第122話 対策法の検討

シュナイダーとの話を終え、家に戻ってきたので少し考えてみる。


ヘルヒ・ノルトラエで流行っている病気はインフルエンザに近い病気のようだ。俺やジルが感染する事は無さそうだが、一気に解決する方法はと言われるとちょっと厳しいかもしれない。


『薬師の加護』で異世界特効薬的なものとか、タミ〇ルやリレ〇ザを作る事が出来るんだろうか。『薬師の加護』の効果を改めて考えてみる。



一. 作り方が分からない薬を頭に思い浮かべると、薬に必要な材料および調合方法が分かる。


二. 薬の材料の場所が近くにあると、光って見える。


三. 過去に調合した経験のある薬は、手元に材料があれば道具など無しに一瞬で調合が出来る。


四. 疾病や毒に対する耐性を持っている。



流行病に効く薬、とか流行病の特効薬、という曖昧な感じだと一の条件は満たさないのか必要な材料も調合方法も分からない。やはり、流行病の原因となるウイルスや菌、具体的な症状の同定が必要なのだろう。


薬側の具体性を持たせてみる。試しにタミ〇ルを頭に思い浮かべると、やはりこっちは必要な材料や調合方法が分かった。こちらの世界で八角星と呼ばれる植物から精製出来るようだ。地球にもある八角に似た物の様だが、タミ〇ルって地球でも八角から調合しているのか??


ただ、原材料こそ手に入りそうだが、ここからかなり複雑な装置や条件が必要なようだ、これは無理だ。やはり特殊な化学合成が必要になるような薬を作るのは、現状厳しい。


とすると、感染症の基本対策である予防法を広めるというのがまず最初にやることか。本当にインフルエンザならエンベロープウイルスのはずだからアルコール消毒が効くはずだ。ただ、この世界は蒸留酒の技術はどこまで発展しているのだろう? 俺もジルもあまり酒を飲まないのでこの世界の酒には詳しくない。


そういえば地球にいた頃、アルコール消毒薬は酸性にすると消毒力が上がるみたいな話を聞いた事があるので食酢を少し混ぜたりしても良いんだろうか?


あとは手洗いとマスクだな。ただし、俺が定住しているザレは近くにネッカールン川という巨大な水源があって、非常に水が豊富な都市だから手洗い励行は容易いが、ヘルヒ・ノルトラエはそこまででも無かったはず。マスクについても不織布が作れないから、どこまで効果が出るか。


製造できそうな薬を考えてみる。俺が以前インフルエンザになった時に漢方薬を渡された記憶がある。これはこっちでも作れるはず。確か……麻黄湯って名前だったかな。


対症療法的に葛根湯とかカワラヤナギから作った解熱鎮痛剤などを使っても良いと思う。こっちは既に作った経験があり『加護』ですぐ調薬できるので、試してみても良いかもしれない。


おそらく死因ナンバーワンらしい肺炎に対抗する手段は……。『薬師の加護』を使うこっちならではの方法について、一応考えはあるがエイヤーでやってみるしかないな。何にせよ、まずはヘルヒ・ノルトラエで実状を確認してからか。


俺が椅子に座ってじっと考え事をしているのを心配してか、ジルが話しかけてきた。


「トール、ずっと考え事をしているみたいだけど大丈夫?」


「ん? ああ、大丈夫だ。仮にインフルエンザだとしてどういう事が出来るだろうと考えていたんだ」


「トールの『加護』で特効薬を作れたりするの?」


「そもそも元の世界でも特効薬という物は無かったはず。効果が高い薬についても、特殊な精製方法が必要だったりするから少し難しいな、材料や精製方法自体は分かるんだが……」


「元の世界ではどうやって作られていたの?」


「大規模な工場で精製されて、品質管理もしっかりされていたからなあ。皇国の文明レベルだとそこへ到達するのはまだまだ厳しいと思う」


「そっか。まあ無い物ねだりしても仕方ないし、やれる事をやるだけだね」


「その通りだ、もう昼をだいぶ過ぎだし出発は明日の朝にするか」


『うむ、それがよかろう。そんなことよりトール、ここで売っている赤い果実のパイを久しぶりに食べたいから買いに行くぞ』


「(そんなこと……)ここで手術した時にお前が六個も食ったやつか」


「手術って皇国のお姫様らしき人にやったのと同じやつの事ね。それで、どんなパイなの?」


手でホールケーキぐらいの大きさを示した上で、ジルに説明する。


「これぐらいの大きさで、赤くて甘い果実が表面にびっしり敷き詰められているようなパイだ」


このパイを売っていたのはハイデンホーグという店で、どうもそれなりに有名な菓子店だったらしく、俺もショートケーキぐらいのサイズを食べてみたが、かなり美味かった。


「それを六個も食べたの!? ミズー食べ過ぎだよ!」


『食べようと思えば、もっと食えるぞ』


こいつ一匹だけならまだしも、もう二匹同じものを要求してくるのがいるからな。好きなだけ食わせたら破産してしまう。


「六個も食えば十分過ぎる、今日は手術してないから一個で良いだろ?」


『二個だ。我の記憶では、何もやっておらぬタイキとダイチに二個ずつ与えたはず』


ほんとこいつよく覚えているよな、万単位の年数生きているはずだが細かい記憶がよく残っているものだと正直感心する。食い意地が張っているだけかもしれないが。


「分かった分かった、どうせタイキとダイチもねだるだろうからお前らの分として六個買うよ。俺とジルの分は二人で一個で良いよな?」


「その大きさならそれでも多いぐらいだね。そうと決まれば、日が落ちる前にマーケットに向かおうよ」


『口直し用に塩気がある物も買ってくれ』


……ミズーの要望はともかく、今日が皇都滞在の最終日になる。他にも必要になりそうなものを買っておいた方が良いか。



そう言えば、屍人騒動で一緒になったオットヴァの町の貴族であるウド・アスペルマイヤーはあれからどうしているんだろうか?


あと、盗賊団を討伐した村、確かヨダ村だったか。父親を失って気落ちしていたアリーセは元気にしているのだろうか?


ヘルヒ・ノルトラエに向かう途中で少し寄ってみても良いかもしれないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る