DAY21-2 ソフィー1
竜族の大陸、ラグランデ、東岸の洞窟の一つ
いつものように、柔らかい干し草をしきつめたベッドから起き上がり、うーんと伸びをする。
動けるってすごい!
すばらしい!
わんだほー!
私は、この世界に来るまで、動けなかった。
詳しい病名は覚えてないけど、要するに全身麻痺になる病気で、瞼や目や指先といった体の一部しか動かせなくなっていた。
幼い頃はまだ動けて、文字や言葉なんかも学べておけたのは後の自分を助けてくれた。って言っても、まだ十六歳なんだけどね。
隣のベッド、というか穴蔵には、先代の巫女のモグラ人のノルドドルがすやすやと眠っていた。その向こう側には、土竜の長クアルロの茶色い体の一部が見えた。大きすぎて全体が見えないけど。
ベッドから下りて、体をほぐす柔軟体操をする。
これも、αテスターになってから出来るようになった。
より正確に言うと、αテストが始まる前の、機器やシステムの安全性や影響を判定する為の事前テスト、いわゆる治験の時にも似たような事は体験してたけど、この
洞窟の一部、海沿いの海水のプールの様になってる浅瀬にまで歩いていき、海藻のベッドにくるまって寝ているウォールァに声をかけた。
「おはよう、ウォールァ!朝だよ、朝!」
ウォールアは、人魚だ。
下半身がお魚さん。
自由に水中を泳ぐのに適してて、もしも自分のユニークスキルが無かったら、うらやましく思ってたかも知れない。
ウォールァは薄緑の瞳を開きかけて、私の姿を見つめると、
「眠い。まだ、起きない。寝かせて」
そう言ってごろんと顔を向こう側へと向けてまた寝始めようとしてしまった。
私は足が濡れるのも構わずにざぶざぶとウォーターベッド?に踏み入り、ウォールァの両手を掴んで、海藻の布団から引っ張り出した。
ウォールァはか細い声で抗議した。
「引継は、無いのと同じ。だから、起きてからしないといけない事も、無い」
「私と一緒に海を散歩して、私のレベル上げにつきあってくれるって約束したでしょう?」
「昨日も付き合った。その前の日も」
「今日も付き合ってくれるって、昨日も言った!」
私は、水辺からほぼ完全にウォールァの体を引っ張り上げた。彼女たち人魚は、陸上で歩く事はできないけれど、岸辺とかでずっと水上にいる事は出来る。
「ノルドドルにも声かけてくるね」
「うぅ、虐待、反対・・・」
私はうめくウォールァを無視して、台所へ向かった。水瓶からひしゃくで水をすくって口をゆすいだり、たらいに少し移して顔を洗ったりする何気ないルーチンを出来る事がとてもうれしい。そして、元の体だと出来ない事が、とても悲しい。
ま、それはそれとして。
ノルドドルの体をゆすって起こしてから、食料棚を漁る。三人とも、食べる物が違うのが、少し面倒だ。
モグラ人族のごちそうは地中にいる虫とかミミズとかの類らしいのだけど、そういうのはここに来てからはほぼご無沙汰らしい。時折、故郷から届けられる捧げ物の壷に入れられてくるのを、少しずつ、大切そうに食べているけど、ご相伴に預かりたいとは思わない。
冷蔵の魔法がかけられた棚、まあ私たちの世界なら、冷蔵庫と呼ばれる物とほぼ同じだ。
そこから、ノルドドルにはきのこと葉物野菜を取り出して組み合わせてサラダを作った。ウォールァには、魚醤と海藻を真水に溶かして沸かしたスープに干した小魚を一掴み入れて出来上がり。
私は、ノルドドルのサラダと、ウォールァのスープを少しずつ別の器によそい分け、薄いパンを何枚か焼いてバターを塗ったら準備完了だ。
いつも三人で囲んでいる食卓にそれぞれの料理を盛った皿を置いたら、朝食の始まりだ。
「眠い・・・」
「ちゃんと食べておかないと後でお腹減るよ?」
「そしたら、そこら辺の魚でも捕まえてその場で食べるよ・・・」
ウォールァは、閉じそうになる瞼をこすりながら、ちびちびとスープを飲んだり、小魚をぱりぱりと咀嚼していく。
