第125話 病床

屋敷の中をユリー、ボルソンとともに歩いていく。そして、ある扉の前まで来て立ち止まる。ユリーがノックを二回してから中へ入る。


「ユライシャイアです。トール殿を連れて参りました」


中からくぐもった声が聞こえる。


「ゴホゴホッ、入れ」


ドアを開けて中に入ると、すぐにユリーが立ち止まって俺たちの方に向き直った。


「近くに行くと感染する可能性がある、これ以上は父に近づかないでくれ」


まあ、俺とジルとミズーが感染する事はおそらくないので本来は気にしなくても良い。しかし、感染者に近寄らないようにするレベルの感染対策は行っているようだな。部屋が乾燥しているぽいのは、換気もしているからだろうか? それなら、湿度は上げた方が良さそうだが。


奥のベッドに寝ている男性がいる、おそらくアーブラハムだろう。看護しているらしき人が横にいるが、マスクでしっかり防護しているわけでもないので既にうつってそうだな。多分、そのリスクも込みで高給なりで雇った専属の看護人だろう。


アーブラハムがその人に支えられながらベッドの上で体を起こす。


「ベッドから失礼するトール殿、ゴホゴホッ!!」


前に見たアーブラハムと比べると見るからに生気がなく体調が悪そうだ。水差しで水を飲ませて貰っている。


「いえ、ご自愛ください」


「すまないな。ゴホッ……、私も罹患してしまってままらない状況なのだ。ヘルヒ・ノルトラエは安全とは言い難い状況で、そんな所に来させてしまったのもあって

事情の説明だけは私の方で行いたくてな」


「なるほど。それで、どういう状況で、何故ドミニク・アーヘン卿に頼んでまで私に助力の願いを?」


「発端はだいぶ前になるが、王国の方から不法難民が来た事だ。山を越えてきたらしい。巡回している兵士が見つけ、既定の通り拘留を行ったのだが、その難民が今私も罹患している病を患っていたようなのだ」


なるほど、それが兵士などを介して町中に広まってしまったのか。


「その難民の内、一人はなんとか病気を克服し今も生きている。聞き取りを行うと、発端はとある村でこの病が蔓延した事にあるようだ。それからしばらくして、王国の命令で病気に罹患した村人全員を徴集して山を越えさせたとの事だ。ゴホゴホッ、山を越えられなかった難民は山の害獣に……」


おいおい、王国からの生きたABC兵器かよ、最悪な方法を取ったな。

天然痘ウイルスがついた毛布を贈り物にして、相手に甚大な被害を与えたって話を前に聞いた事があるけど、まんまそれじゃねえか。


「おそらく、王国は皇国に被害を与えるために病気の患者を生きた兵器として使ったのであろう。国としても人としても許しがたい蛮行だ。

この病についてヘルヒ・ノルトラエの薬業貴族や医師、薬師が対処に当たっているのだが過去に同じような病気の実例がなく苦戦している状態なのだ」


「もしかして、王国から来た病なら王国出身の私なら何か知っているかも、と?」


「うむ、それもある……。ゴホゴホゴホッ!……失礼、以前にユリーと一緒に変異種を討伐した際の手際についても聞いている。トール殿は四級薬師だが、実際にはもっと腕前は上ではないのかね?」


おそらく『薬師の加護』については知らないだろうが、やはり実力については薄々勘づかれていたって事か。


「アルバンとユライシャイアに協力してやって欲しい、有効な手段があれば褒賞はいくらでも出す」


そう言って、俺に向かって深く頭を下げた。褒美はどうでも良い。病気についてはどうなのだろう?


一応隔離はしているようだがアーブラハムが病気になっているのに、今の所は屋敷中の人間が感染してはいないという事を考えると、麻疹ほどの感染力が無いって事だ。とすると、おそらく主には飛沫による感染なんだろう、インフルエンザである確証は無いが症状などはやはり近い気がする。ただ、ちゃんと対策しないといずれは全員感染するだろう。


また、アーブラハムの状態からして、感染後に即劇症化したりする程の危険性はないのかもしれない。


ここまで来てしまったし、移住の恩もあるから出来る限りは協力するか。無理をするつもりはないが。


「承知しました、アーブラハム様。善処するようにします」


「くれぐれもよろしく頼む、トール殿」


ここまでのやり取りを黙って聞いていたユリーだが、ここで口を挟んできた。


「父上、あとはアルバン兄と私に任せてお休みください」


「ゴホゴホゴホッ……。ユリー、すまないがあとは任せる」


そう言って、アーブラハムはまたベッドで横になった。それと同時に、俺たちは部屋の外に出た。


「トール君、こういう状況なんだ。君がこの事態を一気に解決できるとは我々も思っていない、だが王国出身という事で知っている事や有効な対処法などあれば教えて欲しい。

それに関する助力は惜しまないし、褒美についても父が言った通り出せるだけ出す」


そう言って、ユリーも深く頭を下げた。


「とりあえず、今当主代行をしている兄に会って欲しい。そこで、今後どうするかの話し合いをしよう」


「分かりました」

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