DAY19-3 ミジャの祖母との出会い

 へらくれすは、たぶん車と同じくらいの早さで飛んでいたと思う。時速なら五十キロくらい?車が何かとか、時速とかは、今更なあれね。


 で、二、三時間くらい飛んだ後に、森の中に切れ目というか、長く入り組んだ谷が刻まれてるのが見えてきた。


「あそこに降りていって下さい」

「分かった」


 ミジャが指さす方へと手綱を操り、へらくれすは素直に従ってくれて、地表が段々と近づいてきた。谷の深さは、五十メートルから百メートルくらいかな?霧に包まれてて全容ははっきり見えないけど、崖の中腹のあちこちに、家が設えられてて、それぞれの間が階段や橋でつながれているように見えた。


「あれが、狐人の里?」

「そうですね。獣人族全体の勢力争いに巻き込まれてだいぶ数を減らし、ここに落ち延びてきたと聞いています」

「ミジャのお母さんが群から離れてたのも?」

「当たらずも遠からずといったところでしょうか。里の外れに降ろして、へらくれすは元の大きさに戻して下さい」


 里の入り口らしきところに柵と門が見えたので、その外側に着地。へらくれすのサイズ変更と固定を解除して、籠の中にお戻り頂いた。この辺には、樹液吸えそうな木は生えてなさそうに見えたし。


 谷底の幅は、広くて二、三百メートルくらいで、奥に行くほど狭くなってて、大半が畑で覆われているように見えた。違う種類の葉っぱが畑ごとに繁っていたから、きっと作物ごとに畑を分けているのだろう。


 門は開いてて、数人の狐人族の男女が警戒しながらこちらに近づいてきた。狼人族とは毛並みや色とかではっきり見分けがついた。あちらのが体格はしっかりして大きめだった。


 十メートルほど手前で停止した彼らが呼びかけてきて、ミジャが応答した。


「この隠れ里をどうやって見つけた?ここに何用か?」

「私はムジャの娘、ミジャです。祖母であるマジャに会いに来ました」

「ムジャ、だと?」

「人間と駆け落ちした者ではなかったか」

「長に何用か?」


 集団の奥の方にいた中年女性ぽい狐人が進み出てきて言うと、他の狐人達は押し黙った。白い毛並みで、ふさふさした尾が三本も生えている事から、他のとは格が違う存在らしい。


「このユートに、狐人族としての推薦を頂きに参りました」

「ふむ・・・。只人ではないように見えるが」

「異界より死なぬ者達が訪れ始めております。ユートはそのぷれいやあと呼ばれる者達の内の一人ですが、狼人族、猿人族、そして巨人の一氏族より、すでに支持を得ております」

「なるほど、あと一氏族という訳か。確かにムジャの面影が見える。ついて参れ」


 踵を返した狐人族のおばさんに、ミジャとついていった。門を過ぎ、畑の中央をうねうねと走る道を辿って奥へと進んでいくと、最奥部に洞窟らしき入り口が見えた。植物を編み合わせたような何かで覆われていた。


 見張りが立っていたのだけど、おばさんが小声で何かを囁くだけで、特にこちらに問いかけてくる事なく通してくれた。


 中は細い洞窟の通路が続いていて、中には木枠に薄い紙が貼られた、灯籠?っていうんだっけ?、灯りが一定間隔で壁の窪みにかけらていた。

 途中にわき道とか、入り口にあったのと同じ覆いがかけられてたりしたのは個室とかなのかも。

 案内役のおばさんが何度か通路を曲がり、順路を覚えきれなくなる頃に、ひときわ明るい部屋にたどり着いて、おばさんがひざまずいて、中に声をかけた。


「マジャ様、ルーシル、戻りましてございます。ムジャの娘と名乗るミジャと、その連れである異界人ユートなる者を、お通ししてもよろしいでしょうか?」

「かまわぬ、通せ」


 聞こえてきた声は、しわがれていた。


 失礼します、と声をかけながら覆い、御簾とかいうんだっけかなと思い出したりしながら、ルーシルさんとミジャの後に続いて進むと、中には寝台に横になっている狐人の老女、かな?が、こほこほとせき込みながら、ミジャと、そして俺も見つめていた。


