発明女王とその真実

私の名はエーファ・アーヘン、その名の通りアーヘン州を治める貴族に連なる者です。ただし、母は『古の民』と呼ばれる希少種族で、皇国でもそれを知っている者は限られています。


『すまない、一年前のあれで出来ていたみたいだ。悪いが育ててくれ』


そう言って産みの母は父の元に私を置いていったそうです。そしてそれを知った母、私からすると育ての母になる人が烈火の如く怒り散らしたらしいのです。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ドミニクゥ!!! 貴様どこでなにをやらかしてんだ、ゴラァ!!!」


「ヒエッ……。ブリュンヒルデ、すまない……、古の民は珍しい種族ゆえに話を聞きたくて公邸に招いた際にちょっと……」


「一緒に話したり飯食ったり酒飲むだけで子供が出来るわけねえだろうが、ボケナス!!」


ブリュンヒルデ怒りの腹パンを受け、ドミニクがその場で崩れ落ちた。周りの侍従たちも顔を青くして見守っている。


ブリュンヒルデ・アーヘンはドミニクの本妻である。元々はレッリンハウゼ州を治める貴族の令嬢であった。幼少期にドミニクと出会い一目ぼれしたのもあり、両家の話し合いによって婚約者となった。


当時の彼が何の気なしに言った「俺は強い女が好き!」という言葉を真に受け、鍛えに鍛えまくった上、最終的にはグートハイル家の門戸を叩くにまで至った女傑である。最終的に上級狩人とも単身で渡り合えるぐらいの強者になってしまった。


普段の彼女は仕草も見た目も上品な金髪ロングヘアの美人で、若くしてアーヘン州を治める事になった大貴族であるドミニクを支える本妻として申し分ない女性である。

ただ、怒ると言葉遣いが荒々しくなり文字通り手が付けられなくなる、ドミニクもそれなりに鍛えてはいるのだが、圧倒的に彼女の方が強い。ドミニクどころか、彼女を止められるような狩人は皇国にもそれほどいない。


「私だって側室を持つ事に文句なんかねえんだよ! 皇帝陛下だって妻は一人じゃない。貴族として代々優秀な者を次代の責任者にするのに必要な事なのは分かり切ってる。一人じゃ産める数に限りがあるんだしな! だが!!!」


そう言いながら、怒りに任せて椅子を蹴飛ばすブリュンヒルデ。飛んで行った椅子は壁にぶつかりバラバラになった。


「行きずりの女抱くんじゃねえよ!! てめえの立場考えやがれドミニク!!」


なんとかヨロヨロと立ち上がったドミニクが頭を深く下げる。


「本当に申し訳ない。今後こういう事は絶対にしないから……」


それを見たブリュンヒルデはチッと舌打ちをしてから、侍従と同様に青い顔をして見ている子供たちの方を向き直る。

そしてニッコリと笑いながら子供たちに話しかけた。


「あなたたちはこんなお父様を見習っては駄目よ、側室を持つ事は構わないわ。でも浮気は駄目、分かるわね?」


笑顔の中にどす黒い何かを感じた子供たちは、青い顔のまま首を縦にブンブンと振るのだった。

エーファの兄たちが後に言うには、あの時の母は本当に怖かったらしく、浮気は絶対にしない事を心に刻み込まれたらしい。


「しかし、あの子に罪はありません。ドミニクの血を引いているのは間違いないようですし、当家で育てます。ただ、相手が『古の民』とは言え行きずりの女の子供というのは貴族の外聞に関わりますので、私の子供という事にしましょう。おそらく『古の民』の血を引いているとなれば寿命も長いはず、それについては生まれながらに『老若の加護』を授かった事にします、いいですねドミニク?」


