DAY? フェンザ・アトリの場合1

 私の名前は、フェンザ・アトリ。

 アメリカ人。白人。女性。23才。

 そんなカタログ項目だけ並べれば、世界中から羨まれる存在に思われるかも知れない。

 まあ、そんな可能性がゼロだったとは言わない。

 けれど、こんな人類史上初のフルダイブ型ゲームのαテスターに、二番目にヤバい契約で開始したって言えば、これまでの私の人生がどんなかだったか、少しは想像つくかな?


 つまり。

 何を失っても惜しくはないし。

 そもそも失いたくないものなんて何も持ち合わせてない。

 それが私の人生だった。


 容貌。ラットドブネズミが幼い頃からの私のあだ名だったことで察して。

 スタイル。同上なんだけど、幸か不幸かガリガリ。

 勉強。どの科目も苦手で、どれだけ時間かけてもわからないことが多すぎて、クラス最下位付近が私の定位置だった。主にこの理由で、先生達からも嫌われた。

 スポーツ。どんな種目にも適性無し。


 こんな私だから、日本発祥のオタク趣味は好物だった。異世界物も、転移じゃなく、転生ものの方ね。

 ゲームもそれなりに楽しんだ。人と競うようなのは苦手だったけど。


 両親が優しくなかった訳じゃない。

 ハイスクールから大学、それがコミュニティ・カレッジだとしても、そちらで少しでも就職に有利な様に、何か将来に役立つ知識なり資格なりを取ることも熱心に勧められたけど、断った。

 そして、バカな私でも雇ってもらえる仕事に就いた。ファストフード店のバイトとかね。


 家賃と食費がかからなかったから、なんとか生活していけた。自分のネット代やゲーム費用とかだけは、自分の収入から出すようにはしてたから、お目こぼししてもらえてたのかも知れない。



 両親もそんな裕福な方ではなく、保険も最低限のだから、医療費とかにいつもびくびくしてた。

 私はそんな両親に寄生しないと生きていけない訳で、割の良い収入源が無いか、探していた時に、うますぎる話として見つけたのが、人類史上初のフルダイブ型MMOPRG『アリスティア興亡史』のαテスターだった。


 いくつものプランがあったけど、私は一般テスターが選ぶ、ライト、ミディアム、ヘヴィーいずれかのコースではなく、記憶領域にまで干渉するフルダイブの方の契約を選んだ。

 得られる収入額がぜんぜん違ったし、フルダイブ契約の中でも、完全に記憶を遮断する訳ではない方のタイプにしてもらった。

 それでも一日で500ドルだ。一番ヤバいのはその倍だったけど、そちらはさすがに両親に止められた。自分たちを万が一でも忘れてほしくないと言われたら、うなずくしかなかった。


 本当はフルダイブ契約そのものを選んで欲しくはなかっただろうけど、両親もいつまでも生きてはいけないし、彼らの収入や貯金は、彼らだけで消費され尽くされるだろうから、私は私で少しでも小金を稼いでおく必要があった。


 見逃されたのは、たぶん、そんな理由だと思っている。


 本格的なフルダイブ行為の前に、何度か一般テスターと同じ仕様でダイブしてみて、拒絶反応などが出ないかのメディカルチェック期間を経て、若干緩めの記憶制限を受けた上で、私のフルダイブ生活は始まった。


 記憶制限について、少し触れておくね。

 自殺志願者とか、自殺未遂常習者を止められるか、そういった治験にもなっていると言えば、わかるかな?

 完全な記憶制限だと、思い出せるのは自分の名前とか、自分に与えられたユニークスキルのことくらいしか、思い出せなくなるらしい。

 セカンドプランと呼ばれてたけど、私みたいなのは、名前だけでなく、出身や国籍や家族の思い出とかも、基本的には忘れない。


 では何の記憶に制限がかかるのか?

 何かを忘れるのではなく、思い出せなくなるだけ。

 私に関しては、自分が自分を嫌いになるような記憶に関して、制限がかけられた。

 私は私のまま。自殺未遂をしたことはない。ただそこまでの勇気が持てなかっただけなんだけど、自分の人生に絶望してなかった訳じゃない。


 イヤな思い出を思い出さなくなれば、前向きに生きられるのか?

