DAY20-21 獅子人族の里にて
熊人族長イグルンのお願いは、結局、断れなかった。
事情をさらに聞く為に、再びへらくれすに乗って空の人となっている。
イグルンもついてきたがっていたけど断った。
あんな濃ゆい、凶暴な顔つきのオッサンと数時間一緒にいるとか、耐えられそうになかったから。
熊人族の里からおおよそ南の方へと、暮れ始めた空を横目に飛んでいると、ふふっとミジャが笑った。
「なにか、おかしい事でもあった?」
「おかしいと言えばおかしいのかも知れませんが」
「何が?」
「いえ、ユートさんが、お人好しだなぁ、って。もちろん、悪い事ではありませんよ?」
「そういう風に、お人好しって言われても、あまり嬉しくはないかな」
「ユートさんは優しい人ですね、って言った方が良いですか?」
「いくぶんかは」
ミジャはまた、ふふふっと、嬉しそうに笑った。
まぁ、ご機嫌が悪いよりかはいいか。
そう思って気にしない事に決めて、広大なサバンナっていうんだっけこういうの? 草原と木々と荒れ地と川とが大地に点在する地形のあちこちに、動物の群がいくつも移動してて、とりあえず食べるのには困らなそうな土地には見えた。
だんだんと暗くなってきた地表に、町の灯りが見えてきて、そこから少し離れた辺りに着地。へらくれすを元の大きさに戻して、獅子人族の里で何かトラブルがあった時の為に、訪問は明日の朝にする事にした。
ゆっくり休んだ後の翌朝。食事を済ませてから、都市というには小さめで、町というには大きめな、獅子人族の里の門番は、イグルンから預かってきた親書を見て、怪訝な顔をした。
「リオーズ殿の子息との面会を望まれていると?」
「そうです」
門番の責任者という立派な
「これは、私では扱いかねるな。長の判断を仰ぐので、しばらく待ってほしい。イグルンからの親書は預かっても良いか?」
「もしそちらで足りなければ、こちらが鳥人族の長キショウ様からの親書です」
ミジャが厳かに取り出したそれを、持ってるなら最初から出せと言いたげに受け取った門番の長らしい人は、さっと目を通すと、直々に長のところに案内してくれる事になった。
長の館まではほとんど無言だったけれど、
「イグルン殿から聞いているだろうが、リオーズはここにはいないのは知っているな?」
「もちろんです」
「ならいい」
といったやりとりはあった。
うん。獣人族の王城の地下牢に閉じこめられるってのは聞いたよ。
つまり、面会を今の王様に申し出なければならないって、かなり面倒な話だよね。断られたら断られたで、それをまたイグルンに伝えにいかなきゃいけないしで。
どうしてこうなった?
そんな事を思ってたら、豪邸といって良い館に案内されて、書類仕事に追われているらしい、眼鏡をかけた獅子人族のおじさんの部屋に案内された。
「ダイオーズ殿。客人を御案内しました」
「ウィローか。今は忙しい。お前の手も借りたいくらいだ」
「他種族からの過去の苦情の賠償請求に追われてるのは知っています。なら、これは関連した客人ですよ?」
「ほう?」
そこでようやくダイオーズというらしい人は、ミジャと自分をまともに見て、首を傾げた。
「狐人族と、人間族がか? 確かに、狐人族には、大迷惑をかけた認識はあるが、賠償の申し出は受け取っていなかった筈だ。まさかそれを持ってきたというのか?」
「イグルンとキショウ殿からの書状を、この二人から預かっております。ご確認を」
ウィローと呼ばれた人が、秘書官らしき人に二通の書状を渡し、筆跡や内容などをざっと改めてから、確かそうです、とダイオーズさんに手渡した。
ダイオーズさんは、仕事が増えるとでも思ったのか、イヤそうな顔で書状を受け取り、眉間にしわを増やしながら書状を読み終えると、天というか天井を仰ぎながら大層なため息をついた。
「イグルンめが。おとなしくしておけと言っておったのに、また面倒事を増やしよってからに。
ええい、一休みするぞ。お前等も休め。侍従どもは客室と茶の準備を整えろ。
それから、誰ぞリオルクの部屋へ走れ。こちらの話が済み次第、そちらへ客人が向かうと」
