第138話 愚王の最後

時は、トール達がヘルヒ・ノルトラエを去ってからの事。


ここは王国と皇国の国境付近に設けられた緩衝地帯、入国審査を行う建屋だ。

こののところ、入国出国手続きはほとんど行われていない。皇国側は流行病の関係なのだが、王国側についてもキナ臭い動きがあるらしい事が原因のようだ。


屋敷の中で書類仕事やっている兵士がいる、ややこしい書類に少し苦戦している。

今日も鬱憤が溜まりそうだと思っていた時だった。


「バーナー様、一大事です!!」


一人の兵士が息を切らせて、駆け込んできたのだ。


「急にどうした?」


書類仕事を止め、肩で息をしている兵士の方を見るバーナー。バーナーはこの施設の責任者でもある。


「王国が軍としてここに攻め入ってきます!! かなりの大軍隊です!!」


「な、な、なんだと!!」


驚きはしたが最近の状況を考えると割と納得するところもある、ここの所のキナ臭い噂が真実だったという事か。


「手順書に従い、総員皇国へ退避だ!! 急げ!!」


「はっ!!」


万一、王国が攻め込んできた場合についても想定はされており、その際は総員で門を抜け皇国側に退避する事になっている。

バーナーも外に出て指示を始める。


「慌てるな!! 荷物は持って行かなくともよい!! 総員、落ち着いて門を抜けよ!!」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「エドモン王、緩衝地帯の皇国兵士は全員逃げ出したようです」


その報告を満足そうに聞く、二十人ほどに担がれた神輿のような物に乗ったエドモン。金色にギラギラ輝くやたら派手な金属鎧を纏っている。


「グフォフォフォフォフォ、皇国の兵士は腰抜けよのう。やはり好機じゃ、門を破壊し一気に皇国へ攻め入るぞ!! 破壊槌で木っ端みじんにせよ!!」


「はっ!!」


数だけは多い王国軍が門へと進み、破壊槌で国境の門を攻撃する。


ドーンッ、ドーンッ、ドーンッ!!


それを醜悪な笑顔で見守るエドモン。やがて門が破壊された。


「よし!! 全軍進め!! ヘルヒ・ノルトラエを一気に攻め落とすのだ!!」


おおーという野太い掛け声が辺りに響く。それとともに門を通り、皇国へと進んでいく王国軍。



王国軍がノルトラエ州へと入りしばらく進軍した、遠くにヘルヒ・ノルトラエらしき町が見えてきた。


「あれがヘルヒ・ノルトラエか。む、あれはなんだ」


「皇国軍のようです、フフッしかし我らが王国軍に比べると随分規模が小さいですな」


ヘルヒ・ノルトラエの前には皇国軍が展開していた。


「グフォフォフォフォフォ、あの程度の軍で我が王国軍を御せるとでも思っておるのか。ニクラウスはこの程度の愚か者か」


「王の仰る通りですな」


「皇国軍を一気に踏みつぶせ!! 全軍、突撃せよ!!!」


エドモンの号令と共に、王国軍が一気に皇国軍に押し迫る。エドモンが一刻(一時間)もすれば潰せるなと思っていた時だった。


ドーンという大きな音が辺りに響き渡り、王国軍の前方に大きな爆発が起こった。


「な、な、な、な、なにごとだ!!」


「皇国の新兵器やもしれませぬ!!」


そう言っている間にも、ドーンという大きな音が絶え間なく響き渡り、その度に王国軍で大きな爆発が起こる。遠目にも人が吹き飛んでいるのが見える。


「くそっ、皇国めが!!!」


悪態をついているエドモンの元に、伝令兵が状況を伝える。


「第一師団、壊滅です!!」

「第三師団半壊です、御指示願います!」


酷い報告が続き軽いパニック状態となったエドモンが考えようとしていた時だった、前方へ空から無数の矢が降り注いできたのだ。


「馬鹿な!! この距離で矢が届くわけがない!!」


矢には火がつけられた物も混ざっており、王国軍は混乱の極みだ。慌てふためく王国軍を見て、ふとエドモンはユーグの言葉を思い出す。



『父上!! 皇国に攻め入るなどおやめください!! 多少の損害程度で揺らぐような国ではございません!』

『父上、今一度御考え直し下さい!! 皇国はそんなに甘い国ではございません!!」』



「愚か者はユーグではなく朕だったという事か……。まさかここまでの差があるとは……」


「王、御指示ください!!!」


「……撤退する、全軍急ぎ王国へと戻れ!」


エドモンの言葉と共に一斉に王国へと撤退する王国軍、だが皇国軍は執拗に『砲』や矢による追撃を続ける。

門まで急げ、あそこを越えれば一息つけるはず、エドモンがそう思った時だった。


「王!!」


その叫び声にハッとして上を見ると、何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。それがエドモンが見たこの世の最後の光景だった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



王国軍が無様な醜態をさらしているのを冷たい目で見ている男がいた、ホシルガー・ゼーベックだ。


「あの巨大竜を契機に、『砲』の改良と増産を進めた結果が出たという事もあるが、王国軍がここまで脆い物とは思わなかったな。手こずる戦略や『加護』使いが多少なりともいるかと思ったが」


傍に仕えていた参謀が戦場を見ながら、それに応える。


「兵の数こそ我らの数倍以上だったようですが、ここから見る限りでは指揮系統は滅茶苦茶、装備も皇国が一昔二昔前に使っていたようなお粗末な物のようです」


「論外だな。それに加えて、姫君にご準備頂いた『砲』がこれだけあっては手も足も出ぬか。我が軍の被害はどうだ?」


「報告ではごくごく軽微、ほぼ無しという状況です」


「結構。しかし王国兵士の遺体は早急に処分せねばならぬ、腐ると厄介だ。しかし、数が多くて面倒な事だ」


「それについては総合ギルドの助力も得ようかと」


「狩人を使うのか。その費用も賠償に含めて貰わねば」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



これが後に伝えられる、『第三次プリヴァ・ゾーゲン戦争』と呼ばれるものである。戦争と呼ばれてはいるが戦闘は一度きり、しかも大軍で攻め入った王国軍の大敗で終わっている。


プリヴァ王国のみ甚大な被害を被った事から、この戦争を機に王国は大きく国力を落とす事になった。

そして、この時に戦死した当時のプリヴァ王国の王だったエドモン・プリヴァは『世紀の愚王』として後世に伝えられることになる。

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