「ウォールァ、生でまるごとはあまり好きじゃないって言ってたじゃない」
「それでも、毎朝早く起こされるよりは、まし、かも」
「も~」
私も、バターを塗ったパンが冷めないうちにかじりつく。他のみんなと同じ様に、口から噛んで食べられるのも、他の誰かと一緒に食事を出来るのも、とてもうれしい。
自分のサラダをしゃくしゃくと食べていたノルドドルが、不満顔そうにぶつぶつ呟いているウォールァに尋ねた。
「なにか、新しいお告げはあったかい?」
「・・・ううん」
「そうかい。なら、今日もソフィーと外で修行しておいで」
「面倒・・・」
「昨日もその前からも伝えてあるだろう。いざ異界からの侵入が始まれば、巫女であるお前さんが、真っ先に狙われると」
それが、面倒臭がりのウォールァが、私のレベル上げに付き合ってくれてるというか、付き合わされている唯一正当な理由だった。
ノルドドルは、自分のサラダを飲み終え、水筒から液体ではない何かを何口か飲むと、何度目かわからない警告をウォールァに与えた。
「あんたも女神様から教えてもらっただろうが、巫女は、異界から侵入がいつ起きるかだけじゃなく、どこに、どれだけ、どんな相手が現れるか、そんな重要な情報も受け取るんだ。敵からしたら、真っ先に潰したい存在という訳さ」
「わかってるけど、さ・・・」
「じゃ、今日もレベル上げ、がんばろうね!」
ウォールァは、しぶしぶといった
私はパンやサラダやスープの残りをかきこむと、水際へとウォールァをひきずっていった。
案の定、そこには人魚族の護衛の皆さんと、水竜の長ルアルロンドの孫の一人(一頭?)であるファーシャがすでに待っていた。ファーシャの体は大きすぎるから、海へと続く洞窟の外で待ってくれてる感じだけど。
「ウォールァ、もう少ししゃんとなさい。あなたはこの世界の命運を預かる巫女に選ばれたのです。人魚族の代表としての覚悟も足りているようには見えません」
人魚族の女王様から派遣された護衛の皆さんのウォールァへの当たりは強い。その隊長さんであるセペルドさんは特に。
彼女が苦手なウォールァは私の背後に隠れてしまったけど、私はいつも通り、彼女の代わりに応えた。
「大丈夫ですよ。ウォールァも、ちょっとずつ変わってきてます。ね?」
「・・・うん」
とても小さな声だけど、しっかりうなずいていた。
ウォールァは、彼女の寝床に置かれている人魚用の甲冑と魔法の力を強める籠手を身につけて準備を終えた。
私も洞窟の水場に下半身を浸し、さらに足のつかない深い方へと身を踊らせながら、私に与えられたユニークスキルを発動する。
それが私に与えられたユニークスキル。
私が望んだタイプの竜に、私が望むだけの間、身体を変化させられる。水中なら、水竜にだ。
身体がぐんぐんと引き延ばされ、手足の形状も変わっていく。どんどん平たく、四枚の水掻きの様になる。首もどんどん長く伸びていって、顔の形状も変わる。たぶん、幼い頃に見た恐竜図鑑の影響か、プレシオサウルスって呼ばれてる種類の形状に近くなってる。
ウォールァが私の背中に乗り、人魚族の護衛の皆さんが周囲を囲んでくれたら、水竜のファーシャさんの方へと泳いでいく。
彼女の全長は百メートルくらいあるけど、長であるルアルロンドさんはその二十倍以上ある。いざとなったらウォールァはルアルロンドさんを避難先とする事が決まってるけれど、異界からの敵の情報を、水中深くに普段いるルアルロンドさんのところから他の種族へと伝えるのは大変だから、今の様に、水と陸とが交わるところにウォールァは滞在していた。
「では、今日も行くか」
「よろしくお願いします」
水中でだけど、ちゃんと会話は出来る。
ゲームだからかなと思ったけど、水中に生きる水竜や人魚のみんなには当たり前の事らしいので、私も気にしない事にした。
「今日も、昨日までと同じでいいのか?」
「もうちょっとだけ強いので「同じで」お願いします」
