第168話 シスター
ホルアクティが来てから数日経った、今の所ここに薬屋に用事がある以外で来たのはエーファぐらいで使者らしき人間は来ていない。ちなみにエーファは以前より要望していた温水洗浄便座やタンク式トイレを作り上げてしまった、本当に優秀な発明者だと思う。我が家にて絶賛使用中で、エーファがその確認のために来たわけだ。
ヴァンド湖は水兎が浄化してるからそれなりに奇麗な水ではあるらしいが、流石に川から引いた水をそのまま使ってケツを洗うのは良くないと思うので(病原菌耐性がやたら高く、体も特別頑丈な俺とジルなら平気な気もするが)、浄水システムが要るという事を伝えるとそれもエーファは解決して見せた。エーファへの依存度がどんどん上がっていっているが、これもQOL向上のためだ。
「使者が来るとか言ってたけど、それらしき奴は全然来ないな」
今日も暇な薬屋を営みながら、板間のスペースで椅子にだらけた座り方をしながらミズーに話しかける。
『お主からすれば面倒そうな案件だろうし、このまま来ない方が良いのではないか?』
そういうミズーも香箱座りをしながら、のんびりしている。
「宗教の殲滅ってどこまで求めているのか知らないが、宗徒までまとめてやってねって話だと大ごとだからな。このまま来ない方が良いに決まってる。そういや、今晩はタイキやダイチは来るのか?」
『おそらく来るであろう』
旅に出ているためジルもいないので、最近は一人と三頭で夜はゲームをするのが夜の日課みたいになっている。ミズーのうどんが夜食として出される事も多い。
ミズーと茶菓子を食べながら、たわいもない話をしていた時だった。
チリンチリン、ドアに取り付けられた鈴が鳴った。客のようだ。
「いらっしゃいませ」
姿勢を正して、挨拶をする。入ってきたのは修道服を身に纏った、ガタイの良いシスターだ。女性?だと思うが、服の上からでもはっきり分かるレベルで、全身筋肉ムキムキのマッチョウーマンだ。そして、その顔は掘りが深く眉毛が太い。女性ながら、昭和の濃い男前な感じだ。三十代ぐらいだろうか?
うん? よくよく見ると、この前に通りで布教活動をやっているのを見かけた人のようだ。
「失礼します。貴方様がトール様で間違いないでしょうか?」
「ええ、確かに私はトールですが」
「おそらく天神様からお聞きの事とは思いますが、私が天神教からの使者でございます、使徒様」
どうやらこの女性が、ホルアクティが言っていた天神教の使者の様だ。
「私の名前はエルフリーデ・キストランと申します。ここアーヘン州で天神教の司教をやっております。既にお聞きかと思いますが、クサーヴ教を滅するのにお力を貸していただきたい」
司教って結構偉いんだっけ? ともかくホルアクティが言っていた通りだ。とするとこの女性が詐称って事も無さそうかな。ミズーの方をちらりと見ると、それを分かっているのか小さくミズーは頷いた。
「しかし、天神教はかなり大きい宗教組織でしょう? そのクサーヴ教がどれぐらいの規模なのかは知りませんが、ただの薬師である私の助力が要りますかね?」
「おっしゃる通り、ただの悪質な新興宗教であれば我々だけでも殲滅できるのですが……」
「他に何か理由があると?」
「実はそのクサーヴ教の教祖であり神そのものであると名乗る男が問題なのです、その男の名はクサーヴ・ヴソルト。奴は人心を操作する『加護』を持っております」
どれぐらい操作できるのかは分からないが、フロレンツの『傀儡の加護』ぐらい操作できるとすると脅威だな。仮に強い人間で襲い掛かったとて、人心を操られて反逆するという事も有り得るわけだ。
「そこで重要になってくるのがトール様なのです」
「私ですか?」
「精神、つまり魂に働きかけを行う『加護』は、その者が縁を結んでいる神よりも上位の神や調整者と縁を結んだ人物には通用しません」
話が見えてきたな。
「つまり、至高神である天神様の使徒であるトール様にはクサーヴの人心操作は一切通用しないのです」
なるほど、それで協力しろということだったのか。
「神託によると私自身にも人心操作は通用しないようです、ただ一人ではという事でトール様にもご助力をお願いしたいとそういう事になります。宗徒のほとんどはクサーヴによって人心操作されている者。つまり、クサーヴさえ葬ってしまえば、後はどうとでもなるわけです」
「クサーヴを倒してさえしまえば、『加護』による洗脳が解けると?」
「おっしゃる通りです」
「なるほど。という事は、エルフリーデさんも『加護』をお持ちで?」
「この体を見れば分かるかもしれませんが、有難い事にとある神より『体力の加護』を授かっております」
そう言ってぐっと腕を曲げると、女性とは思えない立派な力こぶが出来た。全身も修道服がパッツパツになるレベルで良いガタイをしているので、やっぱりそうなのか。
「クサーヴは『加護』を使って、罪もない人々を操り、宗教の名のもとに好き放題やっているようです。皇国のためにも、天神様の鉄槌を下す必要があります」
厄介そうな話だが、ホルアクティの言う通り断る事は出来ないだろう。
まいったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます