第128話 流行病対策会議

とりあえずで作ってみた『麻黄湯』と『葛根湯』を初期の症状に効く可能性がある薬としてユリーとアルバンに紹介した。

この世界はキログラムに相当するキーグという単位はあるが、その千分の一になる単位が無い。計量帝は何故作らなかったんだろう?


だが、計量用の分銅と秤はあるらしいので二.五グラムに相当する量が一回分で一日三回飲めば良いと言うと、ボトロック家の方で薬包紙などは諸々手配してくれるようだ。


「私の薬師の師匠から教わったこの病の初期症状に効くとされる秘伝の粉末薬です。麻黄湯と呼んでいます。こちらは、効く可能性がある葛根湯と呼ばれる薬です」


そう言って、瓶に入れた薬を渡すとユリーは顔を綻ばせた。


「おお、トール君流石だな! 早速試してみたいが……」


「副作用が出たりする可能性も有りますので、まずは成人していて体力がありそうな人で試されるのが良いかと思います。可能なら男女両方試したいですね」


「そうか……。ボトロックが管理している軍で罹患している者がいるから、何名か有志を募って試してみよう。父上にも試してもらうか…? 兄上どうしますか」


「父上には私から直接尋ねる事にする」


ボトロック家はノルトラエ州の州軍を管理している業務貴族だ。と言っても、全軍を管理しているわけではなく、第一師団を管理しているのがボトロックらしい。ノルトラエ州は隣が王国ということもあり、それなりの軍を持っている。


「ところで、トール殿」


「なんでしょうか?」


「明日、ノルトラエ州の各所貴族が集まって行う流行病対策会議があるのですが」


「はあ」


「私が父の代理として出席予定です。その会議でトール殿を紹介してもよろしいでしょうか? トール殿が提案した対策をノルトラエ州全域で実施する事を提案しようと思ってます」


うーん、目立つのは勘弁してもらいたいな。


「すみません、貴族に仕えるつもりもありませんし目立ちたくないので私については紹介しないでもらいたい。対策についてはボトロック家の発案であるとか、旧来懇意にしている薬師の発案という事にでもしておいてもらえたら」


「しかし、対策が功を奏せば莫大な褒賞と名誉が期待できますが?」


「いや、そんなものは要りませんので。なんだったら移住推薦のお礼としてボトロック家に差し上げますよ」


「左様ですか、トール殿は遠慮深いのですな。分かりました、トール殿の名は出さぬようにします」


遠慮深いというか面倒だからというだけではあるが。褒賞だけならともかく、しがらみもセットだしな。そもそも、これ以上金を貰ったところでやりたい事もないし。さて、『麻黄湯』はどれぐらい効くのか……。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ここはヘルヒ・ノルトラエ州の公邸にある大会議室。銀髪でやや線が細めの中年男性が声を上げる。


「では、流行病対策会議を始める。まずは被害状況の報告から」


彼の名はエッカルト・ノルトラエ、ノルトラエ州を治める大貴族である。流行病の対策で寝る暇もないぐらい忙しい状況だ。


「では、罹患者の報告から。罹患者・死亡者ともにやや増加傾向でございます。詳しい人数などについては手元の資料をご覧ください」


それを聞いて、額に手を当てて大きなため息をつくエッカルト。資料をめくる顔は陰鬱だ。同様の病が今まで皇国で発生しておらず、薬師や医師も効果的な対策を打ち立てられていないのだ。


「皇国執行令によって出来得る限り外出する人に制限をかけてはおりますが、制限をかけすぎると経済の方への影響が……」


「何か新しい対策法はないのか? ダメーアンどうなんだ?」


ダメーアン・カスナーはノルトラエ州の筆頭薬業貴族を務める、七級薬業貴族である。


「色々試しておりますれば。効果が出るまで今しばらくのお時間を頂きたい」


エッカルトは内心で大きなため息をついた。先週も先々週も同じ事を言っているからだ。先代のユーヴォ・カスナーは優秀な薬師だったが、その息子であるダメーアンはプライドだけは一丁前だが、その能力は……。一応は三級薬師の資格を持ってはいるらしいのだが。


エッカルトが悩んでいると、一人の男が挙手をした。アーブラハムの代理で出席しているアルバン・ボトロックだ。


「アルバンか、何か発言したい事でもあるのか?」


「この流行病について対策案がございます」


その一言で一気に会議場がざわつくが、エッカルトが手を上げると会議場が静かになる。


「アルバン、それは真か? しかしどこからその情報を?」


「実は王国出身で、今は移住し皇国民となった薬師と旧来懇意にしております。この病はおそらく王国の風土によるもの、つまりは」


エッカルトの表情が少し明るくなる。アルバンの言う通り、王国出身の薬師であれば対策を知っていてもおかしくはない。


「王国の者、特に王国の薬師であれば対応策も持っているというわけか! では、早速だが……」



「お待ちください」

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