DAY20 熊人族プレイヤーとの戦い
俺の名前は、
20歳。元アメフトの選手で、有力な大学でレギュラーだったけれど、膝の故障で引退を余儀なくされた。
日常生活に支障は無いものの、激しい運動は無理と言われた。
はいそうですかと、あきらめるしか無かった。
日本人から本場アメリカに留学してメジャー入りなんて、元から狭き門過ぎたし、自分にはもう遅かったし、先端医療なんて高額過ぎて、自分と両親には無理だったしで。
そんな自分が目にしたのが、世界初のフルダイブ型VRゲームのαテスターの被験者募集の広告だった。見つけたのも、応募して当選したのも、偶然と気まぐれの合算物だった。
一番リスクの高いコースは報酬額こそ頭抜けて高かったけれど、記憶にまで関与して、治験でどのような影響が出るか読み切れない部分があると警告されれば、申し入れられなかった。
まだ、普通の人生を送れる余地は残ってたしな。
充分に安全と言われる
一日最大8時間までのダイブ。健康や心理状態に異常が見られれば、その時点でリタイア。経過観察と必要な医療に関しては会社側が費用負担と、一時間当たり五千円の給与は十分おいしかったので、これに決めた。
一日四万円のバイトなんて、特殊技能持ちでないと無理だし。約一ヶ月限定の短期バイトでも、百万越えなら、ちょっとした貯蓄になるし。
種族選択で、自分は会社側からの助言に従って、獣人族の中でも、肉体派寄りの、熊人族というのを選んだ。
ユニークスキルという特別なものはもらえなかったけど、突進と狂乱という二つの種族スキルを持ってて、特に突進の方に自分は惹かれたので、熊人族に決めた。
会社側にも、自分の身の上とか、なぜ応募したのかとかは説明して、膝の故障のことも伝えてあった。そして彼らは、医療行為としてのフルダイブ技術の応用というのも当然視野に入れていたので、その一サンプルとして、提案してきてくれた。
拒絶反応やイレギュラーな事態が起きないかの短時間ダイブのお試し期間を経て、ダイブ中とそうでない時の感覚を混同しないよう繰り返し注意された。
なんなら、毎回のダイブ・インとダイブ・アウト時のメディカル・チェックの後に警告メッセージまで入れてくれてたし。
ま、何はともあれ、ダイブ中に、思い切り膝に負荷をかけても、不安無く動けるってのは、想像してたよりずっと爽快な体験だった。
半身麻痺や全身麻痺の患者さんとかにもこういった治験効果はフィードバックされていくと会社側の説明にもあったし、そんな善行に関われるのは、ちょっと気分も良かった。
さて。熊人族についてだけど、パワーとスピードとタフネスをバランス良く備えてた。見た目は、二足歩行の熊って感じだ。
四つ足でも移動できて、こちらのが移動速度は上がるし、ぶちかます時に体重も乗せやすくなる。長距離移動も四つ足のが楽だけど、あまり四つ足のままでいると、二足歩行が逆に億劫になったりするので要注意だった。
ゲーム世界の歴史とか、取説的なものは聞き流したけど、ある意味落ち目な種族というのは覚えておいた。
自分は、プレイヤーとして、種族長に気に入られるよう、頼まれたことを積極的にこなしていった。それが、他の獣人族に対して乱暴なふるまいをすることが含まれていても、たかがゲームの中の、実際の人間が動かしていないNPC相手なら、特に何も感じなかった。その表情や言動は、とても作り物には見えないくらい、リアルだったけれども。
なるべく殺すな。
痛めつけるくらいに留めて、致命傷になるような攻撃は控えろ、という指示も気休めにはなってた。
ここら辺は、熊人族がなぜ落ち目になったか、以前獅子人族と組んでた頃にイキガり過ぎて、威張ってた獅子人族が他の獣人族から総スカンを食らって権威の座から蹴り落とされて、熊人族も落ち目になった、って背景もあっての指示だったけど。
で、最近受けた指示は、獣人の間の派閥争いの一環で、鳥人族の領域に食い込むというものだった。鮭みたいな魚が遡上してくる川を、熊人族の領域として手に入れろ、みたいなものだった。
荒事なら任せておけ!、と族長の息子のイグオスにも請け負ってやった。こいつもNPCなりに強いし、父親の方はもっとずっと強い。俺が全力でぶつかっても、子どものように放り投げられてしまうくらいには。
鳥人族はだいたい空を飛べるので、手の届かない上空から物を落とされるだけでも厄介だったけど、わかっていれば対策も取れるし、地上で対峙すれば敵にはならず、じわじわと川沿いの土地を熊人族の領域にしていった。
