第172話 出発

それから数日たって、ローテングに向かう日になった。ジルはまだインスピレーションの旅から帰って来ないので、俺とミズーで対処する事になる。


町の南側の門へ行くと、エルフリーデと荷物を抱えた二人の男が立っていた。二人の男はムキムキ筋肉のマッチョマンなので、多分教会の奥にいた中の二人なんだろう。


「トール様、今日からよろしくお願いいたします。この者たちは必要な資材や、お世話をさせていただくための者です」


二人の男がぺこりと頭を下げる。


「クサーヴの『加護』の事がありますので、この者たちは最寄りの町までということになります。では出発いたしますが、準備はよろしいでしょうか?」


「その前に、その横の機械は馬無しで動く車というやつですか?」


「おお、トール様これをご存知でしたか。馬車だと時間がかかりますので、これで移動しようと思いましてね」


そう、前に皇都で見かけた自動車があったのだ。自動車と言っても、令和の日本で走っていたような洗練された車ではなくて、世界史の教科書に出てくるような大きな板の上に皮張りのベンチの前にハンドルっぽい円状の物、足元にペダルのような物、そして後ろの方にエンジンらしきものが乗っているような自動車だ。

エンジンの横には大きな石がある、あれは多分精霊石だな。この大きさになると、相当値が張るはずだ。


「この町にはエーファ様がいらっしゃるので、調整をお願いいたしました」


エーファとも知り合いだったのか。この自動車っぽい乗り物はエーファが発明した物らしいからな。エーファはマジで天才発明家だと思う。今後とも彼女とは仲良くしておかなければならない。発明品に対して、お金を渡そうとするといつもそんな物は要らないと言われるので、その内とんでもない事を要求されそうで少し怖い。


「これに乗って行くという事ですか?」


「ええ、お嫌ですか?」


「嫌では無いんですが、私はこいつに乗って行くので大丈夫です」


そう言って、エジプト座りしていたミズーをポンと叩く。


「ああなるほど、そういう事ですか。では我々はこの車に乗って先導いたしますので、後ろからついてきてください」


「そう言えば、私が車に乗ったらそちらのお二人の少なくともどちらかは乗れなかったと思いますが、どうするつもりだったんですか?」


「まったく問題ありませんよ。走ってついてこさせるつもりでしたので」


走って?? う、嘘だろ……?



エルフリーデがエンジンらしき物の横で何かをすると、ドルルンという音と共に動き出したらしい。エルフリーデが運転席に、後ろのベンチに二人の男が荷物と共に乗り込んだ。


「今日はアーヘン州南の町に宿泊予定です、では出発します」


その声と共に、自動車が動き出した。俺がミズーにまたがると、ミズーもまた自動車を追って走り出した。


そのまましばらく進んでいく。速度としては馬車よりは早いが、いつものミズーよりは遅い感じだ。遠目に見てもガタガタ揺れているので、サスペンションのような物はまだ発明されていないのかもしれない。サスペンションやスタビライザーをエーファに教えたら嬉々として開発するだろうな。


『うーむ、お主らからすると便利な乗り物のようだが随分遅いな』


ミズーは速度にやや不満なようだ。


「まあ、お前に比べるとな。それでも馬車よりはだいぶ早いとは思うぞ」


『しかし、やはりと言うか面倒な事に巻き込まれてしまったな。報酬は随分良いようだが』


面倒ごとだと言いつつも、ミズーの言葉には喜びを含んでいるようだが。面白い事が起こるかも程度に考えてそうだ。


「報酬と言ってもなあ、最近は金に困ってもいないし。とは言え、ホルアクティと『大いなる天主』に逆らう事は出来ないから仕方ないよな」


『流石に我でも奴らはどうしようもない』


「とっとと終わらせて戻りたいな」


『然り』


ゆっくりとしたペースなので、エルフリーデ達とは声が聞こえない程度に少し離れ、ミズーと雑談をしながら南へと進んでいく。



アーヘン州の町に泊まり(もちろん宿泊費や食費は全て向こう持ちだ)、次の日の夕方近くになってようやくレッリンハウゼ州に入った。

今日は州境の町に宿泊するらしい。


町にあるレストランのような所で、エルフリーデと共に食事をとる。この店はミズーが入っても良いらしく、ミズーも横で食事をとっている。


「さて、トール様。レッリンハウゼに入りました、ここから東寄りに進んでいっておそらく一日半ぐらいで目的のローテングに着きます」


「ザレで聞いていた予定通りですね」


「ローテングには天神教の教会がございますので、一旦はそこに滞在します」


「そこからは?」


「レッリンハウゼ州の領主や州軍と話はついていまして、既に協力して内偵は進めております。もちろん、十分な悪事の証拠は得られています。従って、時を見てクサーヴ教の本部に突入しクサーヴを誅すれば終わりです」


「生きて捕らえる感じですか?」


「いえ、奴の『加護』が危険なのでその場で殺します。それは私にお任せください」


人心を掌握する『加護』だから生きて捕らえると、周りの人間の心を操作して逃げ出す可能性があるからか。ま、道理だな。

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