第137話 レッタッケの町

「それで、ジル。ニーザクセ州のなんていう町に行くんだ?」


ヘルヒ・ノルトラエを出た俺たちは、いつも通りミズーに乗って北へと進んでいる。


そうなるだろうと思っていたので、予めユリーに相談してボトロック家から許可証を貰ってはいたが、それでもやはりヘルヒ・ノルトラエを出る時にかなり念入りに病気が出ていないか確認された。さらにそこから発症しないか確認するためか、仮設で作れられた宿泊所のような場所に、それなりの日数拘留される事になった。そして、ようやく町の外に出る事が出来た。


現時点で、普通の住民が町の外に出るのはほぼ不可能なようだ。町の周りもかなり念入りに巡回をしている。ニーザクセ州にはサクッと入る事が出来るのだろうか?


「レッタッケって町に行きたい。そこでは本格的な冬に入る前に豊穣祭をやってるんだ」


「ふーん、どういう祭りなんだ?」


「美味しい食材や酒を持ち寄って、神に来年の豊穣を祈願する祭りだよ」


「とすると、天神教に関係するような話か?」


天神教とは皇国に広まっている宗教の事だ。と言っても、過激な思想だったり異常な寄付が要請されたりするような宗教では無いらしい。天神教では『加護』は神が与えたもうたものという事で、『大いなる天主』がそれに当たるのだろうか。


「うーん、どうだろ? 集まって飲み食いしたり、歌ったり、踊ったりとかで宗教的な儀式はあんまり無かったなあ。古くから伝わる独特の歌があるって聞いて立ち寄ったんだ、前に来た時に覚えたら演奏者として来て欲しいと要請される事もあってね」


聞いた限りでは、宗教的な意味合いが薄い祭りのように思える。


『それでジルヴィアよ。そのレッタッケにはどうやって行けば良いのか?』


「この道に沿って北へどんどん進んでいけば着くはずだよ。前に行った時は、西の町外れに無人の家があってそこで寝泊まりさせてもらったよ」


『分かった、ではこのまま進むぞ』



懸念していた通り、ノルトラエ州とニーザクセ州の境でも、念入りな巡回や大々的な検問が行われていた。ここでは症状が出ないか確認のため四日程度拘留されるようだ。



指定されている宿で四日滞在して、問題ないと判断されニーザクセ州に入った。


「ここからどれぐらいで着くんだ?」


「ミズーの速さだったら、丸一日ぐらいで着くかもしれない」



ジルの言っていた通り、夕方付近で目的としていたレッタッケという町に着いた。

町を見ると、飾りつけのような物やモニュメントのような物がちらほら見える。


「んで、ジル。ここからどうする?」


「前に来た時と同じ家を借りられるか聞いてみようよ」


そう言うジルを先頭に街を進んでいく。とある大きな家の前に着いた。


「ここは?」


「さっき言った家の持ち主の人」


そう言ってから、ドアをノックするジル。


「はぁ~い、どなたかな?」


中から穏和そうな白髪の老人が出てきた。


「ん……、おおジルヴィアさんじゃないか。今年の祭りにも参加してくださるのかね、流行病もあってか外から人を呼べなくてね。楽器を弾く者をどうするかって話になっていたんだ」


「お久しぶりです、イーミールさん」


「そちらの男性は?」


「私の夫のトールです、祭りに誘ったんですよ」


軽く礼をしてから自己紹介をする。


「どうも、トール・ハーラーと申します」


「これはご丁寧に。祭りが賑やかになる分には大歓迎だよ、楽しんでいっておくれ。ジルヴィアさん、ここに来たって事は前と同じ家を借りに来たのかい?」


「ええ、そうなんですよ。借りられますか?」


「ああ、空いとるよ。ちょっと待ってくれ」


そう言って、部屋の中に入っていき、少しして戻ってきた。


「これが鍵だ、賃借料は前と同様に楽器の演奏代と相殺でどうだい?」


「それでいいです」


「そうかい、それじゃ当日は宜しく頼むよ」


「今年はいつ開催ですか?」


「一週間後だ、それまではこの町でゆっくりしていってくれ」



借りた家の方へ二人と一頭で向かって行く。


「結構ギリギリだったな」


「もう少し、ヘルヒ・ノルトラエでゆっくりしてたら間に合わなかったねえ。ああ、そこだ」


町の最西側、王国との間にある山脈側にそこそこの大きさの平屋があった。俺が皇都に持っている家より少し狭い感じだ。他の家から少し離れめなのはミズーがいる事を考えると都合が良いかもしれない。


『ふむ、ザレの家や皇都の家より少し狭いな』


「まあ、少し狭いかもしれないけど我慢してよミズー」


鍵を開けて中に入る、中は定期的に清掃されているのか埃が積もっていたりという事はなかった。

一通り中を見て、庭に出るとレンガで出来たバーベキューコンロのような物と、金属で出来た網が置いてあった。


「おっ! あれを使ったら外でバーベキューが出来そうだな」


『ばーべきゅーとはなんだ?』


「野外で薪とか炭とかを使って、色々な物の焼き料理を作る事だ」


燻製料理とかもそうか。


『町にいるのであれば、部屋で料理すれば良いではないか』


「こう、外でやる事で開放感があると言うか……」


『ふうむ、そういうものか? まあ一度試してみようぞ』


「やるにしても、まず網を洗わないとな。ジル、この器具は使っても良いのか?」


「良いと思うよ。マーケットで野菜とか色々買ってきて焼いてみようよ。この辺りは黄土キビや米で有名だよ」


黄土キビというのはトウモロコシに似た植物の事だ。醤油などの調味料は持ってきているから、そのまま塗ったり、少し砂糖を混ぜて塗ったりして焼いたら美味いんじゃないか。


『パンも焼けるのだろうか』


「パンは多分無理だぞ」


『タイキとダイチも呼んでやろう』


「ここは祭りが終わるまでしか滞在しないから、麻雀が欲しいはやめてくれよ」


『良かろう』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る