第129話 暗い思惑

「お待ちください」


エッカルトが続きを聞こうとすると、別の者が横やりを入れた。横やりを入れたのは薬業貴族であるダメーアンだ。エッカルトは内心ではアルバンの続きを早く聞きたかったが筆頭薬業貴族たるダメーアンを無視するわけにもいかず、ダメーアンに問いかけた。


「ダメーアン、何か言いたい事でもあるのか?」


「はい。王国の薬学は非常に程度が低く、皇国の六級・七級薬師と大して変わらない者しかおらぬと聞いております。さらに、王国出身の薬師ともなれば、実情は王国の間諜という事も考えられますぞ」


そう言われたアルバンがムッとして言い返した。


「既に移民としての条件は達成し、皇国民となっております。間諜ではありません、ボトロックが保証いたします」


「貴殿の保証があろうとなかろうと、この状況であれば間諜と疑うのが当然ではないか。ノルトラエ様、間諜の可能性も有るような程度の低い王国出身の薬師より私にお任せいただければ直に流行病は終息しますれば」


会議場では、


「ノルトラエの薬業・医業についてはカスナー卿に任せておけば良いのだ!」

「確かに王国出身の程度が低い薬師など使い物になるのか……?」

「駄目元でもボトロック卿の提案を聞いてみるべきではないか?」


それぞれが好き好きに発言をしている。エッカルトは少し考えこんだ。


一応は筆頭薬業貴族であるダメーアンをおざなりにするわけにもいかない、だがダメーアンが本当に効果がある対策を打ち出せるのか訝しんでいた。

アルバンの提案を聞くだけでも聞いてみるべきではないか、そう思いかけた時だった。ダメーアンがさらに発言する。


「では、その王国出身の薬師とやらの対策について、ボトロックが責任をもって第一師団と懇意の州民でお試しになればよろしいでしょう。万を越える人で試せば、効果も分かりましょうぞ。ただし、効果が無ければ今後口出しは一切無用に願いたい」


アルバンは少し悩んだが、打開策も無い今、トールに賭けるしかないと瞬時に判断した。


「筆頭薬業貴族たる貴殿がそう仰るのであれば、承知しました。まずは我々が管理している軍や懇意の者たちで試し、結果を示しましょう」


それを聞いて、ダメーアンがニヤリと笑う。


「実に結構。もちろん、十分な効果が出るような事があれば、筆頭薬業貴族たる我の目が曇っていた事と同義。いくらでも誹って頂いて結構、なんなら薬業貴族たる資格を問うてもらっても良い。閣下、いかがでしょうか?」


落としどころとしては妥当かとエッカルトは思った。その対策とやらが、画期的なレベルで効果が出る事があるまいとも考えての事だ。


「良かろう、アルバン効果のほどは後日報告してくれ」


「承知いたしました」


「では、次の議題についてだが……」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



会議が終わって人がいなくなった大会議場に、二人の人影があった。一人はダメーアン・カスナー、もう一人はホシルガー・ゼーベック。


「ゼーベック卿、どうせ王国出身の薬師など当てになどなりません。おそらく効果は全く出ないはずです」


ホシルガー・ゼーベックはノルトラエ州軍の第二師団を束ねる七級貴族だ。顎を撫でながらホシルガーがそれに応える。


「それは本当か? それで私に話があるというのは?」


ニヤリと笑うダメーアン。


「数週間後に何の効果も無かったとアルバンの奴から報告があるでしょう。その際、ボトロックでは第一師団を束ねるには判断力不足・力不足では無いかと私と共にご指摘いただけませんか。第一師団も併せて、高い統治能力をお持ちのゼーベック卿が管理なさればよろしいかと」


「……なるほど、そういう事か。見返りは何を?」


「もう少し各種薬の備蓄を増やして頂ければと思いましてね、それでもゼーベック卿に損はないかと」


「ほう。しかし、ボトロックに何か恨みでもあるのですかな?」


「アルバンの奴に少しありまして。まあ、それは良いではないですか。して、返答は如何か」


「本当に効果が無ければ、協力いたしましょう」


「おお、ゼーベック卿ありがとうございます。では、私はこれで」


満面の笑顔で大会議場を出ていくダメーアンをホシルガーが黙って見送った。


「まったくダメーアンは相変わらず小物も小物よな、今はヘルヒ・ノルトラエのために取れる手段は何であろうと試してみるべきだろうに。父君は立派な薬業貴族であったが、後継を選び違えたな。貴殿の考える通りに進めば良いだろうが……」


ホシルガーが独り言をつぶやくと、暗がりの方から声が聞こえる。


「ボトロックに協力している王国出身の薬師は、例の黒髪のようです」


「やはり姫君から連絡があったあの男か。実情は?」


「姫様から言付かって過去も遡って調べてみましたが、どうやら各地で影ながら相当活躍していたようです。それを踏まえれば、おそらくカスナー卿は終わりかと」


「オーリヤ・プリヴァの方はどうだ?」


「お見立て通り、準備を進めているのは確認できております」


「やはりか、報告ご苦労」


その声と共に暗がりの方から気配が消えた。


「こちらもそろそろ準備をしておかねばなるまいな。まずは報告しておくか」

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