DAY18 アレグシアとの再会と、ミジャの思慮

 巨人族のお嬢様、アレグシアさんは人間サイズにまで小さくされても動じずに抱きついてきた。


「ユート、会いたかったぞ!」

「ああ、うん」

「なんだ、ユートは私に会いたくなかったというのか?寂しくはなかったのか!?」

「会いたくないまではないけど、ほら、まだ恋人同士でもないって言ってたろ。でも、また会えて嬉しいとは思っているよ」

「ふふふ。今はそれで我慢しておこう」

「お嬢様。ギュベレー氏族の次期族長としてのたしなみを忘れないで下さい。ユートとやらも、多少は大きくなれるようだが、増長しない事だ」


 こないだはたぶんいなかったというか、聞かなかった声が頭上から聞こえてきた。背丈は、お嬢様からは頭一つ分くらいは低いかな。今日もついてきてる爺や的ポジのグアルドゥフさんが少し後ろに控えてるから、身分が高めの人なのかも知れない。


 上を向いて話すのは若干つらいし大声を出さないといけないので、先ずお嬢様に尋ねた。


「この人は?」

「オーギュム。私を除けばギュベレーで一番大きな方で、若い男に限って言えば一番大きいけど、私には何度も振られてるやつ。こいつの言う事は気にしなくていいからね」

「お嬢様!」

「うーるーさーいー!ユート、できたらこいつも小さくしてやって!」


 腕にしがみついてきたアレグシアさんをオーギュムさんがその大きな手で引きはがそうとしてきたので、その指先に触れて、お嬢様と同じ割合にサイズを縮めた。

 みるみる小さくなっていったオーギュムさんは、慌てふためいた。話には聞いていただろうし、お嬢様も小さくなっていたけど、自分がそうなると話は全く別だろうし。


「ふむ、だいぶ話しやすくなったな」

 アレグシアさんが、自分の胸の下くらいまでしかないオーギュムさんの頭をぽんぽんと撫でたけど、オーギュムさんはその手を振り払って叫んだ。

「す、すぐに私を元通りにしろ!だいたいなんだ、俺をお前より背が低くするなんて、お嬢様にそこまでして格好付けたいのか?!」

「そんなつもりは無くて、ただ話しやすくする為ですよ」


 お嬢様の背丈は、175センチくらい?オーギュムさんは150には全く届いてなさそうだったので、うん。人間の縮尺にすると、何かが良くわかったのか、周囲にいたミジャやエディンさん達の視線が哀れむような物になったりした。その視線をオーギュムさんが咎めてにらみつけたりしたけど、そういうのあまり印象良くないぞ?


「こないだアレグシアさん達が来て去ってからもいろいろあったので、まずは情報のすりあわせからしたい、のだけど、さっきも言った通り、今日は疲れて眠いし、狼人や猿人の里長さん達にも聞いてもらう必要があるから、話は明日で!」

「むー、もっともっと話したりしたかったけど、我慢するっ!」

「そうしてくれると嬉しいよ」

「でも、眠る前に教えてくれ。ここら辺りは誰の土地でも無いのだな?」

「だよね、エディンさん、ミジャ?」

「そうですね。どの獣人の土地でもありませんが」

「ただ、巨人の一氏族が領有を宣言するには、神経を尖らせる者達がいてもおかしくはありません」

「だそうだけど?」

「なに、この森をユートが狩り場にしているというなら、その側に居たいだけ。だから、私達が居留する場所を築いても良いか、ユートの許可が欲しい」

「んー、俺は別にかまわないけど、ここら辺にずっといるとも限らないぞ?」

「その時はまたついていくだけだ」

「お嬢様・・・」


 グアルドゥフさんもオーギュムさんも諫めようとしてたけど、お嬢様は聞く耳を持ってなさそうだった。


「とにかく、好きにしてもいいけど、こっちのキャンプ地にはなにがあっても被害が無いように少しは離れたところに作ってね。それから、狼人達の里からも見えないところで」

「わかった。オーギュム、グアルドゥフ、候補地の選定と、井戸掘りなどを頼む。私は他にやる事があるからな」

「ちなみに、他にやる事の内容を教えて頂けますか?」

「ユートは疲れている。そして、見たところ夕食はまだだ。そうだな?」

「それはそうだけど、出来合いのを焼いたりして手早く済ませて早く寝たいんだけど?」

「少しだけ時間が欲しい。ギュベレー氏族に伝わる料理をユートに食べて欲しいのだ!」

「気持ちは嬉しいけど、どれくらい時間がかかりそう?あまり待ち時間が長いと、寝ちゃうかもだし」

「急げば一時間ほどかな。そこの狐人、ミジャといったか。手伝ってもらえれば、もう少しは早く出来上がるだろう」

「仕方ありませんね。ユートさんはテーブルでうたた寝されてて下さい。寝床だとそのままぐっすり寝入りそうですし」

「悪いけど、そうさせて・・・」


 自分は食卓に乗せられた果物籠からいくつかをつまんで食べている内に、テーブルに突っ伏すように寝落ちして、気がついたら辺りが真っ暗になった頃に体をゆすられて起こされた。


「だいじょうぶですか?お休みになるにしても、お食事は済まされてからの方が」

「ありがと。だいじょうぶ、食べてから寝るようにするけど、だいぶ寝ちゃってた?」

「二時間から三時間の間というところです。仕方ありませんよ。あれだけ激しい戦いがあったのです」

「とんでもない大物と戦ったと聞きました!ぜひ、その勲をお聞かせ下さいませ!」

「それはかまわないけど、食べながらで」

「もちろんですわ!さあ、これがギュベレー氏族の魂とも言える食事。故郷から持ち出した数少ない残りから作りましたの。気に入って頂けると嬉しいですわ!」


 それは、かぼちゃ風の野菜の煮込みと、カブ風の野菜を切った様な何かと、何かの肉や香辛料か調味料た複雑に入り混ぜた、とても美味しそうなシチュー的な料理だった。

 木をくり抜いて作ってあった深い皿にたっぷりとよそおってもらい、熱々のじっくり煮込まれたオレンジ色と白の彩りのシチューは、とても、胃袋に染みて、がつがつとかきこみ、何度もおかわりしてしまった。