係争地の1/3ほどを獲得するのに三日ほどしかかからなかった。このままなら一週間もあれば終わるかと自分を含めた熊人族は楽観視してたけど、その快進撃に待ったをかけた奴が現れた。
そう、俺と同じプレイヤーで、鳥人族側で開始したらしい、ロクローが、今日も俺達の前に現れた。
「クマーダ!今日こそお前達を倒して、奪われた領域も取り返してやる!」
「ロクロー!今日こそお前の心をへし折って、あきらめさせてやる!」
まあ、中学生並みというか、小学生が見るヒーロー戦隊物みたいなノリだけど、こいつとはそんな感じで馴染んでしまった。
だいたい、ハシピフクロウの頭部と人間の胴体なんていうふざけた外観で、そんなマンガかアニメの主人公のコスプレ?っぽいのだけど、ロクローは弱くなかった。
「いくぞ!、へ・ん・し・ん~!」
回転するベルトを巻いてる訳でも無いのだけど、かけ声と変なポーズを決めたロクローの姿が、俺とそっくりになった。
「いいかげん、お前のそれも見飽きたんだよ!ケリをつけてやる!」
俺は種族スキルの突進をかけた。レベルx1メートルの距離を一瞬で移動し、相手に体当たりをぶちかます。今だとレベル10だから、10メートルの距離を一瞬で埋められる。およそ一分に一回使えるので、使い勝手も悪くないし、退避にも使えたりする。
まあ、大半はぶちかましに使うけど、俺の突進に合わせて、ロクローも同じスキルを使って正面から衝突した。
お互い何度も衝突し合ってるから、今はだいたいアメフトのフロントラインみたく、両手を前にかざした状態でがっちり組み合う感じになる。
ずがんっ!、という衝撃があって、上体がのけぞりそうになるのをこらえた。
自分と対等な体格の相手とぶつかりあう衝撃に痺れた。この衝撃を再び味わえただけでも、このバイトを受けて良かったと、最初の頃は涙ぐんでいたし、この相手とここで出会えた幸運に感謝さえしていた。
「クマーダ、そいつはまかせたぞ!」
「おう、他の連中は頼んだぞ、イグオス!
さあ、今日はどうするんだ、ロクロー?
お前となら、殺し合いだっていいんだぜ?」
「ふふふ」
「何がおかしい?」
「今日の俺は、というか、俺たちは、ひと味違うんだぜ?」
「たち・・・?」
まさか、他のプレイヤーが相手方についたのか、と俺は周囲を見回した。その隙を突かれて足を払われ、転ばされた。
ダメージは特に無かったけど、ロクローは変身を解いて、下級魔法のファイアーボールを周囲の熊人族達に打ち始めた。
「な、クソ!」
「あちちち、川に飛び込め!」
「なにやってんだクマーダ!?ちゃんとそいつを抑えておけよ!」
熊人族達の毛皮と皮下脂肪は、剣の斬撃を受け流したり、メイスの打撃の衝撃なんかもかなり緩和してくれる天然優れもの防具なんだけど、火には当然ながら弱い。
ただ、唱えてる間に攻撃を受けるとキャンセルされるし、だから一度懐に飛び込んでしまえば、一方的にぼこれる。
「変身、解いて良かったのかよ?しばらくは変身できなくなるだろ?」
「今日は、俺だけじゃないからな。お前さん達を引きつけておければ、後は彼がたぶん何とかしてくれるから」
ハシピフクロウの頭巾?だけ被ったようなロクローは、変身を解いてもすばやく動いて、俺の攻撃を避けながら魔法の攻撃を振りまいていた。
あの状態だと、一撃でも攻撃が当たればすぐに死ぬ、いわゆる
「くそ、ちょこまかかわしやがって」
「へへ、至近距離で、間に他の連中がいた方が逆に突進されにくいって学習したしね!ファイヤーボール!」
「ぐあああっ」
こいつの魔法攻撃力は高くは無いので、川に飛び込めばほとんど無傷に戻るとはいえ、頭上からそれなりの大きさの石とかを投げ下ろしてくる他の鳥人達の攻撃を受けると、それなりにうざったい。
「というか、今日は、他の鳥人族達がいない・・・?」
ロクローと出会った時には確かに上空にいた筈の連中が、いつの間にかいなくなっていた。
ロクローに毛皮に火を付けられて川に飛び込んだ熊人が十人を越えた辺りで障害物も減ってきて、ついにロクローにタックルできた。
「ロクロー、これで
「うん。熊人族の方が、ね」
「なんだと?」
「ユートさん、やっちゃって下さい!」
「ユート?誰だそれは?他のプレイヤーか?」
とか言ってたら、辺りが影に覆われて、ぎょっとして見上げたら、空一面に投網が広がっていた。
その投網は、俺とロクローを中心とした半径百メートルくらいの範囲を覆い尽くして、川の中にいた熊人達をもまとめて捕らえた。
「なんじゃこりゃああ?」
「くそ、クマーダ、なんとかしろぉっ!」
「なんとかしろって、おいおいいおおいいいいっ、なんだあの巨人はぁぁぁっっ!?」
投網の両端が引っ張られて、ロクローごと熊人族の大きな団子が網の中で出来上がり、その網を持ち上げているのが、冗談にしては大きすぎる巨人だった。冗談ではなく、高層マンションくらいには大きく見えた。
「化け物・・・?」
「えーと、とりあえず、皆さんを殺したくは無いので、降参して、この川も諦めてもらえませんか?それなりの対価をもらえれば、魚は分けてもらえるそうなので」
巨人に穏やかな声で話しかけられて、虚を突かれた感じになったけど、族長の息子でもあるイグオスが真っ先に反発した。
「ふざけるな!いきなりしゃしゃり出てきて好き勝手言ってるんじゃねぇ!俺達を敵に回したらどうなるか、わかってるんだろうなぁ?」
熊人族に付き従う他種族は数少ないながらまだいる。獅子人族との同盟関係は、表立っては維持されてないけど、公然の秘密として維持されていた。
「そう。じゃあ、ちょっと怖い目を見てから、考えが変わらないか教えて下さいね」
巨人がそう言うと、世界が周り始めた。というか、買い物袋を振り回す感じで、投網とその中身をぶん回してるだけなんだけど、地上五十メートルくらいを基点に、地面すれすれと地上百メートルくらいの高さを振り回され続けたら、普通に目を回すし、恐怖から気を失う連中が続出した。
俺自身、目を回しそうにはなったし。
「ちょ、おま、なにし、やめ、やめて、やめて~っ!」
イグオスの泣き声が聞こえてきたのも仕方ない。俺達プレイヤーと違って、このままこの巨人の手が滑ったとかで地面に叩きつけられれば、熊人族の若くてイキが良い連中がまとめて殺されて甦れないないのだから。
十何回か振り回されてから、巨人は投網に絡まった熊人族達を顔の前に掲げて、再び尋ねてきた。
「で、答えは変わったかな?」
イグオスはどうやら気絶しているのか、応えは無かった。他の連中も似たり寄ったりな状態だったので、俺は挑戦してみることにした。
ちょうど都合良く、自分の目の前に、巨人の目があった。相手が大きすぎて距離感がつかみにくいが、たぶん、十から二十メートルくらいか?
なら、ギリ、いけるか!?
熊人族のもう一つの種族スキル、
邪魔な網紐を食い破り、引き千切って、目玉の片方へと突進をかけた。
いけるっ!
中空を一瞬で移動し、届いた目ん玉を食い破ろうとした時、その目前で見えない壁にぶち当たって阻まれた。
「へぶしっ!?」
俺の体は、見えない壁に沿ってずるりと滑っていき、そのまま地面へと落下していって、体力全損で死亡した。
死亡すると、リスポーン待ち状態となって、最後にセーブした地点でリスポーンするか、それともこの場に留まって蘇生を待つかになるんだけど、まだαテスト開始されて日がそう経ってないこともあり、蘇生手段はまだプレイヤー間で見つかっていなかった。
なので、俺は幽霊みたいな状態でその場にしばし佇み、巨人が何かを投網の中に語りかけてから、その体を縮めたのを見た。
百メートルくらいあった背の高さがどんどんと縮み、手にしていた投網はその中身ごと地表に降ろされたのだけど、何故か、投網とその中身と、巨人の体とのサイズ比は変わってなかった。
だいたい二メートルはある熊人族の体が、数センチくらいの大きさにまで小さくなっていた。
いったい、何がどうなってるんだ?
これも、あのユートってプレイヤーの、ユニークスキルなのか?
答えはわからなかったけれど、ユートの背中には狐人族らしき女性がいて、小さくなった熊人族達をまとめて囲って何かに閉じこめていたし、ユートとやらは小さくなっていたロクローだけを選んで元の大きさに戻したりもしていた。
何から何まで驚きの連続だったけれど、
――リスポーン選択の猶予時間が尽きましたので、リスポーン処理を開始します。なお、セーブされていた直近のリスポーンポイントが破壊された為、その一つ前のリスポーンポイントで再生されます。
というシステムメッセージにも驚かされた。
再生されたのは、前進を続けていたキャンプのどこかではなく、熊人族の里という、いわば振り出しに戻された感じになって、俺は雄叫びを上げたのだった。
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