第120話 再び皇都へ

ドミニクと別れ、東都公邸を離れて、ジルとミズーと話をしながら家に向かって歩く。


「そういうわけだから俺はミズーと一緒にヘルヒ・ノルトラエに向かおうと思うが、ジルはどうする?」


「そろそろ旅に出ようと思っていたから丁度良いよ、私もついていく。トールってノルトラエ州の北にあるニーザクセ州って知ってる?」


「名前しか聞いた事がないな、アーヘン州に来る際には寄ってないし」


「ああ、そうだったんだ。実はニーザクセ州でそろそろ冬のお祭りがあるんだよ、それに参加しようと思ってたんだ。折角西の方まで行くんだし、トールも是非見て行こうよ」


こういう状況だが、ニーザクセ州が無事なら祭りは開催されるんだろうか?


「その手の祭りにはこの世界に来てから参加したことが無いから少し興味があるな。しかし、ヘルヒ・ノルトラエは病気の蔓延で悲惨な事になっていそうだがジルは大丈夫か? 俺は『加護』のおかげで病気にならないから気にする必要がないんだが」


「前に説明した、私の『恒常性の維持』は病気にも適応されるんだってさ。実際、生まれてこの方一度も病気になった事はないよ」


次元の翁から聞いているって事かな。ジルって確か実年齢はアラフィフだったはずだし、それなら間違いなさそうか。


「それなら大丈夫か。そういや乗って行くって言っちゃったけど、ミズーはもちろんついてくるよな?」


『当然だ。ふむ、今度は西に向かって戻って行く旅か』


「そうだな、こっちに来る時は途中で色んな事があって想定よりかなり時間がかかったんだよな。ミズーなら馬車よりも早いし、何も起こらなければ二週間ほどで着くのかな?」


『おそらくそれぐらいあれば余裕をもって着くだろう、本気で急ぐわけではあるまい?』


「あまりにも早く着きすぎると、お前がただの大川辺猫じゃないと気付かれるからむしろ駄目だ」


『なるほど、いつもの速さで走る事としようぞ』


「しかし、急に厄介な病気が流行るとか何かあったのかね?」


「さあねえ、まあ行ってみたら分かるんじゃないかな」


「ヘルヒ・ノルトラエに行くなら途中で皇都を通る事になるから、そこで情報を集めてから向かうようにするか。まだ医者をやってるかは分からないが、シュナイダーなら何か知ってるんじゃないか」


「シュナイダーって?」


「皇都で医者をやってる貴族だ、ちょっとした事で知り合ってさ」


『して、いつここを発つのだ?』


「今日一通り準備して、明日の朝に発とうと思うがジルはどうだ?」


「それで問題ないよ、普段から荷物はまとめてあるからね」


家に戻って、残って勝手に遊んでいたタイキ・ダイチに事情を説明し旅の準備を始めた。そう言えば、ジルと一緒に旅をするのは初めてだな。



翌朝、ザレを発とうとするとエーファが見送りに来ていた。


「トール様、お気をつけて」


「エーファさん、前にもお願いしましたが留守の間、家の事を任せても良いですか?」


「ええ、大丈夫です。定期的に見回るようにしておきますよ」


「助かります、では」



ジルと一緒にミズーにまたがった、ミズーが走り出す。やはり馬車よりもずっと早い。

周りに人がいないのを見計らってジルが話しかけてきた。


「前に大地の竜を討伐した時にも思ったけど、ミズーと一緒に旅をすると便利で良いね。座っている所が若干湿っぽいけど、馬車なんかよりも早いし乗り心地も悪くない。エーファが作った自動車よりも早いんじゃない?」


