第170話 拳法
ドアから石畳が敷かれた外に出ると、その眼前には筋骨隆々の男たちが一所懸命に体を鍛えている光景が広がっている。暑苦しい事この上ない。髪の色や髪型こそ様々だが、全員白いノースリーブのシャツに黒いズボンを履いている。女性はいないようだ。まあ、ここにジルやエーファみたいな女性がいても違和感しかない。
しかし、これが教会? ぱっと見だと地球にいた頃にみた映画の少林寺のようにも見えるが……。
腕立て伏せをしていた男たちが、ドアを開けてエルフリーデが入ってきたのに気づくと、素早く立ち上がり整然と並び直立不動になった。
「師父様!! お帰りなさいませ!!」
師父と呼ばれたエルフリーデは少し嫌そうな顔をした。
「だから師父と呼ぶんじゃない!! そもそも私は女ですよ!! 司教って言いなさい!!」
「失礼いたしました!!」
筋骨隆々の男たちの野太い声が響く。まあ、エルフリーデは師父と呼ばれるのに相応しいナイスガイではあると思う。あっけにとられて見ている俺にエルフリーデが気付いた。
「変なものを見せてしまって申し訳ありません、トール様。天神教の教義は『人事天命。天は自ら助くる者を助く』なのです。その取りようは司教によって異なりますが、私は心身共に鍛え、日常や困難に立ち向かう事と解釈しております」
「はあ……」
「ですので、天神教の教徒は日々の暮らしも一所懸命、体を鍛えるのも一所懸命、そして一所懸命の日々の中、時々天神様に感謝し祈る。そのように過ごしております」
それで、筋肉ムキムキマッチョマンの変態だらけになってしまったのか。いや、生活を制限してまでひたすら神に祈ったり、所構わず自分の宗教観や決まり事を周りに押し付けるような狂信的迷惑宗教に比べたら健康的で良いとは思うが。
「司教様!! 稽古をつけて頂けませんでしょうか!!」
一人の男がエルフリーデの方を向き挙手している。
「これっ! 客人がいるのが見えないのですか?」
これはエルフリーデの実力をはかるのに丁度良いかもな。
「私の事ならお気になさらずとも」
「しかし、使徒様……。いや、これは丁度良いかもしれませんね。ではトール様、私の実力をご覧ください」
そう言うと、エルフリーデは男に向かって手招きをした。
「良いでしょう、かかってきなさい」
「ありがとうございます、司教様!! では!!」
男は拳法使いのような構えをするが、エルフリーデは後ろで手を組み直立不動のままだ。
「はあっ!!」
男が掛け声と共にエルフリーデに駆け寄り、すばやく正拳付きを放った。だが、エルフリーデは後ろ手を組んだまま最小限の動きでそれをかわす。
「でやっ!せいッ!せいッ!」
男は動き回りながら、正拳、裏打ち、手刀打ち、掌底などを連続で放つが、エルフリーデにはかすりもしない。拳法の素人目にも動きは悪くように見えるが……。
同じ姿勢のまま、最小限の動きでエルフリーデは攻撃をかわし続ける。どうやら、エルフリーデは『加護』があるにしても、相当な達人なのは間違いなさそうだ。
「まだまだですね、ユリアン。鍛え方が足りません」
肩で息をしているユリアンに比べ、エルフリーデは余裕も余裕でまったく息が切れていない。
「くそっ! まだまだぁ!!」
ユリアンがさらに攻撃を続けようとしたその時だった。エルフリーデが緩やかな動きをしたかと思ったら、無駄のない体捌きで流れるようにユリアンの胴へ掌底を叩きこんだ。掌底を食らったユリアンは体がくの字になって五メートルほど吹き飛び、勢いのままゴロゴロ転がりやがてうつ伏せに倒れ込み動かなくなった。
おいおい、死んでんじゃねえか? そう思ったがユリアンは腹を抑えながらヨロヨロと立ち上がった。
「司教様……、ありがとうございました」
声はかなり弱々しかったが、大丈夫なようだ。
「うむ、まだまだ精進が必要ですね。今日はこれで休みなさい、体を休めるのも時には必要なことです」
ユリアンは礼をすると奥の方へ歩いて行った。手合わせが終わったエルフリーデがこちらに振り返った。
「トール様、私の実力はいかがでしょうか? 並の者には引けを取らぬつもりですが」
「あれは拳法ですか?」
「はい、キストラン流天神拳という我が家に代々伝わる拳法です」
人体にあるツボ的な所を突いて体の内部から爆殺出来そうな拳法名だ。
エルフリーデがかなりの実力者という事は分かった、確かにこれなら二人と一頭だけで十分だと判断するか。そう思っていると、筋骨隆々の男たちの一人が声をかけてきた。
「司教さまあ、その横にいるヒョロヒョロの男はなんですか? ハハッ、クソ弱そうだな」
声をかけてきたのは、金髪のツンツンヘアーをした青年のようだ。初見の印象だと、何か反抗的っぽい男だ。それなりにはゴツいが体の鍛え方もそこまでで、他の男たちとは劣って見える。
「カーマンス!! お客人であるトール様に失礼な口をきくな!!!」
「そうは言っても司教さま、ここは心身ともに鍛える場。こんなヒョロヒョロに敬意なんて払う必要ないでしょ」
そう言って、ヘラヘラと笑っている。仮にも師匠である人が連れてきた客人にナメた口きいたらまずいと思うんだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます