DAY1-3 アイシャさんのお宅訪問

 アイシャさんのお家は、外壁の門からそう遠くない位置にある庭付きの一戸建てだった。

 かわいらしい門を通り抜けると、玄関のドアが開いて、5歳くらいの女の子が駆け出してきた。


「お帰りなさーい、ママ!だいじょうぶだった?!」

「大丈夫だったよ、ラシュレ。パパはもう帰ってる?」

「まだだよ。それで、その人はだあれ?」

「ユートだ。巨人との戦いでやられそうになってたところを助けてくれた人だよ」

「どうも、初めまして。ユートです。助けられたのは、たまたまです」


 ラシュレちゃんは、自分の膝よりも下くらいに小さかったので、自分はゆっくりとしゃがみこんで、それでも視線の高さは合わなかったけど、挨拶した。


「ママを助けてくれてありがとう!ユート!」


 膝というか臑に抱きついてくれたので、その頭を撫でてあげた。

 そんな微笑ましい光景を笑顔で眺めていたアイシャさんに、玄関から出てきた壮年女性が声をかけた。


「アイシャ、無事で良かった」

母様かあさま。私は危うく死にかけましたが、ここにいるユートに助けられて、彼が騒ぎを起こしていた巨人をしとめてくれました」

「そう、ありがとうございました、ユート殿。我が娘を助けて頂き、感謝致します」

「いえ、成り行きでしたので」

「謙虚な方ですのね。手狭な家ですが、おくつろぎ頂ければ幸いです。アイシャ」

「わかっています。ユート殿は健啖家でもありますので、買い出しに行ってきます。ラシュレ、母様、ユートのお相手を頼めますか?」

「もちろん!」「当然です」

「ユート殿。そういう訳でしばらく離れるが、我が家でくつろいでいて欲しい」

「すみません、いろいろお手数おかけして」

「いや、命あっての物種というだろう。なるべく早く戻るようにする」


 そうして、アイシャさんが早足で町の中心部に出かけてしまうと、ラシュレちゃんが指先を引っ張って家の中へ招いてくれたので、そのまま中にお邪魔した。


 入ってすぐが、玄関というよりは居間兼食堂みたいな空間だった。玄関は背を屈めないと頭を打ちそうだったけど、居間はぎりぎり髪の毛が天井をこするくらいだった。


「ユートは大きいね!」

「あはは、そうかもね」


 うん。なんとなくだけど、ずっと、体のサイズが社会と合ってなかった事を、うっすらと思い出したりもした。嫌な思い出な気がしたので、すぐに振り払って気にしないようにしたけど。


「ラシュレ。ユート殿のお相手をお願いしますね。私はすぐにでも夕食の下準備をしたら、お部屋の準備をしてきますから」

「はい、お婆様!お任せ下さい!」


 アイシャさんのお母さんは、居間兼食堂のすぐ脇にある台所と竈で、食事の準備を始めてくれた。

 お構いなくとか言うべきだったんだろうけど、空腹は命に直結するしね。恩返しと言ってくれてるし、ずっとは無理にしろ、今夜くらいにはお世話になっておこうと決めた。


 ラシュレちゃんと、アイシャさんとも話した、どこから来たのかとかを話してる内に、アイシャさんが野菜やらお肉っぽい塊を抱えて帰宅すると、お婆さんと調理を交代して、お婆さんは階段を上がっていった。


 そうしてだんだんと部屋の中が暗くなって、アイシャさんが何本かのろうそくに火を灯した頃になって、アイシャさんより少し年上くらいの男の人が入ってきた。


「アイシャ、ラシュレ、ただいま。ええと、そちらが我妻を助けて下さった旅人?、で良いのかな?」

「名をユートという以外は、どこから来たのかなどは、あまり覚えてないそうだ」

「ご紹介に預かりました通り、ユートと言います。奥さんを助けられたのは、偶然ですが、右も左もほとんどわからない状態ですので、ご相伴に預かりにお邪魔してしまいました」

「あはは、堅苦しくならないで下さい。ご恩に報いなくてはならないのは、こちらなのですから」


 旦那さんの名前は、モルグスさんという名前で、とても穏やかそうで、でも仕事ができそうな人だった。たぶん部屋に仕事道具を置いてきた後は、台所でアシュレさんと、戻ってきたお婆さんの調理を手伝ったりもしながら、ラシュレちゃんと自分の話し相手をしてくれたりもした。

 主に身の上話、といってもよく覚えてないのだけど、をしている内に、シチューとパンと焼いたお肉、というメニューがテーブルに並べられた。

 またお腹が派手な音を鳴らして、とても恥ずかしかったけど、アイシャさん一家は穏やかにスルーしてくれた。ラシュレちゃんが、早く食べようよ!と急かしてくれたのが少しうれしかった。


