第136話 皇国の為政者たち

ここはゾーゲン皇国、玉座の間である。皇帝であるニクラウス、内務卿のバルタザール、外務卿のメルヒオール、軍務卿のマルセル、そして皇女であるヴェンデルガルドがそこにいた。


「して、ヘルヒ・ノルトラエの流行病はどこから発生したものなのか? 調べはついておるのかバルタザール」


「はっ。病気を患った王国の民たちが国境にあるフィーテル山脈を無理に超え、それをヘルヒ・ノルトラエの巡回兵士が手順書に従い拘留した事によると考えられます。」


「ふむ、定めていた手順書が悪い方へ働いてしまったか」


「あの山は険しく、害獣も多いゆえ民が無理に越えようとする事はありますまい。つまりは」


「エドモン王の悪意と言うわけか。あの王は一体何をしたいのか……」


「病への対応はどうなっているのか?」


「ヘルヒ・ノルトラエの薬業貴族、医師、薬師が当たっているようですが、過去に同様の病の例がないのもあって芳しくは無いようですな。しかしながら、例の『黒髪』が何やら動いているという話が入ってきております」


「その黒髪というのはヴェンデルガルドの病を治し、お気に入りになった例の男か?」


「如何にも」


ヴェンデルガルドは少し嬉しそうだ。


「彼が不世出の薬師である事は間違いない事実。何とかするやもしれませんの、父上」


「どちらにせよ、しばらくは成り行きを見守るしかあるまいな。検問は強化して、病をノルトラエの外へは出さないようにせよ。他の州へは絶対に広げてはならぬ。有効な対策が無いか、中央の薬業貴族にも検討はさせるように」


「そちらはぬかりなく」


「して、あの王の事だ。これを好機と判断して攻め込んでくる可能性はないか? メルヒオール、マルセルどうだ?」


外務卿であるメルヒオールが軽く頷き説明を始める。


「陛下のご賢察の通りです。おそらく巨大竜の件が王国に伝わり、さらに流行病を使った攻撃をすることで、皇国に攻め入る好機が出来ると思っているのでしょう」


「メルヒオールの言う通りかと」


「まったく、何故イラシオ大陸を荒そうとするのか……。王国と皇国それぞれで発展すれば良かろうに……」


額に頭を当てて、少し考えこむニクラウス。


「父上」


「なんだ、ヴェンデルガルド」


「実は、対抗すべく既にヘルヒ・ノルトラエへの『砲』の配備をマルセル卿と共に進めております」


「マルセルから報告は受けておる。何もないのが一番であるが、最悪の場合ノルトラエ州の民を守らねばならぬ故、止むをえまい」


「父上の仰る通りです。私も今後は為政に関わる事になる立場でございます、この度の一件、父上の名代として任せてはもらえませぬか」


「ヴェンデルガルドがか? うーむ……、少し早い気がするが……。まあ良かろう」


「父上、有り難き幸せにございます」


そう言ってカーテシーをするヴェンデルガルド。


「何かあればすぐに相談するのだぞ! では、次の話だが……」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ヴェンデルガルドが皇帝から王国との一件を任されてからしばらく経って私室に戻り、椅子に座って一息つく。


「喉が渇いたのう。お茶の準備をしてたもれ」


傍に控えていた二人のメイドの内の一人が軽く礼をして、外に出て行った。出ていくと同時に、部屋の隅の方から低い声がする。


「ご報告でございます。今のところ、全て姫様の見立て通りとなっております」


その声に慌てるでもなく、薄く笑みを浮かべて手持ちの扇子を優雅にあおぐヴェンデルガルド。傍に控えるメイドも顔色一つ変えない。


「ふむ、ほんに愚かな王だのう。流行病の対策とホシルガーの準備はどうだえ?」


「病には、ボトロックより要請を受けた例の『黒髪』が有効な対策を立てておりますようで。ゼーベック卿もつつがなく」


「ほう、そうかえ。しかしトール殿が市井にいるのはまこと惜しいのう。妾なり他の皇女なりの婿に出来ぬものか……。本人は無理にしても種だけでも取り込むべきか? ここは今後の課題だの」


の調査も思わっております」


「ほう」


「姫のご賢察には感嘆するばかりです。おっしゃっていた通りでございました」


それを聞いてヴェンデルガルドが薄っすらと笑みを浮かべた。


「やはりそうであったか。故きを温ねて新しきを知る、過去の事跡はおろそかにしてはいかんのう。これで妾の試算では、元が取れるどころか相当な益が出せるはず。しかし、罪もない民が病にかかり、様々な辛苦を味わっているのは金では完全に解決できぬ。愚王と王国にはツケを払ってもらわねばな」


「例の備えについても?」


「そちらは妾の見立てでは半々じゃな。だが、無辜の皇国民にこれ以上被害が出るのはまかりならん」


「承知いたしました、では」


その声が消えるぐらいで、メイドがお茶を持って部屋に入ってきた。


「今日の茶葉はどこのものじゃ?」


「はい、今日の茶葉は……」


ヴェンデルガルドの優雅なティータイムが始まった。

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