DAY21 中央島:巨人族の英傑 ニュトリフフ

 中央島、異界への門。


 門と呼ばれているものの、それは支えのない真円の鏡が宙に浮いているような外見で、その直径はおよそ百メートルほどもあった。

 厚みの無い半透明な鏡。

 ただし何も映さず、裏側に回っても変わる事は無い。

 周囲のおよそ一キロほどは創造神による結界で封じられ、さらにその外側を巨人族などが中心に築き上げた外壁が、異界への門を囲んでいた。


 何が、どれだけあふれ出ても、この壁でひとまずは受け止められるように。

 なるべく高く、なるべく厚く。

 どんな不条理な攻撃や浸透にも耐えられるように。

 世代を越えて受け継がれ補強され続けた外壁の東西南北の詰め所には、各種族から送られてきた英傑とその補佐たちが順繰りに、門の監視を勤めていた。


 巨人族の英傑、ニュトリフフは、西の詰め所に置かれた巨人用の椅子に腰掛けながら、厚みの無い門を真横からじっと眺め続けていた。

 太陽がそれなりに長い軌跡を空にたどるような間があっても、ニュトリフフは身じろぎ一つしなかった。


 だが、そんな彼の耳が、ぴくりと動いた。

 身の丈が、座っていてさえ五十メートルを越えている彼の耳に、北の空の方から羽ばたきの音が聞こえてきたのだ。


「アングロスか。奴も非番ではないだろうに」


 ニュトリフフは、自分の槍と盾が背後の壁に立てかけられているのに目を向けたが、そちらは手に取らないまま、立ち上がって、竜族の英傑を出迎えた。


「どうした?何かあったのか?」


 アングロスは、全長三百メートルにも及ぶ巨体を持つ白い竜だ。自在に風を操る。数十の翼を体のあちこちに持ち、自由に空を駆ける。

 アングロスは、ニュトリフフの体ほどもありそうな頭部をその正面に向けると告げた。


「国元から、急ぎの通達があった。

 巫女に、お告げがあったと」

「なんだとっ!?」


 巫女は、一世代に一人しか生まれない。

 どの種族に生まれつくかは誰にもわからない。

 だからこそ、族滅は禁忌とされている。


 巫女は、生まれて一定の年齢に達すると、その御印が体に浮かび上がる。

 巫女を見つけた種族は、必ず族長と中央島に届け出なければならず、見つけられた巫女は、最強とされる竜族の元で保護を受けながら、先代の巫女から引継と教育を受ける。

 

「確か、今はまだ引継中ではなかったか?」

「その引継中に、お告げがあったらしい」

「どちらに?」

「新しい方だ。それを持って、巫女は代替わりをし、竜族の長もそれを認めた」

「そうか。それで、肝心のお告げの内容は?」

「門が、開く」


 ニュトリフフは、自身の体が震えたのを感じた。

 恐怖か。それとも武者震いか。

 どちらでもあるのだろう。

 何代も何代も前からずっと警護の役回りだけが引き継がれてきていたが、いざ自分の代で本当の当番が来たのかと。


「そうか。いつかは、分かったのか?」

「近々、だそうだ」

「それは、竜族の感覚でか?それとも巨人のか?」

「早ければ十日未満。遅くとも一月ひとつき未満だそうだ」

「承知した。国元に伝えても良いのか?」

「かまわない。我はこれから他の詰め所にも伝えに行く」

「よろしく頼む」

「頼まれるまでもない。しっかりと見張りを頼むぞ」

「それこそ、頼まれるまでもない」


 アングロスは、一陣の風を巻き起こして、西の詰め所から、南の詰め所へと去っていった。


 ニュトリフフは、椅子にどっかりと座り直した。

 父や祖父、それ以外にも、自分よりも優れた巨人族の戦士は過去にいくらでもいただろうに、自分がお役目を継いだ時に何故?、という感傷に浸された。

 自分ならばという期待と、自分ではという不安が心の内でせめぎあった。

 そんな感情の揺らぎを、何度か顎髭をしごく事で落ち着かせてから、補佐役たる従者を大声で呼びつける事で断ち切り、国元への急ぎの伝令を立てるよう命じたのだった。

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