第171話 挑発の結果
「そもそも親父に言われたからあんたに従ってるだけで、こんな所とっととおさらばしたいんだよな。まったく親父も親父だ、ちょっと暴力沙汰を起こしたぐらいで、勘当扱いにしてこんな所に無理やり入れやがってよ。ここに来てまだ三日だがもう嫌になってるぜ」
カーマンスと呼ばれたツンツンヘアーの男は、エルフリーデにも反抗的な態度を取っている。懲罰的なアレでこの教会に入れられているのだろうか?
「その態度では、バルリングン殿に更生したと報告するのは無理だな」
そう言われると、ケッと言ってからその場に唾をペッと吐いた。
「カーマンス、司教様に向かってなんだその態度は!!」
「いい加減にしないか、カーマンス!」
近くにいた男たちがカーマンスを咎めているが、本人はどこ吹く風だ。
「ここに連れて来たって事はそのヒョロヒョロもそこそこ強いのか? そうだ、司教様。その男をボッコボコに出来たら、俺を認めてくれるってのはどうだ?」
何の思い付きだ、そんなもん通るわけないだろ。そう思っていたが、エルフリーデは顎に手を当てて少し考えてからこう言った。
「トール様。いかがでしょう、カーマンスとお手合わせいただけませんか? 依頼料とは別に、立ち合い料をお渡しもしますゆえ」
「ええっ!?」
うわっ、めんどくせえと思っているとエルフリーデが近づき小声で話しかけてきた。
「見て分かる通り、狩人としたら六級程度の小物です。実は、ホルアクティ様より行く前に実力のほどを確かめておくよう言われておりまして。それも兼ねてお願いできませんでしょうか?」
ホルアクティから言われた事、つまりここにわざわざ呼んだのもそれもあってか。その名前を出されるとしんどいな。……ホルアクティをだしに使っただけで、実際はクサーヴ教へ殴り込みに行く前に、俺の実力を自分の目で見ておきたいという事な気もするが。
「……はあ。私は拳法家ではなく槍使いです、この槍を使っても?」
「もちろん、構いません。カーマンス、どうだ?」
「やった!! これはツイてるぜ、そんな弱そうなやつをボコるだけでここから出られるなんてな。ああ、槍でも剣でも好きに使えよ、ヒョロヒョロ」
さっきからヒョロヒョロと言われているが、それなりに鍛えてはいるつもりなんだけどな。実際細めではあるが筋肉質な体を維持しているし、ジルにもお褒めの言葉を頂いている。
というのも、薬草の採取ついでに害獣狩りを定期的にしてはいるからだ(害獣狩人としての等級を上げないために、報告はしていないが)。ここの人たち並にムッキムキのデカい体になったら、今度はジルにドン引きされそうだ。
ともかく、カーマンスとやらが良いと言ってるんだし、この天授の武器を遠慮なく使わせてもらおう。リュックを降ろしてから、槍を両手で持ち直す。
「これって、殺してしまったらどうなります? 捕まったりとか?」
エルフリーデは首を横に振る。
「いえ、ここでの戦闘において死を伴う事については、先立って入信する際に確認を取っております。ご心配なさらず」
「ハハハッ、てめえ程度が俺に勝つどころか殺す心配なんてする必要ねえよ! 自分の命の方を心配するんだな!! 殺せるもんなら殺してみろよ!」
「そうですか」
カーマンスは指をポキポキと鳴らし、首をぐるぐる回して準備をしているようだ。こちらも槍を構える。
「俺様最強の喧嘩殺法で速攻ボッコボコにしてやるぜ!! 死んじまうかもな!!」
そう言って、カーマンスがこちらに走りながら左手で攻撃してきたが、腰も入ってないパンチで、拳速も遅い。これじゃエルフリーデはおろか、さっき頑張っていたユリアンにも到底かなわないだろう。これでよく自信満々だったな。
カーマンスの攻撃を体を回転させながら避け、そのままの勢いでカーマンスの後ろに回り込むように半回転し、同時に遠心力を存分に付けた槍をカーマンスの背中に思いっきり叩きつけた。
バガァンという大きな音と共に、カーマンスが建屋の壁まで吹き飛んだ。……一応、峰打ちにはしたつもりだけど死んだかな?
壁を見ると、前面から壁に激突した後、ずるずると仰向けに倒れ込んだカーマンスがヤバイ感じで痙攣しているのが見えた、一応はギリギリ生きてるっぽいか?
ろくでもない悪党と対峙する事が多いから、いつものように殺すつもりで槍を背中じゃなくて後頭部か首に叩きつけるところだったが、この槍でそうしてたら、首の骨が折れるか、首自体もげていたかもしれない。峰打ちで背中なら殺意は無かったとギリギリ言えるだろう。
しかし、体のキレが前にも増して良くなっているのをはっきりと感じる。これはおそらくこの前に『不動なる地母』がくれた力のおかげだろうな。あと精神面がどうも最近諸々図太くなってるような。良く言えば泰然自若ってやつだろうか?
「そこまで! すぐに手当てせよ!」
見守っていた男たちがカーマンスに駆け寄り、そのままどこかへ運んで行った。
エルフリーデは俺に向かって頭を下げた。
「不肖の信徒を使って試すような真似をして申し訳ありませんでした。先ほど申しました通り、立ち合い料をお支払いいたしますので、どうかご容赦を。構えからしてブフマイヤー流槍術、それもかなりの使い手なのがすぐ分かりました。やはり、神託の通りです」
これだけで、ブフマイヤー流と見抜かれたか。
「その上、今使っておられる槍は神器ですね?」
「神器とは?」
「神が与えたもうた武器の事です、市井では『天授の武器』と呼ばれていますね」
「なるほど」
確かにこの槍は『天授の武器』と呼ばれる特殊な槍だ。
「失礼ながら、その槍を少し持たせてもらっても?」
「ええ、どうぞ」
気軽に渡すのは不用心かもしれないが、この槍は俺以外には八十キロ以上に感じる槍だ、つまりまともに扱えないのだ。エルフリーデに手渡すと、ギョッとした顔をしたが右手だけでなんとか持ち上げている。
「なんと、ここまでの重量がある槍を軽々と扱われているとは。これは私ではとてもじゃないが扱えませんね。お見逸れいたしました」
そう言って、俺に槍を返して来た。というかこの人、扱えないとは言いつつも体のバランスを崩すことなく、この槍を片手で持ち上げてたぞ、どんなパワーだよ……。
「さて、トール様。ローテングに向かう日取り、クサーヴ教へ乗り込む段取りについて相談させてください。どうぞ、こちらへ。ああそうだ、先ほどの手合わせの報酬についても話をせねばなりませんね」
その後、諸々相談を行った。やっぱり気は進まないが、さっさと済ませるしかない。
カーマンスを文字通り半殺しにしたことで、バルリングン氏とやらが悪党を率いて後々お礼参りに来たりしそうだなと思っていた。だが、諸々終わった後日、菓子折りを持って本当のお礼を言いに来てくれた。どうもカーマンスは背骨を大きく損傷した事で、あの後喧嘩をするどころか、一人で生活するのも厳しい体になってしまったらしい。父親に見放されたら生きてもいけないという事で、すっかり大人しく真面目になって助かりましたとの事だ。以前から素行の悪さにほとほと困り果てていたらしく、エルフリーデの所でも更生しなかったら、最終手段も含めて色々考えていたらしい。
お礼を言われたが、う~んこれで良かったんだろうか? なお、菓子折りはほぼミズーが食べてしまった。
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