 ここは下手すると頭を打ちそうなので、中腰で進み、老女の傍らに腰を下ろしたミジャの斜め後ろで自分もあぐらをかいた。いや、話長引いたりしたら、正座とか続けられそうになかったし。


 老女、ミジャのお祖母さんのマジャさんは銀色の毛並に覆われていた。尻尾が何本あるかは、布団に覆われてて見えなかったけれど。

 マジャさんは震える指先をミジャの頬の方に伸ばしてきたので、ミジャはその手を取って、自分の頬に当てた。

 マジャさんは、何度かミジャの頬を撫でてから言った。

「ムジャはどうした?死んだのかい?」

「はい。もう何年も前に、病で」

「そうかい・・・、つらかったろうに。父親はどうした?」

「そのさらに何年も前に、親族となった者達から離縁を迫られて、父は母と別れたので、その後の事は知りません」

「薄情な事だ。いや、お前やムジャではなく、その男がだよ」

「父は母や私とともに出奔しようとしたようですが、立場がある身と、母が思い留まらせたと聞いています」

「それで妻を死なせてりゃ世話ないよ。まあ、あの子の好きにすればいいと言った身だ。成人もしてたし、覚悟の上で一緒になったんだ。本望だったろうよ」


 ミジャは、表情を強ばらせたままだった。とても、祖母に久しぶりに会いにきて、喜んでいるような感情は欠片も見受けられなかった。


「それで、この男は、余所よそから来た者だね?」

「そうです。ユートは、こちらに来てまだ一月とは経たぬ内に、メトセアの森の主の一角、超巨大百足ギガント・センチピードも単独で倒し、既に、狼人族、猿人族、巨人の一氏族からも支持を受けております」

「なるほど、それで狐人族の長の私に会いに来たと」

「はい」

「そうさねぇ・・・。ユートとやら、もちっと近くへ寄ってくれるかい?」


 ミジャが座っていた場所を譲るように退いたので、その場に正座した。


「大きいねぇ。手が届かないから、少しばかり屈んでもらえるかい?」


 言われるまま、マジャさんの手の辺りに額が触れるくらいに屈んだ。長時間維持するのは無理そうな姿勢だけど、


「なに、長くはかからないよ。少しばかりそのままでいとくれ」


 マジャさんの指先が額の中央に触れると、そこから光と波紋が伝わってきた。エコー診断?て何それとかはいつもの事だけど、悪意は無さそうだし、痛くも無かったので、そのままでいた。

 ただ、二分、三分が過ぎてくると、さすがにつらくなってきて、大きさを半分にすれば体を起こせるかな?とか思い始めた頃に指が離れてくれたので、上体を起こした。


「勝手ながら、少し記憶を辿らせてもらったよ」

「えっ、そんな事出来るんですか?!」

「とはいえ、辿れたのは、この世界に来てから後だけだが、面白い力を授かったようじゃないか」

「授かった・・・。そうですね、いつの間にか、たぶん、こちらに来てから使えるようになってたと思いますが」

「そうかい。ミジャ」

「はい、なんでしょう、御婆様」

「狐人族の支持は、すなわちこの・・我がユートを支持する事を意味する。と同時に、狐人族がユートを支持した事だけを意味しないのは、分かっているのかい?」

「全てとは言いませんが、ある程度は」

「どういう事?」


 ミジャに尋ねたのだけど、お祖母さんの方が答えてくれた。


「この婆はね、ちいとばかし、獣人族全体に名が通っていてね。こんな老いぼれではあるし、狐人族の数は減る一方だけど、私が異界人であるお前さんを支持するって言えば、いろんな波紋が起きるだろうねぇ」


 思わせぶりな目で、そのでかい頭で考えてみな、と促してきてる気がした。


 波紋?

