第133話 流行病対策会議(2)

「では、流行病対策会議を始める。まずは被害状況の報告から」


ノルトラエ州で定期的に行われている流行病対策会議が始まった。ノルトラエ州の領主でもあり、この会議の議長でもあるエッカルトは頭が重かった。

おそらくまた、吉報は全くなく被害が拡大している報告だけだろうからだ。


「では、罹患者の報告から。軽症者・重症者・死亡者ともにやや増加傾向です。詳しくはお手元の資料をご覧ください」


またか……、とエッカルトの顔は非常に暗い。


「ダメーアン、そろそろ新しい治療法や感染防止策や薬の開発は出来たのか?」


「試してはおりますが未だ有効な物は出来ておりません、閣下」


「いつになったら有効策を出せるのだ?」


「今しばらくお待ちいただければ」


一応は他の薬業貴族と協力しながら様々な薬や治療法を試していると報告は受けている、だが一向に前進している気配がない。そもそも薬業貴族同士や、市井の医師・薬師との連携が良くないとも聞いている。


エッカルトとダメーアンがそんなやりとりをしている最中であった。


ガチャリ。


会議場の扉が開けられ一人の男が堂々と入ってきた。


「遅れて申し訳ありません、ノルトラエ様」


エッカルトは会議場に入ってきた男を見て驚愕した。入ってきた男が、流行病に罹患し重症化したとの報告を受けていたアーブラハム・ボトロックだったからだ。


「ボトロック卿!? 流行病に罹患したと聞いていたのだが?」


「見ての通りです閣下。流行病は完全に克服し、会議場に来れるまでに体調も戻りましてございます」


「ば、馬鹿な!!」


思わずそう叫んでしまったのはダメーアンだ。ダメーアンの方を向いてニヤリと笑うアーブラハム。


「馬鹿なも何もこの通りですぞ、カスナー卿」


バンと胸を叩いて見せるアーブラハム。顔色は良く咳もしておらず、病人には全く見えない。健康そのもののようだ。エッカルト、ダメーアンに限らず会議場にいる人々は皆驚いている。


「ボトロック卿、一体どうしてそこまで治ったのだ?」


そう言うエッカルトに対して、アーブラハムの横に控えていたアルバンが軽く一礼をする。


「ノルトラエ様、以前に私が提案しようとした流行病に対策が功を奏した結果でございます。ボトロック家が懇意にしている薬師によって提案された、蔓延の予防方法、初期症状を緩和させる薬、非常に高価ですが重篤な呼吸器に関する症状を緩和する薬を使用した結果でございます。ボトロックにて管理している第一師団と懇意の州民の罹患状況はこちらにまとめております」


そう言って、アルバンが脇に抱えていた書類をエッカルトに手渡す。エッカルトが軽く目を通すと、街全域と比べ圧倒的に軽症・重症者率、死亡者率が低い。


「二人が装着している鼻や口を覆う布もその対策の一つかね。アーブラハムという確たる証拠がある以上、有効なのは間違いあるまい」


書類をダメーアンに向かって差し出すエッカルト。ひったくるようにして紙の束を読み始めたダメーアンはやがて紙束を持つ手が震え出した。


「そ、そそそそ、そんな馬鹿な!! この私ですら打開策を打ち出せていないのに、王国出身の程度が低い薬師がそんな事出来るわけがない!! ね、捏造だ!! この記録は捏造に違いない!!」


「捏造ではありませんぞ」


発言した主の方を一斉に皆が向いた。発言したのはホシルガー・ゼーベックだ。ゼーベックもちゃっかりマスクをつけている。


「第一師団で大きく改善したと言う話を聞いて、すぐにボトロック卿に確認させてもらった。この目で確認したが間違いはない。先んじて、第二師団でも同じ対策を取り始めたところだ」


「な、な、なななな……」


ダメーアンは顔を真っ赤にして口をパクパクしている。会議場がザワザワしている。


「だから駄目元でもボトロック卿の提案を聞いておくべきと言ったのだ」

「これではカスナー卿も形無しですな、これで筆頭薬業貴族とはお笑い草だ」


エッカルトが手を上げると会議場が静まり返った。


「なるほど、どうやらボトロック家が懇意にしている薬師に頼るのが一番の施策であるようだ。対策について詳しく聞かせて貰いたい」


「ノ、ノルトラエ様!?」


「それからカスナー卿は本日この今をもって、ノルトラエ州薬業貴族の筆頭職を解任する」


「そ、そんな馬鹿な!? この私をですか!?」


金切り声を上げるダメーアン。それを無視して続けるエッカルト。


「バーダー卿」


「はっ」


長いロングの金髪をポニーテール状にまとめた、中年男性がそれに応える。


「本日からバーダー家がノルトラエ州の筆頭薬業貴族を務めよ。そして、ボトロック家が懇意にしている薬師が提案している施策を州全域ですぐに行いたまえ。異論はあるか?」


「異論ございません。現時点で最も良い施策はその薬師のものでありましょう、このような緊急事態ともなれば立場に拘っている場合ではございませぬ」


「結構。それから、カスナー卿は本日よりノルトラエ州の流行病対策会議に参加しなくて良い。議場から出て行きたまえ」


放心しているダメーアンをお付きの者が抱えて、会議場から出て行った。


「以前の会議でアルバンの提案を詳しく聞き、適切な対応を取っていれば州民の被害をもっと少なく出来た。これは私の失策だ、後々責任は取らせてもらう。では、ボトロック卿諸々説明を頼む」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「そんな馬鹿な!! どこの馬の骨とも知れぬ愚民の薬師が、私より優れるだと!!」


とある屋敷に、酒を飲んで怒り狂っているダメーアンがいた。一応三級薬師ではあるものの、実力や実績としてはトールよりも遥かに低い。市井ではこういう薬業貴族を『貴い薬師』と皮肉っている。


それゆえ、まともな流行病対策を出せていなかったのだ。プライドの高さが邪魔をして他の薬業貴族や、医師や薬師との連携も全く機能していなかった。


あの会議から既に数日経ったが、未だ怒りは収まっていない。


「クソッ!! バーダーなんか私よりも劣ったゴミじゃないか!! 奴が筆頭など認められるか!!」


そう言って、酒が入ったグラスを壁に向かって投げつける。


「おのれ、王国の薬師ごときめ。私に立てついた事後悔させてやる……。ゴホゴホゴホッ!! ……ハッ、まさか」



程なくしてダメーアンが流行病に罹患しているのが判明した。必死で色々な薬を試すが一向に効果が無く、やがて重症化してしまった。腐っても貴族なので、初期の段階で『麻黄湯』などを取り寄せたり、重症化してからトールの『吸入薬』を手に入れる事も出来なくはなかったが、プライドが許さず、それに手を出す事は無かった。


結局、ダメーアンは肺炎によって死亡し、跡継ぎがまだ小さかった事もあり、カスナー家は没落してくこととなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る