第132話 特効薬

マスクやアルコール製造の見込みがついてからしばらく経って、マスクやアルコール消毒液などの感染防止策、『麻黄湯』などが功を奏したのか第一師団やボトロックに協力的な州民においては、流行病がかなり抑えられているらしい。


やはりインフルエンザと考えて処置して良かったようだ、王国の大元はどこから感染が来たんだろうな、鶏→ヒトだったりしたらもっと致死率が高そうだが。


予防策、軽症時の対策はこのまま続ければいいだろう、問題は肺炎にまで至った患者をどうするかだ。これについては考えが一応あって、まずダイチを呼んで専用の容器を作ってもらった。ちなみに、見返りは食い物じゃなくてやはり専用ダーツを要望されたのでザレに帰ったら作らないといけなくなった。


具体的には、元の世界でよく見られた市販のつぼ型の目薬より二回りぐらい大きいサイズの容器だ。構造を教えてスクリューキャップが作れるか聞いたが、問題なくダイチは作ってみせた。匠の猫だな。


「トール、ダイチにその容器を何個か作ってもらってたみたいだけど何に使うの?」


「重症者向けの薬を作ろうと思っていてさ、上手く行くかは分からないんだけど」


「へえ、どういう薬?」


元の世界のインフルエンザの薬に、『吸入薬』というものがあったのを覚えているし、使った事がある。要は、めちゃくちゃ細かい粉を吸い込んで使う薬だ。

これをこっちの世界で使えないかと考えているのだ。


と言っても、化学合成して作るインフルエンザ用の吸入薬は俺の『薬師の加護』では作るのが難しい。最初の一回目を作る事が出来ないからだ。

じゃあ、何を使うのかという事だが、『傷病回復薬』を使えば良いんじゃないかと思っている。


つまり、『二級傷病回復薬』を極めて細かいマイクロパウダー状で精製し、これをダイチに作らせた容器に入れ、重症者に吸入させる。

そうすれば、非常に細かいパウダー状の『二級傷病回復薬』が気管支や肺に広がり、呼吸器系の炎症を鎮められるのではないかという考えだ。特性状、肺や気管支に残り続けるという事もないだろう。


それを時々使いながら気管支や肺が重篤な症状になるのを抑えつつ、自分の免疫でインフルエンザウイルスを撃退するのを待つという算段だ。同じような理屈でロコモ? エコモ? みたいな名前の心肺装置を地球でも使っていると聞いた気がする。


極微細パウダー状の『二級傷病回復薬』が作れるのかどうか疑問だったが、『薬師の加護』で試してみたところ特に問題なく精製が出来た。

『薬師の加護』は精製場所を俺が見えている範囲なら自由に選ぶことが出来る、つまり容器の中に入れる事も出来た。


あとは、これを試してみるだけだが……。そう思っていたら、部屋のドアがノックされた。


「はい、どうぞ」


そう答えると、暗い顔をしたユリーが入ってきた。ちゃんとマスクは着用しているな。


「トール君……。トール君が作ってくれた『麻黄湯』、父にも飲んでもらっているのだが症状が進み過ぎているのかあまり効いていない。最近は呼吸がかなり苦しそうだ、このまま症状が悪化すると……」


ふーむ、アーブラハムが結構危ないのか。ユリーには悪いが渡りに船だな、この吸入薬を試してもらうか。


「ユリーさん、実は重篤な気管支や肺の症状に効果があるかもしれない薬の試作品が完成しております」


それを聞いて、ユリーが俺の手を強く握りしめてきた。ユリー、ソーシャルディスタンスは守らないと駄目だぞ。


「本当か、トール君!!」


しかし、そんな事を考える余裕が無いぐらい切羽詰まっていたみたいだな。


「ええ。ですが、これは過去に試したことも無いので本当に効くかどうかも分かりませんし、副作用が出るかもしれません」


「父はもうそんな事を気にしておられる状態ではないと思う。その薬を試させてくれ、責任なら私が取る」


まあ、俺が作った『傷病回復薬』だから、仮に効かなかったとしても変な副作用は起こらないとは思うが……。


「分かりました、では試してみましょう」


「早速、父の寝室に行こう」



アーブラハムの寝室に行くと、看護している人にゆっくりと上半身を起こしてもらったアーブラハムは、顔色が異常に悪く呼吸もかなり苦しそうだ。


「父上。トール殿が重篤な症状に効くと言う試作品の薬を作ってくれました。過去に使った事がない薬で副作用が出るかもしれません。ですが、何もしないと父上はもしかすると……」


