第121話 流行性感冒

翌朝、少し迷いながらシュナイダーの診療所兼屋敷に向かう。ふと思い出したが、俺とミズーが手術した子供は元気だろうか。お嫁さんになってあげる云々は忘れていて欲しい。


歩いていくと見覚えがある屋敷が見えてきた、あれだな。


屋敷の扉を開けて中に入ると見たことがある受付の女性がいた。ここだ、間違いない。女性に声をかける。


「すみません、以前ここでお世話になっていたトールですが覚えてらっしゃいますでしょうか?」


「ああ、トールさんお久しぶりですね。皇都を離れたと聞いておりましたが」


ここで仕事をした期間はそれほど長くなかったが覚えてくれていたようだ、助かる。

そう言えば、一番最初はここに入ろうとしたらボブカットの男にケチをつけられたな。まあ、彼はもう森の栄養分になってしまったが。


「実は今旅の途中でして。シュナイダー先生に聞きたい事があって立ち寄ったのですが、本日はいらっしゃいますか?」


「おられますよ、少しお待ちください」


そう言うと、女性は奥に入っていった。しばらくして、小柄で銀髪の中年男性を連れ立って戻ってきた。シュナイダーだ。

シュナイダーは俺を見て嬉しそうにしている。


「おお、トール君! 久しいね、また助手になりに来てくれたのかね?」


「いえいえ」


「ははは、冗談さ。何か用事があって来たそうだね、今日は術式の予定も無くて時間に余裕があるんだ、中に入ってくれ。おや?」


シュナイダーがジルの方を見て少し驚いた顔をした。


「そちらのお嬢さんは?」


「実はザレで結婚しまして、妻のジルヴィアです」


ジルが軽く会釈をして挨拶をする。


「どうもシュナイダーさん、トールの妻ジルヴィアと申します」


「これはご丁寧にどうも。もう結婚までしているとは驚いたねえ、しかもこんな美しいお嬢さんと」


「いやあ、色々と縁がありまして」


「そうかそうか。その辺の話も聞かせてくれ」


シュナイダーと一緒に中に入った。



応接室に通され、一通り世間話ををしてから本題を切り出した。


「それでシュナイダーさん、聞きたい事なんですが」


「うむ、なにかね?」


「今、ヘルヒ・ノルトラエで厄介な病気が蔓延しているという話を聞いた事がありますでしょうか? 何か御存知であれば教えて欲しいのですが」


それを聞いて、少しだけピクッとするシュナイダー。険しい顔をしている。


「……トール君、その話をどこで聞いたのかね」


「実はノルトラエにいる貴族と懇意にしておりまして、薬師としての私に助けを求められているのです」


「……なるほど、それでザレからヘルヒ・ノルトラエに向かっているというわけか」


そう言うと、シュナイダーはお茶に口を付けてからふーっと息を吐いた。一呼吸おいてから続ける。


「私が聞く限りではまだ町としての機能が激減するほどでは無いらしいが、あまり良くない状況らしい。病気の蔓延を防ぐために、既に皇国執行令が出されて、ノルトラエと他の州の行き来にもかなりの制限がかけられている、基本は州境で数日拘留されるという感じのようだが」


前にあった屍人病騒動の時の同じような措置が取られているという事だろうな。


「それで、どういう病気なのですか?」


「私もあくまで伝聞によるところしか知らないので間違っているかもしれない。発症すると急激な発熱それもかなり高熱になり、その後関節や筋肉が痛みだすようだ。

しばらくして鼻や喉に炎症が出て、肺炎などを併発する事もままあるらしい」


症状を聞く限りだとインフルエンザに近い症状だろうか?


「……そしてその肺炎で亡くなる方が少なくないようだ。ヘルヒ・ノルトラエの医者や薬師もこれと言って有効な手が打てていない状況だ、皇国上層部でも対応を検討し始めているようではあるが……」


「なるほど、そこまでの状態ですか」


「トール君もヘルヒ・ノルトラエに行くなら覚悟しておいた方が良い。君たちは若いしこれからがある、可能であれば行かないという選択肢も視野に入れるべきだ」


「今の所は行こうと考えていますが、その状況で町に入れますかね?」


しまったな、ドミニクに相談しておくべきだったか。


「もしかすると少し厳しいかもしれないな……。よし、私が紹介状を書こう。少し待ってくれたまえ」


「助かります」



しばらくして、封筒を持ったシュナイダーが戻ってきた。


「これを渡せば、ヘルヒ・ノルトラエに入る事が出来るだろう。……もう一度言うが、可能なら行かない事をお勧めする。君の才能が失われるのは避けたい」


「ご心配ありがとうございます、それも考えてはみます」



その後、しばらく話をしてからシュナイダーの屋敷を出て、昼過ぎに俺の家に着いた。


「結構深刻な状態って事なのかな、トール」


「ぽいな、ユリーたちも切羽詰まっているのかもしれない」


「何の病気か心当たりはあるの?」


「シュナイダーの話を聞いた感じだと、俺が元いた世界でも定期的に流行していたインフルエンザって病気っぽいと思った」


『ほう、いんふるえんざ』


「そう、元の世界ではこれに効く薬や予防薬なんかが既に開発されているんだが、それが無かった昔はこれで数億人が感染して、数千万人の死人が出た事もある」


「ええっ!? そんなに危険な病気なんだ?」


「ああ、まあ同じ病気なのかは分からないけどな。風土としては元の世界と似通ってるし、同じようなウイルスによる病気じゃないかと思うが……」


薬ってなんだっけ、タミ〇ルとかリレ〇ザとかイナ〇ルとかだっけ。前になった時、お馴染みの解熱鎮痛剤や鼻・喉の薬以外に、吸入薬とか漢方薬とかを貰った記憶がある。


この世界だとスペイン風邪のような状況になっているのかもしれないな。

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