DAY20-2 クラン<夜の無い世界>リーダー、アルスの望み



 人間族で最大の権勢を誇るマルダスティア皇国。

 その皇都リディストに拠点を構えるクラン、<夜の無い世界デイライト・オンリー>のリーダー、アルスは、ユート達と接触を果たしたものの、彼に飛び去られて残されてしまったメンバー達と、クランチャットで情報を交換していた。


夜の無い世界デイライト・オンリー>クランチャット


アルス:それで、ユートさんのその後の足取りは追えたのか?

ルディア:すみません、リーダー。飛び立ってからも何度か方角を変えたようで、つかめていません。

グデン:ユートと一緒にいた狼人や巨人たちにも聞き込みしてみたんだけどな。彼らにも見当がつかんそうだ。

アルス:なら、仕方ないな。当人の希望通り、グデンとあと一人くらいはそこで待機してもらおうか。希望者が他にもいればだけど

ルディア:それなら私が!

ジュウゾー:俺はどちらでも良いが、グデンとルディアの二人だと、この森に残って戦うのは厳しいのでは?

ウルシュ:ドルイドの私は回復も、森の中なら攻撃手段にも困らないから、守護戦士のパティアと私ならなんとか?グデンかルディアはどっちでも構わないし

ルディア:シーフからアサシン暗殺者になったグイドのDPSが私より低いとは言わないけど、火と水と風の三属性の魔法を使える私の方が応用が効くし、何より、巨人の一氏族と、複数の獣人種族がまとまろうとしているところに、クランの顔役の一人、つまり私がいた方がいいわ!


 アルスは、ルディアの必死アピールが、グデンに揶揄される様を苦笑をこぼしながら眺めていたが、現地に派遣されたもう一人の報告に目を細めた。


パティア:アルス。これは知り合い伝手の情報なんだが、ユートというプレイヤーの足取りがわかったかも知れん

アルス:全く情報が無いよりは助かる。教えてくれ

パティア:知り合いの知り合いにクマーダという名前で熊人族で始めた奴がいる。

 そいつが鳥人族との係争地争いで、ロクローという別のプレイヤーとやりあってる時に横入りしてきて、クマーダ含めて熊人族を一網打尽にしたらしい

ルディア:その話の信憑性は?

パティア:身長百メートルを越す巨人だの、最後には巨大化してた投網が縮んだ時に、中で絡め取られてた熊人族達の大きさが数センチにまで縮められてたとか、そんなユニークスキルの持ち主は他にいないだろうな

アルス:確定だな。パティア、その知り合い伝手で、ユートさんの現在地は教えてもらえそうか?

パティア:まだ詳細なワールドマップが公開されてないから何とも言えないが、おおよそ、獣人達の領域の北方で、俺たちがユートと遭遇した地点からはかなり西の方になる

アルス:どれくらい離れているかはわかるか?

パティア:憶測だが、百から二百キロくらいは最低でも


 アルスは考えた。

 真ん中取って百五十キロとして、一日三十キロを移動できれば五日か。


グデン:アルス、迷ってるようなら、俺が行ってきてやるぜ?

アルス:いいのか?何日もかけて事が起きた場所にたどり着けたとしても、空振りに終わる可能性もある

グデン:そん時はそん時だよ。俺ならソロのが動きやすかったりするしな。ここにはルディアとかが残っておけば、空振りになったかどうかも教えてもらえるだろうし

アルス:わかった。苦労をかけてしまないがよろしく頼む

グデン:自分で望んで行くんだ。礼はいらんよ

ルディア:そこまでの長距離を移動する事を、あの虫は可能にした訳ね。やはり彼は我々で確保しないと

グデン:俺が空振って、ユートが先に戻ってきても、その血眼で迫るんじゃねーぞ

パティア:草。だが同感

ウルシュ:まー、私とパティアも残ってればブレーキ役にはなるでしょ

ジュウゾー:ふーむ。レベル帯的に、倒せる敵がいない訳じゃなさそうだし、俺ももう少しいてもいいか。逆に単独行だと危なそうだしな

ルディア:そんな訳で、グデン一人がユートさんを探しにいく事になりましたが、そちらは何か動きがありましたか?

アルス:あった、と言えば、あった

ルディア:どんな?!

グデン:だからお前さんはがっつき過ぎなんだよ!

ウルシュ:まーまー。それで?


 アルスは、自分の他に皇都に残り、情報収集やクエストを進めてくれているメンバーから渡されていたレポートをチャットで説明していった。


アルス:αテストも開始一ヶ月が近づいてきている。その区切りに何らかのイベントが起きる可能性が低くない。

 皇王が下知した情報によると、中央島に普段いる人間族の英傑が、ちょうどその時期に、一時的に帰ってくるらしい。

ジュウゾー:なるほど。何か起きる臭いな

ルディア:だとして、どんなイベントが?