執務室につめていた秘書官や役人達とメイドや執事といった外見の人達がばたばたと動きだし、自分とミジャは、ダイオーズさんに客室へと案内された。
豪勢な客室の、柔らかなソファにミジャと並んで座ると、大きめの紅茶のカップと、ミジャには普通サイズのカップが並べられて、お高そうな紅茶が注がれて、同じポットからダイオーズさんの大きめのカップにも注がれて、彼がまず口をつけた。
毒味をしてみせたというよりは、単純にお疲れで、一息つきたかったから、という感じだった。
自分とミジャも、紅茶に一口つけてから、改めて名乗った。
「自分の名前はユート。人間族、っていっても、普通じゃないかも知れませんが」
「そのようだな。どちらの書状にもそう書いてあった」
「私の名はミジャ。族長マジャの孫にあたりますが、偶然の成り行きから、ユートさんに同行しております」
「そのようだな。マジャ殿にもだいぶ迷惑をかけてしまったが、まだご息災か?」
「高齢からか、容態が万全とは言いかねますが、息災ではあります」
「そうか。多忙故、詫びに伺う事は出来ないが、謝意は伝えてもらえるとありがたい」
「伝えましょう。しかし今は、イグルン様からの頼まれ事の方が優先されますが」
ダイオーズさんは、手にしていた書状二通を、テーブルの上に放り出して、茶菓子をいくつか口に詰め込んでから、紅茶をがぶ飲みした。
「面倒ですよね」
「ああ、そうだな。同感しかない」
変なところで共感できる人を見つけられた事は、たぶん不幸中の幸いなのだろうか。
ダイオーズさんは、苦笑しながら言った。
「リオーズを救うとは、どうするつもりだ?」
「こちらが教えてほしいくらいです」
「全くだな。リオーズの息子でも、
「だいたいの事情は、イグルンさんからも聞きました」
「そうか」
そして復習の様に、ダイオーズさんが昔話をしてくれたけど、その内容はイグルンさんが語り、キショウさんが補足してくれた内容とあまり変わらなかった。
「あいつが変わったのは、最愛の妻ニースを亡くしてからだ。そこから少しずつおかしくなっていき、忘れ形見の中でも最もかわいがっていた長子リオルクに起きた不幸で決定的になった。まぁ、あいつを止められなかった事で起きた諸々については、これから獅子人族全体で償おうとしているところではあるが・・・」
「ニースさんは、どんな方だったんですか?」
「獅子人族全体で見ても、最高に輝いていた女性だった。単純な強さでも、リオーズにひけを取らなかった。オスのみが族長になれるという掟さえ無ければ、リオーズでさえニースを族長に推していたかも知れないくらいには」
イグルンさんの話にもあった。
強く、聡明で、優しくもあったニースさんに、リオーズさんはぞっこんだったと。獅子人族の族長には無理でも、ニースさんなら獣人族の王にだってなれるのでは?とも言っていたらしい。そちらも獣人族の掟的に無理だったらしいのだけど。
やがて、執事さんがダイオーズさんに、リオルクさんの部屋の準備が出来たと伝えに来て、自分とミジャはまた移動する事になった。
「すまんな。本当ならリオルクを客室にまで来させるべきなんだが」
「いいえ。毒の後遺症で、満足に動けない身となれば、仕方ありません」
リオルクさんは、リオーズさんの子供の片方で、幼い頃から将来を渇望され、リオーズさん自身も将来は自分よりも強い戦士、優れた族長になると公言していたそうな。
彼がどうして毒に倒れる事になったのか、リオーズさんの思惑というか願いがそのきっかけになっていたのも、彼を追い込んでしまった一因というのはわかるのだけど、どう救えばよいのか、わからないまま、リオルクさんの部屋についてしまった。
ダイオーズさんからの紹介を受けて、寝台の背に枕を挟んで上体を起こしているリオルクさんと挨拶を交わした。
「リオルクです。リオーズという出来の悪い父がご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」
ダイオーズさんも、執事さんも、頭を下げたリオルクさんの姿に、沈痛な面もちをしていた。かける言葉が無いといった様子で。