 人格に欠損が出ないようにする為に、完全に思い出せなくするのではなく、もやをかけたように、何となくイヤな思いをしてきたって感じになった。

 いじめられた時の相手の顔とかがぼやけて誰だかわからなくなったり、水をかけられたとかつきとばされたとか、何をされたのかぼんやりと思い出せても、具体的に何をされてどんな思いをその時したのかも、思い出せなくなってた。

 これが自殺未遂常習者で、レイプ被害者とかだと、もっと重めの記憶制限がかけられるそうだ。それで、人格形成に支障を出さないまま、自殺衝動を抑制できるかどうかも、治験項目に含まれているそうな。


 だから私は、これがゲームだとか、αテストに参加した経緯とかも、まるっと覚えている。


 自キャラ作成キャラクター・クリエイションでは、ねずみ人族を選んだ。

 

 可愛らしい外見にも出来たけど、ラットドブネズミらしいものにした。

 ただ、なるべく目立ちたくなかったから、鼠人族の大人サイズの30センチではなく、子供サイズで最小の13センチにした。


 ランダムで私に与えられたユニークスキルも、小さな身体の方が活かせそうだったしね。


 キャラ名は、ミニーにしておいた。

 そう、あの世界一有名な鼠人族女性から借用した。

 外見は全く似てないけどね。


 人間の身体との差異がありすぎるので、強制チュートリアルで、キャラのアバター操作に精神をなじませてから、獣人族の王都エグイッシュでゲーム開始。


 私は争い事とか嫌いなので、戦闘やレベル上げは最初からするつもりが無かった。それで問題無いかは、ゲーム開始前に、ゲーム会社側に予め質問して了解をもらっていた。


 いわく。そんなプレイヤーがいてもぜんぜんおかしくないとの事が、了解の理由だった。


 鼠人族の町は、獣人族の王都の半地下にあって、役人とか出世してる鼠人がいない訳じゃないけど、獣人族の間でも一番弱い立場に置かれてる存在というのが、始めてすぐに分かった。


 なので、私は私のロールプレイをすぐに決めた。

 盗賊というか、盗人になろうと。


 私のユニークスキルは、非実体化。

 レベルx1秒間、身体を非実体化して、敵の攻撃や魔法をやり過ごしたり、壁を抜けたり出来る。

 クールタイムは一分なので、けっこう頻繁に使えた。


 レベルを上げれば、ユニークスキルを強化できたみたいなんだけど、どの道αテスト自体が一ヶ月程度と説明受けていたし、上げないでいいやと決めた。

 

 経験値稼ぎをする必要も無かった私は、ほぼあらゆる所に侵入していった。身体の小ささは、とても有利に働いた。ほとんどあらゆる隙間に素で潜り込めたし。


 鼠人の町を数日かけて把握したら、王都の散策範囲を広げていった。時折プレイヤーを見かける事もあったけど、自分から接触しにいく事はせずに、隠れてやり過ごした。


 自分はあちこちに、誰にも見つからない場所、いわゆる自分だけの秘密基地を作って、そこにいろんな拾い物や、盗んだ物を集積していった。

 動物の猫や、本物のドブネズミとかに見つかって殺される事もあったけど、痛みはゲームとして耐えられる程度だったし、レベルが5になるまではデスペナルティーも無かったので、その意味でも痛くは無かった。


 開始して一週間くらいで王城周辺の脳内マップをほぼ埋めた私は、商人の店にも潜り込んで、いくつか便利そうな魔法の道具マジック・アイテム入手した盗んだ

 ゲームなお陰か、ある程度の大きさは自動調整がかかるのは助かった。人間が使うようなサイズのは無理だったけど。


 いくつか手に入れた中でもっともお役立ちアイテムは、鑑定スキル付きメガネ(鼠人族の町の道具屋の主から盗んだ)と、臭い消しの指輪(大きさ的に私は腕輪として使っている。こちらは人間の商人から)。

 鑑定スキル付きメガネは、魔法がかかっている品物の鑑定だけでなく、結界や罠みたいなのも見分けられたので、いろんなところへ潜り込む私には必須アイテムとなった。(片眼鏡モノクルなのもポイントが高い)


 そんな風に準備を着々と整えてから、私は王城へと忍び込み始めた。

 鼠人族向けな罠とかも仕掛けられてたけど、万が一かかっても私はユニークスキルの非実体化で抜け出せたしね。鑑定眼鏡も存分に活躍してくれた。臭い消しの腕輪も、見張り兵の鼻を誤魔化してくれた。



 私が探したのは宝物庫。

 お城に出入りする人達を観察し、話し声に聞き耳を立て、偉そうな役職の誰かの後をつけたり、ありとあらゆる隙間をくぐり、天井裏や机の下などに潜んだりしながら、私は五日ほどで宝物庫への侵入に成功して、そこでもお宝をゲットした。

 一番大きかったのは、私でも使えるサイズのアイテム袋マジックバッグ。異世界物の定番アイテムだよね。身体が小さすぎるせいで、金貨2枚を持てば両手がふさがり、重さでほとんど動けなくなるとか、虚弱過ぎたし。


 宝物庫の探索にも二日ほどかけてから、私は、お城の地下へ向かった。


 そこに、興味深いNPCが囚われてるという話を立ち聞きしたから。


 地下深く。牢屋の檻がずらっと並んだ通路のずっと奥の最果て。

 たくましい獣人の見張りが豪華で重そうな扉の前に二人も立って見張っていた。

 ふつうなら、とてもじゃないけど気付かれずに潜り込むのは無理そうだった。

 鑑定眼鏡で見張り役の装備を見ると、気配察知とかのスキルも付与されてたし。


 まあ、そこは宝物庫で見つけた、気配隠蔽スキル付きのブーツ(消音機能付き)で誤魔化せた。

 見張り役の交代や、食事が運ばれてくるタイミングを学んでから、私はその一番豪華な牢屋?へと潜り込む事に成功した。


 そこにいたのは、中年から壮年くらいの年齢に見える、イケオジ?な獅子人族の男性。

 前代獣人族の王、リオーズだった。


 部屋には、空になった酒瓶が散乱していて、食事を運び込んだ兵士が回収していった。

 私は隙をついて、寝台の下へと隠れた。


 リオーズという、人物NPCを観察する為に。


 兵士達が片づけたテーブルの上に置いていった食事は大きな肉の固まりとか、他何品かといった感じで、普通の囚人に与えられるような粗末さは無さそうだったけど、リオーズは不満そうに口にしていた。


 それでも食事を終えた後、新たに置いていかれた酒瓶の口を切り、瓶ごとぐびぐびと飲んでいた。


 もっと粗雑で乱暴な男かと想像していたのだけど、どうやら違ったらしい。床に転がっていた酒瓶にも割れた物は無かったし、食べた後の食器とかが床に散らかされてたりした形跡も無かった。



 私が、人物NPC観察を始めたのには、理由があった。

 ゲーム開始時の鼠人族の町からして、住民NPCの数が多すぎた。鼠という存在のせいかも知れないけど、ゲーム世界全体から見ればほぼ最低なくらいに重要でない町に、少なくとも数百体の住人NPCがいた。

 そのうちの全員が、定型でない会話が成立したし、私がわざと意味不明な事を言った時のリアクションも、プログラムに従う事しか出来ないNPCのそれではなかった。

 その全員が、生活の場所や、朝起きて寝るまでと寝てから起きるまでの生活をそれぞれ自立して送っていたし、彼らの住居はそれぞれ個別に存在していて、私はそのいずれにも入り込めた。

 例えそれぞれがAIに生成された存在だったとしても、彼らは生きて存在していると感じるに十分な厚みを備えていた。


 その異様さは、これまでのゲームの常識からすれば、ありえなかったし、際立っていた。


 人物だけでなく、建造物にも同じ事が言えた。

 従来のどんな重厚な世界観のゲームでも、都市の大半は、外観だけが描かれた書き割りの存在でしかなく、お店などの機能を持たされたり、ストーリーやイベントに関わる場所しか入り込めなかったというか、作り込まれていなかった。


 当たり前だ。

 開発資源はいつだって有限だし、それはデータ要領や通信量といった分野にでも同じ事は言えるのだから。

 だからこそ、鼠人町同様に、獣人族の王都全体でも同様だったのは、ゲームとしてあり得ない事だと分かった。

 どんな住人に、どんなランダムに接しても、彼らはNPCではあり得ない反応を返してきた。彼らには生活があり、そして生きていた。


 異世界。

 そうとしか、思えなかった。

 本当の意味でフルダイブ契約をしているプレイヤー達からすれば、異世界に転移なり転生したとしか思えなかっただろう。


 考えて欲しい。

 ゲーム世界全体からすれば作り込む意味がほぼ皆無な、獣人族の王都の下水道に浮かび流れ去っていく汚物の一つ一つを別個に作り込む必要性が、いったいどこに存在するだろうか?

