第127話 麻黄湯

客間に通されて、しばらく待っているとさっきの部屋にいた文官らしき人の一人が部屋に入ってきた。


「トール殿、滞在用として部屋をご用意しました。ご案内いたします」


文官に案内されて進んでいき、とある部屋に通された。かなり広い部屋だ、二十畳ぐらいはあるだろうか?

部屋には高そうな机に、椅子が数脚、大きな数人掛けのソファに大きなベッドが一つ。水差しや果物なんかも置かれている。


「これぐらいの部屋でいかがでしょうか? もっと広い部屋が必要でしょうか?」


二人と一頭でしばらく滞在するには十分かな。


「ここで大丈夫です、ただ薬の調合は秘匿したい技術も多いので部屋には誰も入れないようにして欲しいのですが?」


「承知しました、そのようにいたします。食事についてはいかがなさいますか?」


「用意だけしてもらって、部屋の外に置いてもらえると助かります」


「承知いたしました、部屋の外まで持ってきて置いておくようにいたします」


一礼して、文官らしき人は出て行った。ジルヴィアが荷物と楽器を地べたに下ろし、椅子に腰かける。


「結構広い部屋だね、ザレの自宅ほど快適では無さそうだけど」


「あそこはもうかなり改造したからな」


「下手な貴族の部屋なんかより快適になってるもんねえ。それで、トール。初期の症状に聞きそうな薬と、肺炎の対処が出来る薬なんて出来るの?」


「元の世界でインフルエンザの初期症状に使われていた生薬があるんだ、『麻黄湯』って薬だ。これは、『薬師の加護』で確認したらヘルヒ・ノルトラエ近くの森に生えている植物だけで出来るので問題ない。確か、子どもにも使っても良い薬だったはずだ」


「子どもに使ったら駄目な薬なんてあるの? 大人より少ない量を取らせれば良いと思ってたけど……」


「ある。多分、カワラヤナギから作った鎮痛剤なんかも本当は使ったら駄目だったはずだ。稀に重篤な副作用が出る可能性があるとかで」


これは登録販売者の試験勉強の時に、必ず出るから覚えろと参考書に書かれていたから今でも記憶している。子ども用の解熱鎮痛剤はアセトアミノフェン以外駄目なんだよな。


「ふうん。肺炎の方は?」


「そっちについては、元の世界でもすぐ効く薬なんて無かった。ただ、『薬師の加護』を使ったちょっとした考えがあるんだが……。まず最初にその薬専用の容器を作りたいと思っていてな。そこでだ、ミズー」


ソファでどっかりと香箱座りして大あくびしていたミズーがこちらを見る。


『なんだ? 我の力が必要なことか?』


「いや、ミズーじゃなくてダイチの力を借りたいんだ。ダイチって手術用の道具なんかも器用に作っていただろ? 小さい容器なんかも作れたりしないか?」


『なるほど、そういう事か。ダイチであればその程度容易かろう。我が連絡しておいてやろう』


「(いつも不思議だが、どうやって連絡しているんだろう)ああ、頼む。……頼む以上、何かを要求されるよな?」


『然り。おそらく食い物でよかろう』


「やっぱりそうか。そういや、特別な装飾がついた専用のダーツが欲しいと何度かねだられてたな」


ちなみにタイキからは、自分の体と同じ色のビリヤードキューが欲しいと言われている。ミズーもその内、水色の麻雀牌が欲しいとか言い出しそうだ。


『まったく困った奴らだ』


「(お前が言うな)まあ、それぐらいなら必要経費だな。とりあえず、麻黄湯を作ってみよう。必要な植物類が近くの森にあるのは分かっているから、少ししてから向かおうと思ってるんだが。ジルはどうする?」


「もちろん付き合うよ、この辺の森なら害獣退治で何回か入った事があるよ」


『もちろん我もついていくぞ。帰りに街で美味い物を買って帰るのだ』


ミズーの目的は美味い物に大きなウェイトが置かれているような気がするが、まあいいか。



近くの森で必要な植物類を採取して、屋敷まで持って帰ってきた。現地で全部調合した方が楽なんだが、植物類を全く持って帰って来ないとおかしいと怪しまれる可能性があるからな。


マテンニールや鶏冠草(トリカブト)の在庫も減ってきていたので、ついでに採取しておいた。


「さてと、まずは一回自分で調合しないと」


「ああ、そうか。『薬師の加護』って、一度自分で調合した事がある薬しか『加護』でパッと作成できないんだったっけ。本で読んだことがあるよ」


「そうなんだ。作り方自体は『薬師の加護』で分かるんだけどな、最初一回だけは苦労しないといけない」


持ってきていた乳鉢や乳棒などを使い、一時間ほどして麻黄湯(と同成分の物)が出来上がった。これで『薬師の加護』で調合できる条件は整ったはずだ。

自分の近くに取ってきた植物を置いて、手に持ったボウルのような容器の上で『薬師の加護』を使って麻黄湯を調合する。粉末が出てきた、よし成功だ。


容器の中に突然薬が出てきたのを見て、ジルは驚いた顔をしている。


「へえ、そういう風に調合できるんだね。便利な能力だねえ」


「過去にこの『薬師の加護』を持っていた人は皆大成功したらしいぞ。そりゃ成功するよな」


「でもトールほど破格の能力では無かったんでしょ?」


「それでも、何もない人から比べると圧倒的な優位点があるからな」


「私もそう言う『加護』の方が良かったなあ」


麻黄湯は確か七.五グラムを一日で三回に分けて飲むんだったかな、前にインフルエンザになった時にもらった説明書に書いてあったのを覚えている。


葛根湯も苦痛を和らげるという点では有効だろうから、こっちも紹介しておくか。


薬包紙をユリーに準備してもらおう。小分けして、まずは軽症でそれなりに体力がありそうな患者で試してもらおう。さて、効くかどうか。

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