それを聞いたアーブラハムはゆっくりと頷いた。


「ゼーッ……ゼーッ……、ゴホッ!! 自分の状態がどうなのかは自分が一番分かっている、それに私がどうにかなってもアルバンがいる……。是非私で試してくれ、ゴホゴホッ!!……もちろん、それで私がどうにかなろうとトール殿の責任は問わない」


「……分かりました、父上。トール君、どう使えば良いのか?」


薬が入った容器を取り出して、二人に見せる。


「この容器の中に非常に細かい粉の薬が入っています。キャップを回して開け、容器の先を口に付け薬を吸い込み、症状が出ている肺や気管支に付着させる事で症状を緩和させます」


「なるほど」


「使い方ですが、大きく息を吐き出してから、この容器に口を付け思いっきり吸い込みます。それで終わりです」


本来の吸入薬は吸入した後にうがいしたりしないといけないはずだが、『傷病回復薬』ならそれは不要だろう。


「分かった。父上、試してみてください」


看護している人に容器を渡し、アーブラハムに手渡した。


「ゼーッ、ゼーッ、ゼーッ……よし、行くぞ」


息を何とかととのえ、息を大きく吐き出し、容器から薬を吸い込んだ。……どうだ?


「はあ……はあ……はあ……。おお! トール殿、息や胸が一気に楽になりました!! 成功ですぞこれは!!」


「本当ですか父上!! トール君、ありがとう!!」


そう言って泣きながらユリーが俺に抱き着いてきた。ソーシャルディスタンス……、

うむ……ユリーは結構筋肉質だが、胸はそれなりにあるな。


そう思っているとじっとりとしたジルからの視線を感じた、マズい……。誤魔化すように、ユリーに抱き着かれたままアーブラハムに説明した。


「あくまで、この薬は病気の素を無くす薬ではありません、病気にやられた呼吸に関する臓器を一時的に修復する薬です。ですので、危なくなったらこれを使い、時間の経過で体から病気の素がなくなるまで待つという治療法になります」


アーブラハムが頷きながら腕を組む。


「なるほど、病気については自らの治癒能力で何とかするという事だな。それまで対処的に修復を続けるという事か。ユリー」


ユリーが俺から離れ、真っ赤な目でアーブラハムの方へ向き直る。


「何でしょうか、父上」


「特に重症の者を何人か選別して、この薬をすぐに試してくれ」


「そうですね。急ぎ選別します! トール君、本当にありがとう!! 薬の用意もよろしくお願いする」


そう言って、嬉しそうな顔でユリーは部屋から出て行った。


「して、トール殿。この薬はどれ程の価格で譲ってもらえるのか? ここまでの効果だ、安くない薬であろう?」


まあ、一回の使用量は少ない上に、俺の場合イリクサ草を取ってきて『薬師の加護』でポンなのだが。俺しか作れないのもあって大量に要求されても困るから、『二級傷病回復薬』の市価をベースに高めに設定しておくか。


「儲けが一切出ない程度で安く見積もっても、アーブラハム様が試された量で金札五十枚(約五百万円)が妥当な所ですね。おそらく、私にしか作る事も出来ないでしょう」


「……やはり、そうであろうな。私の分と、数人の分はボトロックで払わせてもらう。それ以上については、この結果を報告しノルトラエ様に掛け合う事としよう」


「分かりました。あと、この薬を私が作った事は絶対に秘匿としてください」


「これ程の薬だ、知られたら間違いなく面倒ごとに巻き込まれるだろうしな。それについては承知した。ユリーにも言いつけておく」


「この薬で、体力が戻るわけではありません。水分の摂取や、可能であれば栄養となる食物をしっかり取って体力をつけるようにしてください」


「承知した」

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