 獣人族全体での有名人、って事は、何か特別な力を持ってるとか?でも、こんな秘境っぽいところに隠れ住んでるのは何故?そこにばかでかくなれる俺みたいのが現れたら何が起きる・・・?


 考えを煮詰めるには材料が足り無そうなので、ミジャ達に訊いてみた。


「獣人族って、一枚岩じゃない?」

「そうですね。穏やかな種族も多いですが、血気の盛んな種族も多いので、獣人族全体の王や、英傑を選出する時にもめる事も珍しくないそうです」

「ふーん。ちなみに、今の王様と英傑ってどの種族出身なの?あと勢力図みたいな力関係もざっと教えてもらえると、助かるかな」

「今の王は、象人族のエルバト。英傑は虎人族のファイレン。その二人に先代や先々代から落ち着くまでに、獣人族はかなり、荒れたそうです・・・」


 ミジャが、この場にいる残り二人をじっと見つめると、マジャさんが目を閉じて枕に頭を沈めたので、ルーシルさんが語ってくれた。


 獣人族全体でおよそ数十の種族がいて、それぞれの種族の下にまたいくつかの氏族がいるのが普通らしい。狐人族とかは減り過ぎてて今はこの谷にいるのでほぼ全員らしいけど。

 で、好戦的な種族が、獅子人族、虎人族、狼人族の下に派閥を作り、平和的な種族が象人族の下に集まる事が多かったそうな。狐人族は特別な扱いで、特定の派閥には入らず、派閥を自ら作る事もせず、中立的な立場から、抗争の裁定や話し合いの仲介などをしていたそうな。


「ん? なんで中立的な立場だった狐人族が狙われて数減らされてたりしたんだ?狼人族も他種族を従えてるような様子は無かったし」

「王位を巡る争いが度を越す事が続いてな。我の仲裁を快く思わない者達もいた。三代前の王が倒れてからが最も酷くなって、我は例外的に口を出してしもうたのだ。狼人族と象人族が中心になって、争いを収めようとした」


 マジャさんが薄目を開けて、ため息混じりに教えてくれたけど、良かれと思った行為が裏目に出たらしい。ルーシルさんがマジャさんの後を引き継いで語ってくれた。

 狐人族の仲介に反発した好戦的種族とその配下達によって、狐人族と、マジャさん達を庇おうとした狼人族は決定的な打撃を受けて数を大きく減らし、獣人族領域の中心部から辺境へと落ち延びざるを得なくなったそうだ。

 その動きを主導した獅子人族は最も強力な種族の一つで、先代の王にも就いたが、狼人族と狐人族への手酷い仕打ちは悪評を買っていたらしく、横暴な政治を続ける内に、象人族と虎人族が反抗勢力をまとめてさらに王位を奪取して、獅子人族を中央から追放。その後は、長く続いた争乱の傷を癒すのに掛かり切りになってるそうだ。


「ん?でもそしたら、狼人族はなんで辺境に居たままで、狐人族は隠れ続けてるんだ?」


 はぁ、とマジャさんがため息をついてから教えてくれた。


「逆恨みじゃよ。我が入れ知恵して彼らを権力の座から追放したに違いないと、獅子人族やその傘下の種族がまだ我らの居所を探し続けておる。だからこそ、狼人族とは離れて隠れながら暮らしておる」

「万が一の時の為に娘のムジャを預け、そのムジャは人間族の者と情を通じたが、居場所を確保し続ける事は叶わなかった。だが、さらにその娘のミジャが戻ってきた。特別な者を連れて。

 ミジャ。そこのユートに我の支持を与えてやっても良い。陰ながら我らを支えて続けてくれた他の種族に口を利いてやってもよい。だが、その為の条件が、一つ、いや二つある」

「ユートの側を離れないでも済むものなのであれば、受け入れましょう」

「くくっ、母に似たのかのう?」

「知りません」


 マジャさんとルーシルさんが微笑ましい何かを見る目でミジャを見つめたけど、見つめられた方は顔を背けてしまった。なんだか耳の先がうっすらと赤くなってるようにも見えたけど、何となく知ってる。こういう時に口を挟まない方がいいって。どうしてだかは知らないけれど。