お前は悪くないと何度言われても、同じ様な事を繰り返し言っているんだろうなと、彼らの表情から伝わってきた。
「頭を上げて下さい。迷惑をかけられるかどうかは、これから決まるのですから」
「これから、とは?」
リオルクさんは、ダイオーズさんから二通の書状を受け取って中身に目を通した。
読み終わった直後にまた頭を下げようとしたリオルクさんの肩を手で抑えて、言った。
「あなたからのお詫びは不要です。
それよりは、どうしたらリオーズさんを救った事になるのか、救えるのか、ヒントを頂けた方が嬉しいです」
「私も、教えて頂きたい身の上なのですが、この通りですので」
自虐的な彼の様子に胸が痛まないでもなかったけど、あえてスルーして、質問を重ねた。
「脱獄は無論のこと、単純に牢から出せば救った事になるとは思えません。過去に犯した事へのつぐないをすれば救った事になるのかというと、こちらに来てダイオーズさんの姿を見れば、それも違うのかなと思いました。
あなたを含む獅子人族の誰かを面会に連れていって、それが現在の王様から許されたとしても、それで劇的に何かが変わるかというと、わかりませんし」
「あるいは、母が存命でさえあれば、父を殴り飛ばして、それで立ち直ったかも知れないのですが」
「その点について、双子であるあなたの妹、リオネーラさんなら、いかがでしょう?」
イグルンさんから聞いた話の中で、最も有効打になりそうなのが、彼女の存在だった。
ただ、出来るならとっくにそうしていたというのが実状な様で。
「ええ。獅子人族としては、父がまだ在位の頃から、リオネーラの行方は探し続けているのですが、いまだに足取りはつかめていないのです」
そうなんだよー。
最愛の妻を喪い、最愛の息子をほぼ再起不能にされて、荒れ狂った獅子人王リオーズさんの暴虐ぶりを諫めて止められる可能性を持っていたのが、ニースさんの忘れ形見である双子の片割れ、リオネーラさんだったのだけど、リオルクさんが再起不能にされた時にそもそもの要因を作ったのがリオーズさんて点を激詰めして決定的な親子喧嘩をして、かっとしたリオーズさんに殴られた後、獣人国から失踪してしまったそうな。
「なにか、彼女の将来の夢とか、行きたがっていた場所とか、わかりませんか?」
「あえて言うなら、世界のあちこちを見て回りたいとは言ってましたね。それで、獣人国から少なくない人手が方々に放たれたのですが、見つかっていません」
「親子喧嘩の後、頭を冷やして、リオネーラの失踪を知って肝もこれ以上なく冷やしたリオーズが、だいぶ金も時間も人手も使って探させたんだがな。手がかり無しだ」
マジかー。
絶望した俺は、考えを整理するように呟いた。
「このまま獣人族の王都に行ったとして、書状があれば、今の王様はリオーズさんとの面会は許してくれそうな気がするんです。
でも、響かないと思うんですよね。自分の言葉じゃ」
それは同感だと思われたらしく、リオルクさんも、ダイオーズさんもうなずいていた。
俺は藁をも掴む感じで、ミジャに訊いてみた。
「ミジャは、なんかアドバイスある?」
問われたミジャは、リオルクさん達に尋ねた。
「手を尽くして探されたと仰られましたが、その中には、巨人族の大陸や、竜族の大陸も含まれていましたか?」
「・・・いいや。そちらは、族長に問い合わせて、来ていないと言われた。それを信用しない訳にもいかなかったからな」
「ならば、中央島は?」
二人の反応は劇的だった。
「ばかな。あそこは、許可されたか、資格を認められた者しか立ち入る事は出来ない」
「そのはず、ですよね。例え従者の交代要員に紛れ込もうとしても、そこは英傑や同行者達の厳しいチェックがあると聞いてますし」
「はい。だからこそ、盲点になり得るのかと」
「盲点って、どういう事?」
俺の質問に、ミジャはいい笑顔で答えてくれた。
「巨人族や竜族の大陸に、他種族の者がひっそりと住み着く事があるように、中央島の片端か、その周辺にあるという離島のどれかに隠れ住んでいたとしたら、捜索の手から逃れられていた可能性は無いでしょうか?
