DAY? ハンナ1

 私は、この日の日課ノルマであるダイブを終えて、意識を元の世界に引き戻された。


 視界がログアウトさせられる前の宿屋の天井から、ログインする前の、全身没入型のダイブ・ポッドのガラス天井に切り替わった。


<診断プログラムを実行します。終了するまで、そのまま動かないで下さい>


 自動音声が流れて、返す必要もない返事を、Jaヤーと返していた。

 構造的には幾昔か前のカプセルホテルに使われていたカプセルに、診断用のセンサーやらケーブルやらカメラの類がたくさんついてるのが違いだろうか。


 毎回ログアウトする度に10分以上かかるのはイラつかされもするけど、ファターお父さんとの交換条件だからね。仕方ないか。


 今日一日のゲーム内容を振り返り、明日一日でどのタスクから着手して進めるべきか考えながら、診断が終わるのを待った。


 私は、他のテスターとは扱いも目的も違う。

 表向きは、GMの様なお仕事。マップの欠落やバグでスタックしたり、その他AIでも検出できないような想定外の事態に陥って自力では抜け出せなくなったり、逆にゲームからログアウトしたくないとゴネるテスターとかがいたら、それぞれの事態に応じた措置を取る。


 まぁ、この世界・・においてポリゴン欠けでスタックするような事も、他のゲームの様なバグは起きないって、ファターと私は知ってるんだけどね。裏向きの、本当の目的を知ってるのも、私とファターだけ。


<異常は見つかりませんでした。ポッドの蓋を開けますので、ゆっくりと体を起こして下さい>


 終了の自動音声が流れて蓋が完全に開ききるまでの間に、体につけられていた脈拍計や心拍計などをはがしてから上体を起こした。ポッドの両縁に手をかけて外に出て、軽く屈伸をしたり、上体を前後に倒したり左右に回転させ、体の凝りをほぐした。

 

 十二時間も普通には寝てられないし、寝てたら腰が痛くて目が醒めてしまうっていうものね。


 無制限ダイブ試験の被験者達は、体を液体の中で浮かすタイプのポッドを利用しているって聞くけど、そっちはファターから許可出なかったしなぁ。


 体をほぐし終わった頃には、許可された相手しか入ってこれないフルダイブ個室に、その許可を与えた唯一の相手、父親であり、このゲームとフルダイブ技術を開発した技術者でもあるマークが入ってきた。


「だいじょうぶか、ハンナ?」

「診断プログラムでも異常無し。体調とかも問題無いよ。だから、潜る時間、増やさせてよ」

「だめだ。8時間から12時間に増やしたことでも、どんな影響が出てるか、これから出てくるのか、安全だと言い切れる治験結果が出ていない」


 ファターの眉間には深い皺が寄っていたし、その眼差しは私を心配してるものだと痛いほど伝わってきてた。

 でも。それでも、だ。


「24時間フルダイブし続けてる人達の間でも、問題は出てないんでしょ?」

「ほぼ、だ。自動診断プログラムのチェックではじかれたのが一名。ギブアップで二名。全体で百名のうち三名。3%とするなら、無視できる割合でもないし、プレイ継続時間と比例しているという意見が医療チームの間でも支持されている」

「でもさ。グレタは」

「グレタの事情は特殊だ。お前とは違う。通常の健常者として扱うことは出来ない」


 私は個室に据え付けられた小型冷蔵庫から水のペットボトルを出して飲み下した。継続ダイブ仕様のと違って、給水や食事は、自動では行われない。だからこそ、一般プレイヤーの一日のプレイ時間上限が8時間までに制限されていたりする。ファターと粘り強く交渉して12時間までに増やしたとしても、それは6時間の二部制で、途中で食事休憩を挟んでいる。


父親ファターとして、グレタの為に頑張ってくれてるお前を応援したい気持ちはある。だが、今は健康に過ごせているお前の健康や人生を損ないたくはないのだ」

「わかってるよ。ファター。心配してくれてありがと」

「なら」

「でも、ファターが私を心配してくれてるのと同じくらい、私もグレタを心配してるってだけ。私に出来る限りのことをするのが、私の、姉としての役割だし、グレタを守れなかった私の責任でもあるから」

「お前のせいではないとあれほど言っても、聞き入れてはくれないのだな」

「そりゃ、直接は私のせいじゃないってのは、私だってわかってるよ。でも完全に無関係と言い切れるかっていうと、それは無理じゃない?」

「ハンナ・・・。だとしても、これ以上自分を追い込まないでおくれ。ハンナ自身の為だけでなく、私の為にも」


 ファターの懇願するような眼差しから、私は目をそらした。ついでに、話題もそらすことにした。


「治験結果が揃ってきたら、また延長してもらうってことでとりあえずは引き下がっておくけどさ」

「けど、なんだ?」

「グレタとは、会えるんだよね?」

「ああ、そう聞いている」

「信じて、いいんだよね?」

「少なくとも私はそう信じて、ここまでたどり着いた。グレタも、あの世界のどこかにいる筈だ」

「GMとか開発者権限で、直接会いに行ったり、話したり出来ないの?」

「もう何度も話している通りだ。それは許されていない」


 私は、これ見よがしに、わざと大きめなため息をついた。ファターがぎゅっと拳を握りしめてうつむいたのも横目に見えた。


「ご飯、食べてくるね。どの道、明日の朝にならないとまた入れないし」

「今夜は一緒に食べよう」

「ま、いいけど」


 開発社屋に医療設備も増設したテスト・センターの、ファターとその関係者のみが使える食堂に向かいながら、私は考えた。


 フルダイブ技術という、世界中の技術者が開発しようとして出来なかった跳躍を、なぜファターは可能に出来たのか?グレタを襲った不幸から、ファターが誰に救いを求め、誰が応えたのか。


 まるっきり、ファンタジーなのよね。


 私やグレタや、他のαテスター達がダイブしている世界を構築したのが誰で、この世界とつなげる為の技術を誰が提供したのか。

 ファターからようやく聞き出せた代わりに、私がこの話をファター以外にすることは出来なくなった。それが約束で、破ろうとすれば、私は二度とあの世界に潜ることが出来なくなるし、グレタとの再会も不可能になる。


 そう。あの女神様との契約によって。


 父を除く開発陣や他のテスタープレイヤーからすれば、あれ・・は単なるプログラムが表示しているデータ出力結果であり、ゲーム中枢を司るAIが操作しているNPCの一種としてしか捉えられていない。


 今はそれでいいか。

 まだまだ先は長いし、焦る必要は無いって言われてるし、信じるしかないし。


 私は食堂の方から流れてきたベークド・ポテトと何種類ものソーセージのにおいにつられて、歩く速度を少しだけ早めた。

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