DAY11-14 ビートルとの戦いと収穫

 翌日の朝食後、蜂蜜らしき甘い何かを入れてくれたお茶を飲みながら、次に狙うべき標的をミジャに相談すると、意外な答えをくれた。


「正直、正面から力押しできるような魔物は、どんな類でも、ユート様の敵ではないと思います」

「まあ、大きくなって押しつぶしたりすれば、たいていは勝てるからね」

「なので、大きくなる事が得策じゃない相手とか、大きくなっても苦戦するような相手と、経験を積んでおくとか、どうでしょうか?」

「悪くないと思うけど、例えばどんな相手がいるの?」

「角持ちや、鋸持ちの、甲虫ビートルの類はどうでしょう?彼らは大きさこそユート様の数倍くらいですが、この森の木を貫いたり切り倒したりするほどにその甲殻は鋭く硬く、そして弓矢の類よりも早く飛び交います」

「なるほど。確かに、大きくなった方が不利になりそうまであるね。で、どうやって彼らを見つけるの?」

「樹液のある場所に彼らは集まるそうですから、用意できればそう難しくないでしょう」


 なんとなく、またどこで覚えたのか思い出せない思い出で、自分はわくわくして尋ねた。


「ね、その甲虫の類って、飼い慣らせたりしないかな?」

「虫ならまだしも、魔物は特別なスキルが無いと難しいかも知れませんね。小さくすればそれで済むとも思えませんし」

「んー、まぁ、いろいろ試してみるよ。じゃあ、彼らが集まるような樹液が出てる場所、探しに行こうか!」


 何となく木の幹に短剣で傷を付けながら、これまでは向かった事の無い森の奥の方へと歩いた。

 だいたい二十五から三十メートルくらいあった木の高さが、およそ1.5倍から2倍くらいは高くなった辺りの木に、目的の虫?魔物?を見つけた。


 角まで含めた体長は四メートル以上はありそうだった。頭の上に生やした長い角で他の虫系魔物達を牽制しながら樹液を啜っている姿は、王者の風格すら漂っている気がした。

 どこの誰とも知れない記憶の中の風貌や形状とはあちこちが違っていたけれど、赤黒く輝く体躯を指さしてミジャに尋ねた。


「あれはなんて言う名前なの?」

「リノ・ビートルだったかと」


 心の中の記憶だとカブトムシと呼んでいた気がした。そのカブトムシの側に、青黒い体躯とトゲのついたハサミを備えた、そう、クワガタムシ、それもノコギリクワガタ、って呼んでなかったっけ?、と思しき魔物がやってきて、二匹は戦闘体勢に入った。


「あちらは、スタグ・ビートルですね」

「どっちの方が強いの?」

「種族的には、リノの方が強いとされてますが、ほとんど個体差ですね」


 自分は外見的にはクワガタの方が好きだったような気がした。二匹の昆虫系魔物は互いに牽制しあうと、パッと木肌から飛び立ち、目にも留まらない早さで空中でぶつかり合うと、最終的にはカブトムシ的なリノがスタグの体を突き刺して決着を着け、地面に投げ捨てて食事に戻った。


 自分は地面でのたうっていたスタグ・ビートルを介錯して、頭上を見上げた。


「どうやって倒すおつもりですか?」

「背の高さは、今の2倍くらいでいいかな。早さに目を慣らしてから、乗りこなせないか試してみようかな、と」

「・・・なめてかかると死にますよ?」

「気を付けるよ、うん」


 まあ、乗り物にするのは、大人しいだろう本物の虫の方のが良いかも知れないしね。

 

 という事で、背丈を2.5倍にした。体格負けはしないくらい? それからおもむろに、リノ・ビートルがたかっている木の幹を思い切り、蹴る、蹴る、蹴る!

 木の幹が折れるってくらいじゃないけど、食事中に気分を害するくらいには揺れてくれたらしく、リノ・ビートルがこちらを向いて羽を広げて威嚇してきても蹴るのを止めなかったら、木の幹から足を離し、急降下してきた。


 これも出所が定かでない記憶だけど、何かのスポーツで投手が投げるボールくらいには早い?なぜか網が張り巡らされた施設で、機械?か何かで投げられるボールをばっとという棒で叩いて遊んでた事があったような・・・。

 走馬燈じゃないけど、一瞬でそこまで回顧しきった訳じゃないにしろ、向こうも地面に角を突き立てるつもりはなかったらしく、さっきスタグ・ビートルとやりあってた時よりはだいぶ遅かったので、ある程度余裕を持って避けられた。

 こちらが避けるのを読んでいた様に体勢を起こしてまた上昇していこうとしたところを横合いから槍で突いてみたけど、その赤黒い甲殻には傷一つ突かなかった。

 マジか。これ、巨人の業物の槍かも知れないのに!


