムと呼ばれるような空間の数倍の広さの建造物には、他の竜族の姿も見えたけど、大きめのでも、アングロスさんの1/2から1/3くらいしか無かった。色は白っぽいのが多かったけど、赤いのも混じっていた。
で、アングロスさんの傍に着地した瞬間。
ぴしっ。
と何かに亀裂が走るような音が響いた。
音は、大壁に覆われた中央の空間にそびえ立つ、巨大な半透明の鏡の方から聞こえた。
何も映さない鏡の上端の方から、かすかに、でも一筋の亀裂が走って、ほんのわずかずつ、その亀裂は延び、何条もの筋を増やし始めていた。
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