DAY2-3 夜襲と迎撃
「おい、あれじゃないのか?」
そんな話し声で目が覚めた。
やべ。
忠告してもらってたのに、寝ちゃってたよ。
「話に聞いていた通りの位置にあったな」
「だが、いっちょ前に逆木の杭みたいな枝をこれでもかとキャンプ地の周りに植えてあるな」
「あれを全部抜くのは無理だぞ」
「予定通り、油を投げ込んで撒いてから、松明を放り込んで火をかける」
「それで死ぬのか?」
「大きくなっても、火も比例して大きくなれば火傷は免れまい?それにずっと大きくなってもいられないようだから、その時間だけやり過ごせれば勝機はある」
「・・・俺たちの、恩人、なのにな」
「言うな。次期当主殿たっての願いだ。断る訳にもいかんだろう」
「子爵家としての面子がかかっているというのも、あながち嘘ではないしな」
うーん、みなさんいろいろ事情があるんですね。
というか、キャンプ地の近くで話し続けるとか余裕かましすぎじゃないですかね?
まあ、何メートルか離れた場所で、小声で話してたら聞こえないだろって前提なんだろうけど。
自分?
自分はほら、川からキャンプ地に向かう小道の途中にある茂みを丸ごと引き抜いて、自分が横たわれるだけの穴掘って、底に狼の毛皮しいて、マントを上掛けにして、盾をその上に乗せて、さらにその上に抜いておいた茂みを被せて横になってたからね。
昼間ならともかく、松明くらいの明かりだと気付けないのも仕方ないね。
「キャンプ地を囲うように散れ。始めるぞ」
暗殺者、ってよりは兵士さん達が断れない命令を受けてきた感じ。
まだ使ってないテントとか燃やされるのは少しだけ悔しいけど、テントか命かと言われたら命一択だし、仕方無い、のかな?
本当に必要な物は少し離れた別の場所に埋めてあるし。
兵士さん達がキャンプ地を包囲して、油壺を投げ込む。ガチャガチャと壷が割れたりする音に紛れて上体を起こして、兵士達六人の立ち位置を確かめた。
松明が放り込まれて、油に着火するまでの間に、短剣を構えて、巨大化しながら水平に振るった。刃渡りが六十センチくらいの短剣でも、今の自分のレベルは4だから、4x2で8倍の長さって事は、五メートル近く?
つまりキャンプ地の外周に向けて振るえば、間に立ってる木の幹があれば木の幹ごと、兵士たちの体を上下に分断した。
「ば、化け物めっ!」
「あれ、まだいたんだ」
兵士達は兵士だから暗殺者じゃないしね。
自分は声のした方にも剣を振るってみたけど、たぶん屈まれてかわされたっぽい。そのまま勇敢にも足下に踏み込んできて、短剣を突き刺してきた。たぶん。
「いかに巨人とて、猛毒なら」
「肌の下にまで届いていれば、もしかしたら効いたのかもね」
「へ?」
巨大化したりサイズ変更した時に、身につけたり持ってる物は比例して大きくなったり小さくなったりする。大きくなった時に足下を狙われるのは想定してたから、分厚い革のブーツを選んでた訳だし、たぶん、短剣というのもあって、革の厚さを貫くには足りてなかったみたいだった。
まあ、そんな事を考えつつも、分断した木の幹を両手に一本ずつ拾って、足下を踏みならしながら、地面とかを木でばしばしと叩いていった。(ついでのようにキャンプ地のテントについてた火も叩いて消しておいた)
第二第三の保険とかが隠れてても嫌だからね。足下で何かを踏みつぶした感触があってからも、近くを念入りに叩いて回って、これ以上何もいなさそうなのを確認してから、キャンプ地に戻った。
あ、レベルが5に上がったというアナウンスもあったけど、レベル表示が上がってただけだったので、ステータス画面はすぐに閉じた。
死体からかっぱげる物で使えそうな物はかっぱいでおいた。踏み潰しちゃったのは、いかにもな黒衣の中味はきちゃないゼリー状の何かになってしまってたけど。
「さーて、完全に目が覚めちゃったけど、どうしよっかな。北西に向かうにしてもまだ夜中だし。どっちかっていうと、またちょっかい出されないように、何か置きみやげしておいた方がいいよな」
では具体的に何をしたものかをゆるゆると考えた。夜食時間とかも挟んだりした上で(満腹感は生命線です!)、これ以上の人的被害が出ないよう、子爵様のお城の門の前に置き土産をしてから、自分はいざ北西へと旅立ったのだった。
☆★☆
アイシャ視点
ドンドンドン、っと扉を叩く音で、夜半に起こされた。おそらく来るだろうと心構えていたので、すぐにでも出かけられる服装で、居間の椅子でうたた寝していたのだ。
「出る。しばし待て」
「はっ!」
何かあった時の為に、テーブルの上に置いておいた上半身の鎧だけ身につけてドアを開け、鍵を閉めた。
「夜中に恐れ入りますが、子爵様がお呼びです」
「うむ、参ろう」
城へと向かう道すがら、呼びに来た兵士たちに逆に訊かれた。
「どうして呼び出されたのか、お尋ねにならないのですか?」
「予想はしていたからな」
「左様で」
城門前には、木の幹が突き立てられていた。枝のほとんどは落とされていたが、そこには死体がいくつもかけられていた。その大半は、上半身と下半身が別々になっていた。