パティア:それだけ中央島の守りが薄くなるなら、そういった系?

ウルシュ:確か、順繰りに非番の時期を回してるらしいから、最弱とされてる人間族の英傑が帰郷してても、影響は限定的だと思うけどな

アルス:そうだな。パティアのとウルシュの意見両方が当たっている可能性があるが、今回は、プレイヤーがこの世界に発生して、初めての英傑の里帰り時期でもある。

 何かは起きるだろうから、メンバーには可能な限り、英傑が帰郷する皇都へと戻るようにしてほしい

グデン:あと十日未満だと俺はきついだろうから、他の連中はよろしくな

ルディア:わ、私はどうしたら?

アルス:ユートさんが今後の動きのキーパーソンとなる可能性は低くない。こちらが一方的に接触を持ちたがっている状況だから、誰かしらはそこに詰めてもらっておいた方が良いかもね。

 自分も、一度は会っておきたいし。

ルディア:なら、それまでは私がここに残ります!

アルス:ありがとう、ルディア。

 それじゃ、他のみんなも最初の一ヶ月が経過するタイミングをどう過ごすか、今一度練り直しておこうか。



 チャット上でもミーティングは、それから三十分ほども続いた。


 アルスが肩をぐるぐると回し、こきこきと音をならさせていると、無駄に懲りすぎているシステムだなと思わないでもなかったが、くせになって何度も繰り返していると、そばに控えていたモンドゥが声をかけてきた。


「いくら鳴らしても実際の体に影響は出ないでしょうけど、向こうでも同じ事をやると体に良くないですよ」

「そうかな。そうかもね」

「それで、あの推測について触れなかったのは何故です?」


 メガネをくいっと鼻にかける仕草をして、器用にレンズを光らせるのは、もはやスキルではないのか?とアルスは疑って尋ねた事もあったが、そんなスキルは存在しなかった。

 単に、リアルで習得した手癖をゲームエンジンが再現してしまっているというだけで。


「あの件て、ユートさんが英傑に選ばれる可能性についてか?」

「そうです。まだ不確定な推測に過ぎませんが」

「複数種族からの推薦だったか。人間族の場合は、複数の国や有力貴族や勢力からの推薦が必要だと推測されているものの、レベル的にも、まだ及んでいないだろう」

「まあ、開始一ヶ月なんて、いわゆるラノベとかでも新米冒険者ですからね」

「中央島の封印門から、いずれ何らかの災厄が漏れ出てくるのは確実だ。それまでに予断で不要な悪影響を与えてしまう方が怖かった。そんな理由でいいかな?」

「結構です。リーダー」


 クランのNo.3とも言えるモンドゥが、リーダー用の執務室から退出すると、アルスは彼にも言わなかったもう一つの懸念について考えた。


 このαテストがいつまで続くのか、開発元ははっきりとした期限を設けていなかった。

 一日4時間までの制限がかけられたライトコースと、8時間までのミディアム、12時間までのヘヴィー、それぞれおよそ一ヶ月を基本契約期間とされ、期限が近づけば延長するかどうか、応相談という契約内容になっていた。


 来るべきイベントが、きっかり一ヶ月で来るのかどうか、αテスター間でも意見は定まっていないが、何かしらの強制イベントが訪れて、それで第一期αテストが完了とされるか、αテストからβテストへ移行となるのかも、開発元はまだ明らかにしていなかった。


 アルスは、まだこの世界に触れていたかった。

 これまでのヘッドマウントディスプレイをかけたVRゲームと比べるのもおこがましい、まさしく異世界に迷い込んだかのような現実味のある世界。

 まだまだ味わいたりない。

 味わい尽くしてみたい。

 誰よりも早く。誰よりも深く。

 両親に反対されて、記憶にまで干渉するような完全没入フル・ダイブ契約はおろか、ヘヴィーコースすら選ばせてもらえなかった。

 それでも、大半のプレイヤーよりは優位を保ったまま、本サービス開始までこのゲームに関わり続けたかった。


 だからこそ、おそらくは完全没入フル・ダイブ契約者であるユートが獣人領域の方へと足をのばしてくれて、内心助かっていた。

 これまでの流れ的に、現地に誰か困っている人がいれば、彼は助けの手を差しのばしてきた。

 であれば、人間族の領域は、自分がやる。

 そして、来るべきイベントで実績を残し、後々への足がかりを得る。


 その為に必要とされるだろういくつかの方策を考えては打ち捨て、やがてそれらは一通の手紙として書き上げられ、アルスはそれを誰かに渡す為にクランハウスを後にした。



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