 にんじんやじゃがいもっぽい野菜やチーズとかが溶かし込まれたろうスープと、焼いたお肉が添えられていれば、ご馳走といって間違い無かった。自分は恥知らずにも何度かお代わりまでさせてもらったし。


 たらふく食べさせてもらって一息着いた頃に、モルグスさんが小声でアイシャさんと相談してから、自分に尋ねてきた。


「ユートさん。明日のご予定などは、何かありますか?」

「いえ、特には」


 森とかで何かと戦って、レベル上げをしといた方がいいかな?とも思ったけど、そこまで急ぎでも無いだろうし。


「では、もし差し支えなければ、この町、ジョールクを治めているメウピザ子爵が、ユートさんとの会見を望まれていますが、いかがでしょうか?」


 うん、わかってた。アイシャさんのお母さんの話し方と言い、モルグスさんの服装と言い、兵士さん達に指示を出せていたアイシャさんの立場は、たぶん低くないんだろうな、ってことくらいは。


「その方が、アイシャさんやモルグスさんに都合が良いのであれば」

「謁見して頂けるのであれば、それが何より、なのですが・・・」


 モルグスさんとアイシャさんが視線を交わし、何と説明したものかと迷うような間が空いてから、二人の様子を横から見つめていたお婆さんが話し始めた。


「ジョールクを治めるメウピザ子爵その人は、ユート殿との会見において、なんら問題は無いでしょう。

 ただ、その一人息子であるイェギス殿は、無理難題を申しつけてくる可能性があります」

「無理難題って、どんな?」

「自分に、奴隷の様に仕えろ、といった身勝手な要求です」

「それは、嫌ですね」


 正直な感想が、考えるより前に口から漏れていたけど、アイシャさんもモルグスさんも、苦笑で同意してくれていた。


「巨人を単身で倒せる人間の戦士は、そう多くはありません。人間種を代表する英傑でなければ、四、五人でも及ばず、十人以上で足止めできるかどうかといったところでしょう」

「そうなんですか?」

「はい、それは間違いありません。だからこそ、私も危うく命を落としかけていたわけで」


 アイシャさんの証言で確定してしまった。自分は、というかユニークスキル込みでだけど、お貴族様から目をつけられる存在になってしまったらしい。


 それからいろいろ話を聞いていくと、メウピザ子爵の一人息子は、町民や兵士達の間でもかなり不評を買っている存在らしかった。

 子爵のただ一人の子供で後継者となることが確定しているぽいので、どんな酷いことをやらかしても結果的に許されてしまい、どんどんと増長してるらしい。


「ユート殿がアイシャを助けて下さって、こうしてこの場にいらっしゃるのは、天の配剤かも知れませんが」

「どういうことなんですか?」


 意味深にアイシャさんのお母さん、ヒュレヴィエさんがアイシャさんに視線を向けてから、まるでため息をつくように言った。


「アイシャも、メウピザ子爵の血を引いてはいるのです。かつてメウピザ子爵に侍女として仕えていた私がお手つきとなり、生まれたのがアイシャです。

 しかし、後継者争いが生じることを子爵は厭い、私はこの家を下賜され、子供の養育費を受け取る代わりに、子供は後継者としての立場を失うことに同意させられました。

 当時としては、妥当で、避けられぬ判断であったのも間違いではないのですが」


 自覚してる範囲で、大半の記憶が思い出せない自分だけど、小難しいことをこねくり回して考えるタイプじゃなかったってのは、たぶん確かだと思う。

 だから、シンプルに答えた。


「すみません。自分は、あまり頭が良い方ではないので、子爵には会う。その息子さんの言うことは無視して出来るだけ穏便に済ませる、で良いですか?」


 アイシャさんもそのお母さんも旦那さんも顔を見合わせてから、ゆっくりとうなずいてくれたので、この夜の話し合いは区切りがついた。

 いつもより豪勢な夕飯だったせいか、ラシュレちゃんはアイシャさんに寄りかかりながら、ほとんど寝落ちしてたし。


 食後、ヒュレヴィエさんに客室とその寝台ベッドを一応見せてもらった上で、屋根裏部屋へと案内された。普通のベッドには、とうてい背丈が収まりそうになかったしね。


 マットレスぽくたぶん藁か何かが敷き詰められた上にシーツが被せられた上に、毛布がかけられていた屋根裏部屋で、自分は寝床に潜り込んで、すぐに眠りに落ちた。

 明日、子爵やその息子と会うことよりも、レベル上げで魔物か何かを倒してお金を稼いで、ここでまた寝泊まりできたらいいな、と思いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る