「あの命知らずめが」
誰に向けて言った言葉なのか、兵士たちも察して、尋ねてくる事は無かった。
父の執務室に向かうと、そこには予想通り兄上がいた。いらついたように舌打ちを繰り返し、室内をうろついていた兄上は、私の顔を見るなり怒鳴りつけてきた。
「お前のせいだ、アイシャ!」
「はて、何の事でございましょう?父上?」
私はあえて兄上の頭越しに、父上に尋ねた。
我慢の限度を越えたのか、兄上が私に掴みかかろうとしてきたが、父上の護衛の兵団長が兄上の肩を掴んで引き留めてくれた。
「お控えを、イェギス殿。アイシャ様をお呼びになられたのは旦那様ですぞ?」
「父上、この売女めを許すのですか?」
「許す許さないで言えば、そなたがその判断の対象になるのだが?」
「なぜにございますか?私はただ、この私めを辱める事で、子爵家の名誉を著しく傷つけた愚か者めに罰を与えようとしただけにございます!」
父上は小さなため息をついた後に、兄上ではなく、私に問いかけてきた。
「あのユートという者が特別な力を有していたのは事実。そうだな、アイシャ?」
「はい。彼がいなければ私を含めてさらに多くの兵士が傷つくか命を落としていたのは間違いありません」
「そうだな。そしてイェギスは怒りに囚われて忘れてしまっているようだが、どんな通達が、どなた達から出ていたかな、アイシャ?」
「国王陛下と、中央島にいらっしゃる英傑殿の両方から、特別な力を持つ者を見出したなら、最優先でこれを保護し、厚遇せよ、と」
「我ら人間族に敵対する者でない限り、な。だからこそ私は、後継者たる息子を私や部下達の目の前で辱められ、城の一部を壊されようと不問に付し、働きには報酬で応じた。お前にはその意味が通じなかったようだが」
父上は、兄上を見据えた。これまでに見た事が無いくらい、突き放したような冷たい眼差しで。
何か申し開きをしようと、口を開け閉めしても言葉が出て来ない兄上を前に、父上は私に告げた。
「アイシャ。明日からは城に出仕するように」
「承知しました」
「ち、父上!それはどういう」
「まだ分からぬのか?最優先で保護し厚遇しなければならない存在を、そなたは事もあろうに害そうとした。人間族全体の命運を左右するかも知れない存在をだ。
アイシャ。特別な力を持つ存在を見出した貴族は、他にどのような義務を負っていたかな?」
「周辺地域の管轄役の貴族と、王都への報告です。明日朝にでも使者を立てるべきと思われます」
「そうだな。気が重いが、我が息子は謹慎処分にしたとも伝えねばなるまい。最悪、息子の暴挙を止められなかった私自身も連座で罰せられる可能性さえ想定しておかねばな」
「そんな・・・」
「イェギス。お前はしばし誰に会う事も、手紙を出したり受け取る事も禁じる。他の誰でもない、お前自身がこの子爵家を存続の危険に晒した罪を悔いて謹慎しておれ。
バローゾフ、連れていけ。見張りの兵を扉の外に絶やすな」
「承りました。では参りましょうか」
兄上はまだ状況を受け入れられず、私を睨みつけながら退室させられていったが、私は視線を合わせないでおいた。
完全に足音が聞こえなくなってから、父上が尋ねてきた。
「それで、あの者はこれからどちらへ向かうのだ?」
「魔物が多く、食べるに困らない場所を望まれたので、北西にある、昆虫系の魔物の森を紹介しておきました。今夜か明日朝には向かい始める事でしょう」
「より強くなる為にか?」
「はい。人間の社会で安穏と過ごそうする方が、結果的に命取りになるだろうと」
「寄り親のズクゥーイ辺境泊殿の所であれば、それとなく様子を見たり、支援する事が出来る者もおろう。王都への報告は気が重いが」
多種族の間で最弱とされる人間達にとってこそ、特別な力を持つ者の登場は待望されてきた。いつになっても現れないので、単なる願望やおとぎ話の様に語り継がれてきたせいか、兄上の様な暴挙に及ぶ者も出てきてしまったが、それは貴族の身分であっても許される事では無かった。
「今夜はもう下がっても良い。明日からは、私の仕事を伝えておく。どのような状況になっても良いようにな」
「承知しました、父上。ではお先に失礼致します」
「ああ、私は今夜は眠れぬだろうからな」
「ご自愛下さいませ。母も、時折心配しております故」
「・・・あれにも、そなたにも苦労ばかりかけてきてしまったのは、すまぬと思っている」
そういいながら、手を小さく振られたので、執務室を出て、城を後にした。
それからしばしの時が経った後、辺境泊と王都からの返信が届いたのだが、父上にも私にも想定外の事態が、人間族の領域全体で起きているとの知らせだった。
ユートの様な、特別な力を持つ者達が唐突にあちこちに現れていた。そして、彼らは自身の事を「ぷれいやー」と称していた。
その意味を私たちはそのまだ知らなかったが、日が経つにつれて、その意味を嫌でも学んでいく事になったのだった。
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