『うむ、そうであろう。しかしこ奴は最初は我が付いていく事に難色を示しておったのだぞ』


「そりゃ寿命がめちゃくちゃ伸びて、クソデカい猫が四六時中くっついてくるとなると誰だって難色を示すだろ」


猫好きだったりしたら狂喜乱舞するかもしれないが。

それを聞いたジルは苦笑いをしている。


『たかが数千年寿命が延びた所で何の問題もあるまい』


「前も言ったけど、普通の人間は数千年も寿命が延びたら問題しかないんだ。もうどうしようもないから諦めたが」


『人間ほどほどのところで諦めが肝心だ。ところで、皇都までは特にどこかに立ち寄りもせず向かうという事で良いか?』


「ああ、野宿はしたくないから夜にはどこかしらの町なり村なりに着くようにはしたいな。匙加減はミズーに任せるよ」


『良かろう』



それから、昼はちょいちょい休憩を取りながらミズーに乗って進み、夜は町の宿に泊まる生活を続け、ザレを出てから四日目の夕方、皇都に到着した。

ヘルヒ・ノルトラエからザレに向かった時に比べると圧倒的に早いな。


「とりあえず、俺の家に行くか。あの不動産屋に一声かけとこう」


管理をお願いしている不動産屋に行って一声かけてから、皇都の持ち家に向かった。鍵を開けて中に入ると、それなりに掃除されているのか状態はそれほど悪くなかった。


「前に旅した時に使わせてもらったけど、結構良い家だよね。ここいくらだったの?」


ジルが荷物を下ろし椅子に座りながら尋ねてきた。


「確か、金札五枚(約五十万円)だったかな?」


「ええっ、破格すぎない? ここ借家じゃないよね?」


「ああ、間違いなく俺の持ち家だ」


「とすると何か事情があるわけだ?」


「そう言えば、その辺の話をまだジルにはしてなかったな。いわくつき物件ってやつだったんだよ、偏屈な錬金術師の爺さんの幽霊が出て、住もうとすると攻撃されて実害まで出てるとかでさ。大怪我した奴もいたらしい」


「へえ、そうだったんだ。で、実際に幽霊はいたの?」


そう聞くジルに、少し得意げな顔をしてミズーが説明を始めた。


『うむ、その錬金術師とやらが死してなお魂の残滓をこの家に残しておったのだ。やもすると、錬金術によってそうしたのかもしれぬな。だが、残滓ごときが我に敵うわけもない』


「あー、ミズーが退治したって事?」


『然り、我が跡形もなく消し去ってやった。よって、この家はただの格安の家となったわけだ』


「なるほどねえ。じゃあ、得したねトール」


「まあな。そもそも大川辺猫と一緒に住める借家ってのがほとんどないらしくて、ここが手に入らなかったら皇都に滞在するのも結構大変だったかもしれない」


『我がいて良かったな。生きながらにして自らを魂のみとなす秘術を使われると厄介だが、この家のはそうではなかった』


まあ、そもそもお前がいなかったら安い宿なり借家なりにいれたわけだが、ここは言わぬが花というやつか。得したのは間違いないし。


「とりあえず今日はもう遅いから、この家で休もう。明日の朝に、シュナイダーを訪ねてヘルヒ・ノルトラエの状況を聞いてみよう」


そう言って、途中のマーケットで買ってきた総菜パンのような物と飲み物をテーブルに並べていると、地面がボコボコと沸き立ちダイチが現れた。


「あれ、ダイチも来たのか」


ダイチは黙って頷いている。それと同時に、部屋の空間の何もない所が薄い青紫に色づいていき、タイキも現れた。


『ここ懐かしいねえ。麻雀の卓やパイはまだ置いてあるの?』


「ああ、ザレに向かう時に荷物になるからとここに置いていったからな。その辺に片付けてあるはずだ」


『今日はもう食事してゆっくりするだけなんでしょ? このあと麻雀しようよ』


『良いな、ここまで旅しただけで特に面白い事も無かったゆえな』


『……』


「分かった分かった、飯食ってからな。おい、ミズー! それは俺が食べるぞと言っていたパンじゃないか」


『知らぬ。早い者勝ちだ』


相変わらず食い意地が張った奴だ。

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