 つまり、武器で攻撃するにせよ、向こうの甲殻の隙間とかじゃないと通らないかも知れないってか。

 今度は十分な距離を空けて、上空から体の中心めがけて突進してきたリノ・ビートルに向けて、真っ正面から槍を突き出す事は止めた。なんとなく、向こうの角が勝ちそうな気がしたから。同じように、正面から盾で受け止めようとしても貫かれそうな気がした。


 迷ってる内にリノ・ビートルの角が目の前まで来ていたので、横っ飛びでかわしながら剣を振るった。かすかな手応えがあったので、透明な羽の先っぽでも切れたのかも知れない。

 ただ、飛ぶのには何の問題もないかすり傷だったらしく、また離れた位置から勢いをつけて突っ込んできた。さっきよりもまた早い速度で!


 今度こそ考え事をする余裕なんて無くて、肩に担ぐように短剣の刃を立てながら上半身を倒して、ほとんど同時にリノ・ビートルが頭上を飛び去っていった。


 あっぶ!マジであっぶね!足の先のトゲとかが頬をかすめて浅い切り傷になってたけど、構う暇は無かった。向こうも片側の足の付け根にまとめて浅くない傷を負ったようで、やっぱり腹側の装甲は背中側に比べてだいぶ脆そうだった。


 ただ、向こうも学習した様で、今度は離れた位置から、地表すれすれを飛んできた。下は狭すぎてかわせず、上もつらそう。左右に飛んでも対応してやるぜ!って気迫を感じた。


 自分は地面に置いておいた槍の束を踏み、タイミングを合わせて巨大化した。

 ぶっちゃけ、賭けではあったけど、今回は勝ったようだった。槍の束を踏んで倍の大きさにして固定化。自分のサイズは元に戻して上半身を盾で庇いながら仰向けに倒れ込んだ。

 向こうは唐突に地表から現れた大きな槍先に体を貫かれたけれど、その勢いは止まらずに自分の盾に角先を当てるも斜めに弾かれ、背後の離れた木の幹に角を突き立てて、そのまま事切れて動かなくなった。


「だいじょうぶですか、ユート様!?」


 地面に倒れたまま動かないでいた自分を心配して、離れたところで隠れてもらってたミジャが駆け寄ってきたので、上半身を起こした。


「ちょっと頬を切られたくらいだよ。思ってたよりも何倍か強かったけどね」

「だから危ない相手だと何度も言ったではありませんか!?」

「ごめんごめん」


 謝りつつ、ミジャが差し出してくれたお手製ポーション、飲み薬を飲むと、血が流れていた傷口が塞がっていった。


「あいつの角とか甲殻を、武器や防具にすると強そうじゃない?」

「そうですね。下手な鋼よりも優れているかも知れないそうです。楽に狩れるような相手でも無いので、滅多に手に入らないそうですが」


 という訳で、リノ・ビートルの角2本と甲殻はありがたく頂いておきました。ついでに、スタグ・ビートルのも。


「狼人か猿人に、これらで武器防具作ってもらえるかな?」

「どちらかというと猿人の方が手先が器用ですが、そこまで差がある訳でも無いので、付き合いの長く、より近くに居る方を頼んだ方が無難でしょうね」

「付き合いの長さったって、数日くらいしか変わらないよ?」

「それでも、頼られなかった方が気を悪くするかも知れませんし」

「そんなもん?」

「そんなものです」


 という訳で、新しい武器や防具というのはなんとはなしに心躍る物なので、早速狼人の里へ。

 エディンさんも里長さんも、もちろん職人さんも驚いていた。スタグ・ビートルはもちろん、リノ・ビートルに挑む事はほとんど死を意味するそうだ。


 リクエストを聞かれたので、リノの長い角は槍に、スタグのノコギリ刃は、手に持って打撃にも斬撃にも刺突にも使える武器にするよう頼んでおいた。素材そのままで、持ち手を付けるだけで使えそうだったしね。

 里総出で作ってくれると約束したけど、二、三日はかかるそうなので、また森へ戻り、キャンプ地近くの低木(昆虫系魔物がたかれないような人間にしてみれば普通サイズの木ね)に、リノ達が啜っていた樹液を採取してあったのを塗りつけておいた。

 自分の掌に収まるようなサイズの昆虫ならたっぷり啜れるくらいの量を塗っておいたので、明日が楽しみになった。ミジャには大きめの虫かご作成を依頼しておいた。


 その日の残りは、キャンプ地周辺で昆虫を捕食しそうな中小サイズの魔物を探して丹念に狩り尽くしておいた。植物に擬態するカマキリの魔物の見分け方もだいぶ慣れてきた。あいつら、自分より大きかったり強そうな相手には襲いかからないのは助かる習性だった。ミジャによれば油断は禁物らしいけど。