ウォールァが弱気な発言をかぶせたけど、
「わかった。昨日までが鮫の群だったから、シャチの群にしてみるか」
「もしくは、それに相当するような単体の何かで」
「承知した」
ファーシャさんは、海の中ではほぼ敵のいない水竜だ。ファーシャさんが手頃な敵をこちらへ追い込んでくれたのを、私とウォールァが攻撃して倒していき、余ったのは倒さない程度に護衛の皆さんがキープしてくれる。
他のαテスターさん達に比べれば、ズルをしていると言われても仕方ないけど、言い訳をさせてもらうなら、竜族の大陸でゲームを開始して一人でしばらくさまよっている間は、レベル上げに適した敵にも出会えず、まともにコミュニケーションを取れる竜族にも出会えず、とにかく死にまくったというか、殺されまくった。
幸いというか、レベル5まではデスペナルティーも無かったので、ほぼ初期レベルのままさすらい続けて、とある海岸で出会ったのが、ウォールァだった。
人魚族の里で仕事をさぼって逃げてきているという彼女に、海の弱い魔物がいる所を教えてもらって、何度か勝ったり負けたりを繰り返しながら少しずつ強くなった。
今みたいな接待プレイというか、パワーレベリングが始まったのは、彼女の身体に巫女の御印というのが現れて隠しようがなくなって、私ともども竜族の長とそこにいる先代の巫女の元に連れて行かれてから後の、数日前にウォールァにお告げが下りてきてからだった。
それからは状況が激変した。
水竜の長からはファーシャさんが派遣されてきたし、人魚族の護衛はセペルドさん一人だったのが、大幅増員された。私のパワーレベリングに併せて、少しでもウォールァを鍛えて、何かあった時に、少しでもその生存確率を高める為に。
十五分も待たない内に、ファーシャさんは小さな鯨めいた、大きなワニの様な何かをこちらに追い込んできた。
「グォルードだ!シャチよりはずっと手強いぞ、我々も手を貸す!」
「お願いします! ほら、ウォールァ、行くよ!」
「う、うん」
超でっかいワニを鯨と合体させてみましたって感じの海の魔物かな。
セペルドさん達がグォルードという魔物に散開しながら攻撃を仕掛けて、その身体の向きを水面へと向けてくれた。
つまり、頑丈そうな背中側ではなく、比較的柔らかそうなお腹が私たちに向けてさらされていた。
「ウォールァ、いつものお願い」
「女神様、その加護を、この者にもお与え下さい」
ウォールァの祈りの言葉とともに、彼女の手から光が私の身体に伝わって、いわゆる
「ウオーター・カッター!」
左右の足
ただ、そうすると、グォルードの
「逃げるよ、ウォールァ。しっかり掴まっててね」
「うん」
グォルードが私を丸飲みできそうな大きな口を開けて迫ってきたので、私は前後の足ひれを動かしてかわし、グォルードから距離を取った。
こういう水中機動も、慣れない内はぜんぜんかわせなくて、何度も噛みつかれたりしてしまっていた。
ただまぁ、それだけの経験は私の中に積み重なってきた。
人間なら絶対無理な、前方へと泳ぎながら首を後方に向けて、グォルードの顔に向けて、口から小さな水の刃を飛ばす。サイズが小さめなだけで威力はそう変わらないので、グォルードも真正面から受け止めるのはいやがって、かわす為に速度が落ちる。
そこを人魚族の護衛の皆さんが武器や魔法で攻撃を加えて、ダメージとヘイトを稼ぐ。
距離が取れたら、私がまた強めの攻撃を入れる。ヘイトを取ってしまったらまた逃げる。
そんな連携を繰り返すこと、およそ10分で、グォルードを倒せた。
レベルは、昨日までに9に上がっていたのが、10に上がった。
――レベルが上がりました。
――新たなスキルを獲得しました。
意識内でステータス画面を呼び出して、表示してみた。
名前:ソフィー
種族:人間
レベル:10
ユニークスキル:
派生スキル:ドラゴン・ブレス
おお、なんかスゴいの来たぁぁっ!