 少し間を置いて、気を取り直したらしいミジャは咳払いをしてから尋ねた。


「それで、具体的に何をすれば良いのですか?」

「一つは、我に持ち込まれた相談を解決してほしい。ここを何くれとなく助けてくれた鳥人族の領域に、熊人族が入り込んできてね。鳥人族も戦えない訳じゃないが、熊人族が相手だとどうしても強く出れない」

「追い払うくらいなら、たぶん出来ますけど、それで根本的な解決になるんですか?」

「熊人族は、獅子人族と同盟関係にある連中さ。気のいい奴もいない訳じゃないが、ここ何代かはいいように使われちまってる感じだね」

「つまり、ここを助けてるから鳥人族は嫌がらせを受けている?」

「そうかもねぇ。鳥人族は義理堅いから認めようとはしないだろうけどね。ただ、嫌がらせの度合いが増していけば、その義理堅さも変節してしまうかも知れないしね。一族全体でなくても、数人の心が折れるだけで、ここの所在もばれてしまうだろう。そうすりゃ、本命が乗り込んできて、ここも我もお終いだろうね」


 んー、つまり、熊人族を追い払いながら、連中を動かしてるかも知れない獅子人族をしばき倒して、ここに手出ししないように約束させればいいって事かな?


「だいたいわかりました。とりあえず鳥人族の里に行ってみます」

「ありがとうよ。この谷から西に、お前さん達が乗ってきたあれで飛んでいけば、一、二時間もかからずに着くだろうさ」

「なら、暗くなる前に着けるかな」

「ゆっくりさせてやれずにすまないね。それからミジャ」

「なんでしょう?」

「あんたは、姿を隠すんじゃないよ?」

「それは・・・」

「自衛の為に仕方無かったんだろうさ。ただ、今後もユートと共にあろうとするなら、いずれ明かさなくてはいけないことさ。違うかい?」

「・・・・・」


 どゆ事?と自分にはわからなかったので、素直に訊いてみる事にした。


「ミジャが姿を隠してる、て事ですか?今も」

「それは当人が話すか話さないか決めるだろうよ。もう行きな」

「わかりました。ミジャ、行こう。暗くなるまでには着いておきたいし」

「はい・・・。御婆様、ルーシルさん、行ってきます」

「あんた達なら大丈夫だろうが、油断するんじゃないよ」

「気を付けて下さいまし」


 感謝の意を示す為にも頭を下げて、外へ出て、集落の外でへらくれすにご飯を食べさせ、自分も小腹を満たしてから、へらくれすを大きくしたところで、それまで黙ってついてきていたミジャが言った。


「ユートさん。ここを経つ前に、見ておいてほしいものがあります」

「・・・込み入った話なら、移動中でもいいかなと思ってたけど」

「こういうのは、踏ん切りというか、勢いというか、思い立ったが吉日というか、とにかく、見て下さいまし!」


 ミジャに手を引かれて、狐人の里との間にへらくれすを挟む位置に移動してから、ミジャは俺の手を放して背中を向けた。


 何を見、と言い掛けたところで、一本しか無かった筈のミジャの尾が五本に増えて、耳や尾の毛並みは黄色っぽい橙色から、黄金に輝く色合いに変わっていた。


 何か言おうとする前に、ミジャは元通りの姿に戻っていた。

 コメントに困ってる俺からの言葉、感想?を待っているようなミジャを見て、迷いながら言ってみた。


「さっきのが、本当の姿って事?」

「・・・おおよそは」

「どんな姿だろうと、ミジャはミジャだよ。気にしないさ。それより、早く行こう。暗くなる前に着いておきたいし」

「はいっ、そうですね!」


 予想してたのとは違ったけど、完全に期待外れでもない返答ではあったらしい。

 俺とミジャは再びへらくれすの鞍上の人となって、西へと飛び立ったのだった。









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