無論、巨人族や竜族の大陸か、それ以外の場所で隠れ住まれている可能性もあるのでしょうけど」
ダイオーズさんとリオルクさんは真剣な眼差しを交わし、俺たちに向かって言った。
「キショウ殿からの書状に書いてあったが、もともとユート殿は、中央島に行かれようとしているのだったな」
「そうですね。その為の頼まれ事をされてたら、流れ流されてこんなところにまで来てしまいましたが」
「お願いです、ユートさん。リオネーラを探し出しては頂けないでしょうか?父を救えるとしたら、おそらく、
「えっと、ちょっと待って下さいね。
もともと、四種族からの推薦が必要とかで、狼人族と猿人族、巨人の一氏族で、あと一つを狐人族のミジャのお婆さんからもらおうとして、その為の条件として、熊人族が鳥人族から土地を奪おうとしてるのを止めてくれって頼まれて、それは止めたんだけど、あれれ?」
「ユート様、落ち着いて下さい」
ミジャが、メイドさんが入れ直してくれてた紅茶を勧めてくれたので、それを何口が飲んで落ち着いた。
その間に、ミジャが状況を改めてまとめてくれた。
「イグルン様を倒して係争地をあきらめさせた時点で、キショウ様から、ユート様を推す同意は頂いております」
「という事は、リオーズさんの事は後回しにしてもいいって事?」
「それは・・・!」
「単純に、最低限の条件を満たして中央島に行くだけなら、ええ、十分でしたでしょう。でもどうせなら、この件を手がける事を約束の手形として、熊人族からも、獅子人族からも、推薦を頂けるのではないでしょうか?」
「叔父上、お願いします!」
「いやまあ、狐人族へ散々迷惑をかけた詫びを兼ねるのであれば、仕方無いか。熊人族の件もあるしな。
だが、獅子人族としての支持を表明するのであれば、リオネーラ捜索の件を引き受けてもらう事になるぞ?」
「ユート様は、空をそれなりの早さで移動する手段をお持ちですから、おそらくご期待には沿えるかと」
「しかし、確か、中央島に、定められし手段以外で近づこうとする者は、竜族から手荒い歓迎を受けると聞いた事もあるが」
「ユート様は条件を満たさずに中央島へ渡る訳ではありませんし、話が通じる相手であれば何とでもなるかと」
ミジャが自慢げに俺を見つめる目は、荒事になっても俺なら何とかなると言っているような気もした。
でもさ。相手、竜だと、やばくない?
そんな懸念を余所に、ダイオーズさんは俺を推薦する書状と、他にも獣人族王とイグルンさん宛の書状も書いて送ってくれる事になった。
「本当なら、獣人族王にも面会した方が、推薦状の裏書きくらいはしてもらえるかもしてくれるかも知れないのだが」
「レオノーラさんを探して、見つけられたら、その時連れていけた方が二度手間にならないし、印象も良くなるでしょうから」
「それもそうか。ここは南大陸の中央から南寄りの場所にある。ここからなら王都エグイッシュまでと、中央島への渡し場にもなっている町までの距離は、同じくらいだから、王都に解決の当てもなく一度行くのは確かに時間の無駄かも知れん」
「ユートさん、それからミジャさん。妹も意固地になって、今更父の為に戻ってきてはくれないかも知れないので、私から妹と、それから父宛の手紙もしたためますので、その為の時間を頂けないでしょうか?」
「まあ、確かに説得材料はあった方が良いのかな」
という事で、昼食ご馳走になってから移動する事にして、それまでは獅子人族の町を案内してもらったり(ダイオーズさんが案内役を買って出ようとしてくれたけど、役人や秘書の皆さんに仕事ですと引きずられていったので、執事さんに案内してもらった)、昼食をリオルクさんの部屋で一緒に頂いてから、自分とミジャは、マジャさんの待つ狐人族の谷へと向かったのだった。
そうそう。
手紙が書かれるのを待つ間に、ニースさんの若かかりし頃の肖像画も見せてもらった。子供の頃のレオノーラさんが、ニースさんにそっくりだったという事で、探す時の参考になるだろうって。
とても凛々しくて、優しそうな人に見えた。
そんな人の娘さんが、生き写しだともいう母親を喪って、双子の兄も死線をさまよった末にほぼ寝たきりとなり、父は暴虐な王となって、諫めようとしたら殴り飛ばされたとか、どれくらい心を痛めているのか、想像もつかなかった。
帰りたくないと言われても仕方ないし、父親との再会を断られても当たり前かもと思えたので、そんな覚悟は決めておく事にした。
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