これまでは、それぞれのタイプの下級魔法しか使えなかったんだよね。
わくわくしながら詳細を調べてみたら、こんな感じだった。
派生スキル:ドラゴン・ブレス
・それぞれの竜のタイプに応じたブレスを吐く事が出来る。(火竜なら炎、土竜なら岩、水竜なら水、風竜なら雷)
・射程や威力は、レベルに応じて変化
・一度吐くと、次に吐くまでに1分のクールタイムが必要
「ソフィー、レベル上がった?」
「わかったの?」
「身体がまた少し大きくなったから」
「本物の竜族のみんなから比べると、まだ生まれたてのひよっこだけどね」
そうなのだ。レベル1の時は変化しても、自分の身長くらい、つまり1メートルちょっとくらいしかなくて、どのタイプの竜になっても、弱々だった。
竜族の大陸にいる最弱の魔物にも、ぺちっ、と一撃でやられちゃうくらいには・・・。
それでも、レベルが上がるごとにたぶん1メートルくらいずつは大きくなって、今回のでたぶん十メートルは越えたっぽい。
背中に乗せてるウォールァのサイズは変わってないから、比較するとなんとなくわかるんだよね。
比較にならないくらい大きなファーシャさんからは、当然の様に疑われた。
「大きく、なった、のか?」
「まあ、あなたからすれば誤差でしかないでしょうけど」
「それで、どうする?もう少し強めのを引っ張ってくるか?」
「それもいいけど、さっき上がったので、ドラゴン・ブレスを覚えたんだけど、水中で、水竜のウォーター・ブレスってどんな感じで使ってるの?」
「ふむ、いまさらどんな感じと言われてもな、こう・・・・」
ファーシャさんは、その大きすぎる頭部を深海の方へ向けて、口をがぱりと開き、その口内に入った水を球の様にぐるぐると回転させて、放った。
勢いよく放たれた水球は見えなくなった辺りで弾けて、しばらくすると、さっき私達が苦労して倒したグォルードや他の魔物が何匹かまとめて浮かび上がってきた。
「ありがと。だいたいイメージがつかめたよ」
「今のはあくまでも水竜のだから、他のは他の竜達に訊くといい」
私はうなずき、口を開き、さっきファーシャさんがやってくれたのと同じ様に水球を口内で回転させてみた。
大きさはぜんぜん違うけど、水を集めて圧縮させて放つところは変わらない。こんな感じかな?、てのが出来たので、浮かび上がってきたグォルードの死体の一つに向けて放ってみた。
バレーボールくらいの水球がぎゅるるるると回転しながら、グォルードの背中に命中して、そのまま反対側へと突き抜けていった。
「ふむ、初めてにしてはなかなか上出来ではないか?」
「ありがとう。でも、連発するのは少し厳しそうね」
体感的に、たぶん十発も打ったらへたり込んで何もできなくなりそうだった。
「では、もう一休みしていいるがいい。さっきの私のブレスで、この辺りにいた手頃な標的が散っていってしまったのでな。探してくる」
そう言い残して、ファーシャさんは離れていった。
人魚の護衛の皆さんの半分くらいは、浮かんできた死体の一部を解体して、食料や素材をはぎ取り始めた。
「すごい、ね、ソフィーは」
「ううん、まだまだだよ」
「ソフィーに比べたら、私、なんて」
少ししょげてしまっているウォールァを私は励ました。
「他の誰にも背負えないお役目から逃げ出していないだけで、ウォールァはじゅうぶん、すごいよ」
じっと見つめられたので、竜の顔だけど、にこりと微笑んでおいた。ウォールァも、ぎこちなくだけど、淡く微笑んでくれたので、ちょっとでも勇気づけられたのだろう。
そうだったらいいな。
その日は、ちょっとずつ敵の数を増やしたりしながら、レベル12で打ち止めにした。ウォーター・ブレスは強いんだけど、やっぱり十発ほど打ったら動くのがやっとなくらいに疲れてしまったから。
海沿いの洞窟にまでファーシャさん達に送り届けてもらい、ノルドドルさんが用意してくれてた夕食を済ませて、地竜の長で、竜族の長でもあるクアルロさんに今日の進捗を報告したら、ベッドに倒れ込んで、そのまま寝落ちという形でログアウトした。
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