「気に入って頂けたみたいで、嬉しいですわ」

「ごめんね、一人で」

「他の者達は先に済まさせて頂きました。だいたいのお話も、ミジャさんから先に伺っておきました」

「そっか。ありがとうね、ミジャ」

「いえ、今夜は調理も助手でしたから、手も空いてましたし」

「その事ですが、ユートさん」

「その事って、何?」

「ミジャさんとは、その、そういう、関係ですの?」

「いいや?ここで生活し始める時に、狼人族の皆さんから手伝いに付けてもらって、その後いろいろ助けてもらってはいるけど、そういう関係ではないよ」


 自分としては正直に答えただけなんだけど、アレグシアさんはちらちらとミジャの顔色を伺うような視線を飛ばしていたし、ミジャはミジャで不満顔だった。


「そうですか。私としては、どちらでも構いませんわ。体の大きさ的にも、普段は別の方がご一緒されるのが自然でしょうし」

「えーと、とりあえず今は誰ともそういうつもりは無いよ」

「今はそうでも、将来的にはわからないではありませんか?」

「それはそうかもだけど」

「では。ユートさんには私の手料理を食べて満足して頂けましたし、これからのことはミジャさんと相談させて頂きますから、ユートさんはもうお休み下さいませ」

「え、うん、それでいいなら、そうさせてもらうよ」

「また瞼が閉じてきてますよ、ユート様。寝床までご案内します」

「一人でだいじょうぶだよ」

「いえ、今日は特別にお疲れになっているようですから」


 確かに、食卓の席から立ち上がって、すぐにふらついたので、ミジャに体を支えてもらって、寝床まで連れていってもらい、倒れるように寝込んでしまった。



 ユートが寝息を立て始めると、ミジャは毛布を何枚か被せ、虫除けの香を焚き、キャンプ地の就寝スペースに自分以外は出入り出来ないように結界を張ってから外に出た。

 明日は、あの森の主の死骸の場所に巨人や里長達を案内する予定だ。それから、自分の母親が元々居た氏族にも連絡を取らなくてはいけない。

 獣人族全体における狐氏族は過去の経緯からかなり微妙な立場に置かれているが、それでもその発言権は完全に無視されるほどでも無い。獣人族全体を配下に置くようなことをユートは望んでいないからこそ、微妙な立場が逆に活きる可能性があった。


 あの森の主は、決して単独で倒せるような相手ではなかった。ぷれいやあなる者達が特別な力を与えられているにしても、ユート以外には難しかっただろう。だからこそ、この世界に生まれ死ぬ者達とは異なり死しても蘇る者達の争いに、ユートが巻き込まれていく予感というより確かな予想がミジャにはあった。


 母の母は、狐人族でも最有力の巫女で、その未来視の力故に危険視され、命まで危険にさらされるようになって、逃げるように落ち延び、隠れるように母を産み育て、狼人族に養育を任せた後は、また隠遁生活に戻って、たぶんそのまま亡くなった。

 その母も、何年も前に病で亡くなった。その頃から、ミジャ自身もまだ視ぬ未来の出来事を夢見るようになった。ただ、それらが起こるかどうか、ミジャは知らない。

 それでも確実に起こるだろう出来事は繰り返し夢見るようになった。中央島にある異界からの門。各種族の英傑達が守ってはいるが、遠からず、破られる日が来る。その後、ユートは異界からのおぞましい姿の侵略者達を防ぐ英雄の一人として活躍すると、ミジャは予想していた。

 期待を予知と混同してはいけないと母からも何度も聞いたし、忘れてはいない。だいたい、予知夢にユートはまだ出てきていない。

 ユートがどうなるか、自分がその側に居続けられるのか、ミジャにもわからなかったけれど、側に居続けたいとは思うようにはなっていた。


 ユートの飼っているペットというか昆虫であるへらくれすは、だいぶ大きくなってきていた。環境や与えているエサなどもあるが、近々進化の時を迎えてもおかしくなさそうだった。ミジャはへらくれすに森奥で採取してきた樹液を与えてから、塀を飛び越えてアレグシア達の元に戻った。


 ユートがうたた寝している間にも話した内容を、明日朝彼が起きるまでの間に、さらに詰めておく為に。

 彼女達には、ユートが狩って持ち帰った森の主の一角であるギガント・センチピードの大牙などは既に見てもらった。ユートのサイズ固定スキルの時間が超過して元の大きさに戻った素材を見て、彼らはユートの判断をさらに上方修正していた。

 アレグシアに懸想して、ユートに突っかかっていた巨人の若者でさえ、彼に畏怖していた。アレグシアは、老従者の抑止があったにせよ、ユートをすぐにでも起こして求婚し直すのを賢明に懸命にも自制していた。巨人族の上位氏族でも、最上位階級でなければ倒せないような相手を、ユートは単独で倒してみせたのだから。


 ユートを守る為の手足は揃いつつある。でもまだ足りない。ユートがあのソウイチというぷれいやあを駆逐した時の手筈は、ユート自身に対しても採られ得るのだから、ミジャ自身も強くなっていかなければならなかった。

 だからこそ、絶縁状態にあった狐人族にも接触を図る。ミジャはもう、ユートの側にいない自分を想像することが怖くなっていたのだった。


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