 ゲーム世界住民の家の家具や布団の片隅などをかじってみても、ポリゴン欠けをする事は一切無かったのだ。


 どんなに細かく刻んでも、その残骸はそのまま残る。

 火をつければ燃えるし、水に浸ければ湿る。

 そんな、物質として実在するならば当たり前な結果を示せるとしたら、その世界が実在するものだ・・・・・・・・・・・・、という結論しか、私には残っていなかった。


 いくら人類史上初のフルダイブ型ゲームだと言っても、ゲーム開発技術がそこまで一気に進む理由は、存在していない筈だった。


 どれくらいのαテスターが気付いているか、私にはわからなかった。

 フルダイブ型契約のテスターには、他プレイヤーとコミュニケーションする為のチャット機能や掲示板機能などは提供されない事にもなっていたから。


 他のプレイヤーと、ネタバレする為に接触を取るのも、なんとなく、躊躇われたし。

 それが、自分にかけられた制限のせいかも、自分には分からなかったし。



 そんな事をつらつらと考えている内に、リオーズは小さくない酒瓶を飲み干すと、ぽいっと、酒瓶を背後に放った。

 手首のスナップだけで放り、くるくると回転した瓶は、私の目の前の床(絨毯が敷かれていて割れなかった)でバウンドすると、私に向かって跳ねてきて、ごいん、という音と衝撃と共に、私の意識を刈り取った。



「・・・おい、起きろ。いくらお前が虚弱でも、あれで死ぬ筈が無いだろうが。傷も無い」


 身体をがしっと掴まれていた。

 もう片方の手の指先で、てしてしと両頬を叩かれていた。

 がさつそうな外見に似合わず、ちゃんとこちらが苦しくならない限度をわきまえた優しさ?で握ってくれていた。


 けれど、目の前に、自分の身体よりも何倍も大きな獅子人族の顔が見えたら、逃げるよね?

 状況を把握した私は、即座にユニークスキルを発動。リオーズの手をすり抜け、テーブルまですり抜けたところでスキルの発動を止めて、ベッドの下を通り抜けて、部屋の隅にまで逃げて息を潜めた。


 ゲームな筈なのに、心臓が激しく鼓動していた。


「あ~、なんだ。驚かして悪かったな。

 謝るから、話し相手くらいにはなってくれんか?

 兵士どもは俺との会話も禁じられていてな。


 酒は飲めるか?

 飲めるなら相伴してくれ。

 チーズもまだ、どこかにあった筈だが、さて・・・」


 ベッドの反対側にいるリオーズの姿は見えなかったけど、何かをごそごそと探す物音がした。

 私はユニークスキルのクールタイムが終わるのを待ってから、さっきとは逆側のベッドの陰から、そっとリオーズの姿をのぞき込んでみた。


 リオーズは、棚や引き出しの中を覗き込んで、小さめのグラスを一つと、彼の手のひらくらいの大きさのチーズの塊を見つけだすと、テーブルの上にそれらを並べ、グラスに並々とお酒を注いでくれた。(量的には、彼のグラスの1/10くらいだったとしても)


「念のために言っておくと、俺はお前さんを見張りをしてる兵士達に突き出すつもりは無い。そんな事をする意味が無いからな。

 ここはとにかく暇なんだ。

 何もやる事が無いのに、誰も話し相手にもなってくれん。

 お前は、見たところ鼠人族の子供に見えなくもないが、普通の子供ではなかろう。獣人族の王城地下の、一番警戒が厳しいところに迷い込めはしない」


 私の装備はどれも壊れてないし、正常に機能してる筈だった。なのに、リオーズは正確に私の方に視線を投げかけながら話しかけてきていた。


「どうして」

「うん?」

「どうして、私がいる場所がわかるの?」


 私は、好奇心に負けて話しかけていた。

 最悪、掴まって殺されてもリスポーンするだけだし、装備が壊されたとしても、またどこかから盗むだけだと思うと、気が楽になったから。


 それに、NPCなのか、本当の異世界の住人なのか、このリオーズで見極めがつくような気もしたから。


「ふふ、気になるだろ?気になるなら、隠れててもかまわないが、どうせなら相伴に預かれ。これでも獣人族の元王様だぞ?」

「質問に答えてくれたら、考えてあげる」

「は、ははっ!鼠人族にあるまじき剛胆さだな!ますます気に入ったぞ。その小ささに見合わぬ気の大きな奴だな。

 俺がお前に気付き、居場所が分かるのはな、単純だ。俺が歴戦の、優れた戦士でもあるからだ」

「何かのスキル?」

「いいや。単に、勘が良いだけだ。そこらの気配察知スキルや気配隠蔽スキルを凌駕するくらいにな」

「なにそれ、ずるい」

「獅子人族は、百獣の王とも呼ばれる通り、最も優れた才能を与えられている。ほとんどの者にな。俺はその中でも特に優れた者だった。

 そのお陰で王にもなれたが、今はこのざまだ。それでずるさを帳消ししているという事で、どうだ?」


 リオーズが肩越しに見せた苦笑いが憎めなくて、私は用心しながらだけど、彼がグラスとチーズを並べてくれたテーブルへと向かったのだった。


 名目としては、ここが異世界なのかどうかを見極める為だったけど、実際には、彼に興味が湧いたからだった。



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