 翌朝は早くに目が覚めた。

 狙い通りに樹液にたかっていた中で、一番大きくて立派な長い角を持っていた甲虫を捕まえて、塀の中に移植した木にたからせて、樹液をまたたっぷりと与えておいた。餌付けだね。

 自分のあやふやな記憶だと、へらくれすとか、そんな感じの名前だったような。ミジャも知らないくらい珍しい種類らしいので、そのままへらくれすと呼ぶ事にした。


 翌日とその次の日もへらくれすの餌付けを続けながら、リノやスタグを倒した辺りへ赴いて、甲虫を探しては倒す修行を続けた。

 リノとは追加で二度、スタグとは三度戦って倒し、その速度にはだいぶ慣れてきた。

 最初に倒して素材を渡してから三日目、エディンさんと職人さん達が、完成した武器と防具を持ってきてくれた。


 赤黒い胸鎧と肩当てと臑当てと兜。兜には、リノの背中についてた角が突き立っていて、テンションが上がった!盾もリノの甲殻がふんだんに使われていたし、複雑な形状が求められる腹部とか腕周りや足周りは、何かの動物の革と組み合わせて動きを阻害しないよう工夫されていた。


 すぐにでも使ってみたかった自分は、お礼に追加のリノやスタグの素材を渡して、早速リノ達がいる辺りへと出かけていった。

 日も暮れかけてきて、ミジャにもそろそろあきらめるよう言われた頃に、最初に倒したのと同じくらいの大きさのリノ二匹が、同じ樹液の餌場を巡って角を突き合わせているのを見つけた。


 いつも通りの大きさにサイズ変更して木を蹴りつけてもこちらを向かなかったので、自分に背中を向けてる奴の尻に向けて、リノの角素材を使った槍を思い切り投げつけてやった。


 命中!

 偶然かまぐれにしろ、槍は甲殻の薄い部分を貫いたようで、手傷を負わされたリノは自分に向けて、飛びかかってきた。

 だけど、お尻に大きな余計な物を刺されてたら動きは鈍る訳で。怒り心頭って感じで突っ込んできた角を盾で受け止めつつ地面の方へと勢いをそらしたら、上昇し損ねて地面へと突っ込んだ。

 その背後へとさっと駆け寄り、尻から槍を引き抜いて、翼を広げていた背中に突き立てて、片方は倒せた。

 もう片方は食事を始めてると思いきや、喧嘩相手を横取りされてご立腹の様で、木の幹から飛び立ち、警戒するようにフェイントを何度もかけながら、突撃はしてこなかった。


 自分もあまり長引かせたくなかったし、油断を誘う為に、身長とかを元のサイズに戻した。

 それでこちらが弱体化した?!とでも思ったのか、リノはここぞとばかりに突貫してきた。


「まあ、大きさは力でもあるのは確かなんだけど、小さくなったから弱くなっただろうってのは、侮り過ぎなんだよ、ねっ!」


 自分は槍と盾から、スタグのノコギリ双刀に装備を変えていた。突っ込んできたリノ・ビートルの角を、横合いから叩いてその進行方向をずらさせて、続く一撃を角の根本にある頭にぶち込んだ。


 ノコギリ刃のトゲがカウンターで突き刺さり、リノ・ビートルはきりもみしながら地面を抉っていき、やがて大木の根本に突き当たって止まった。


 レベルはまた一つ上がって13になった。帰り道は、時短の為に巨大化して、二匹のリノ・ビートルの死体を手に持って帰った。二匹が争っていた樹液もたっぷり採取しておいたのは言うまでもない。へらくれすのお土産にね。


 へらくれすは、リノ・ビートルの死体を持ち帰ってきた自分の姿をじっと見つめていた。自分の姿もビートルの甲殻とかにほとんど覆われてたしね。お土産を庭木に塗ってあげると、わき目も振らずむしゃぶりついたけど、なんか数日前よりも大きくなってた。


「ね、ミジャ。へらくれす、大きくなってない?」

「そう見えますね」

「こういう虫って、幼虫からさなぎになって、さなぎから成虫になったら、そこで大きさは固定されるんじゃなかったっけ?」

「普通の虫で、普通の環境でなら、それが普通なのかも知れませんが」

「へらくれす自身も、環境も、エサも、普通じゃないかも知れないって事ね」


 最初に見つけた時の大きさは三十センチくらいだったのが、そこからすでに一、二割くらいは大きくなっていた。

 魔法のある世界だから、いろいろ違うのかな、と漠然と思ったりしつつ、へらくれすの上下の立派な長い角を撫でたり、リノ達の死体を解体したり、ミジャの用意してくれた夕食を食べて、この一日は大満足の内に終わった。


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