「ああ……、もちろんだ……」


「セバス、諸々手配頼めるかしら?」


「奥様、承知いたしました」


一人の執事が急いでその場を去っていった。


「しかし、ドミニク随分お盛んなのね。元気が有り余っているのかしら?」


「いや、そんな事は」


「そんなに元気なら今日から頑張ってもらいましょう、子はいくらいても良いですし」


「………」


その後しばらくドミニクはゲッソリしていたという。そして後にエーファの弟となる子供が生まれた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ちなみに母は他の兄弟と分け隔てなく愛を持って私を育ててくれたし、兄たちも私を可愛がってくれました。今でも家族には感謝しています、もちろん父にも。


私は幼少期から本を読むのが好きで、公邸にある本を片っ端から読んでいきました。そんな私に父は色んな本を買い与えてくれました。

この辺りが今日の発明に対する知識の元となっているのだろうと思います。


年にして、七つか八つになる頃でしょうか。今の私を形作る出来事がありました、あれは今でも鮮明に覚えているし目標でもあります。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



今日は新皇帝の即位式だ、大貴族でもあるドミニク・アーヘンとその一家も参加している。即位式で様々な儀式的な事を行い、皇帝が所信表明を行っている。


エーファは大あくびをしている。ありきたりの事を述べているだけで、これと言って新鮮な事もなかったからだ。


「こら、エーファ。皇帝陛下のご挨拶中に欠伸をするとは失礼だぞ」


「でも、父上。退屈なんですもの」


「まったく……」



しばらくして皇帝の所信表明も終わり、祝賀パーティーが行われている。これもエーファにとって退屈で、父が他の貴族と歓談している隙に皇都官邸を探検し始めた。

そうして探検している内に、とある展示場のような部屋を見つけ中に入った。


中には立派な剣や盾、鎧などが展示されている中、ひと際エーファの目を引き付ける物があった。


その物とはエーファの手のひらより少し大きい長方形の板のような物だった、片面は奇麗に切り出されたガラス、逆側は奇麗に表面加工された金属のような物で出来ている。

本で色んな知識を得ていたエーファだったが、それが何に用いられるもので、どうやって作られたのかさっぱり分からなかった。


じっとそれを見続けていると、立派な恰好をした中年男性から話しかけられる。


「君は?」


カーテシーのような礼をしてそれに答える。


「エーファ・アーヘンと申します」


「これはご丁寧に。しかし、幼いながらも立派な受け答え。ドミニクとブリュンヒルデの娘だけあるな」


「父上と母上を御存じなのですか?」


「ああ。申し遅れた、私は中央貴族のエーレンフリーコート・シンデルマイサーと言う者だ。ドミニクとは旧知の仲でね」


「そうなのですか。以後、お見知りおきください」


「こちらこそよしなに。ところで、エーファさんはそれに興味があるのかね?」


「ええ、これは非常に高い加工技術で作られた物だと一目で分かりました。こんな物を作れるような極めて優秀な技術者が皇都にはいるのですね」


「ほお、それを一目で見抜くとは大したものだ。しかし、それを作ったのは皇都の者ではないのだ」


「ではどういう?」


「計量帝という皇帝を知っているかね? その計量帝と結婚したとある女性が持っていたという特殊な板なのだ」


「その女性が加工されたのですか?」


「いや、私もよく分からぬのだが記録によるとその女性は別の世界から来たと訴え続ける不思議な女性でな。これがその証拠だとこの板を提示したらしい。

計量帝との関係も不思議なのだが、その板と報告を聞くなり是非会いたいと計量帝はおっしゃったそうだ。

後日、お目通りした彼女を一目見るなり「ヒトミカ!?」と叫び二人は抱き合って泣いたらしい。

そしてすぐ結婚したのだとか。その板には横部分に押せる突起のような物があるのだが、使い方は未だに分からぬままだ」


「それは不思議ですね、何か特別な板なのでしょうね。これは興味深い……、解明してみたい……」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



思えば、あれが私が発明に傾倒する大元だった気がします。あの板の正体を解明したい、同じ物を作ってみたいという思いに駆られました。


普通貴族の令嬢ともなると、当然ながら政略の道具に使われるのが常です。

それは当然の責務だと思います、領民の血税で良い暮らしをさせて貰っているのはそうやって政治を安定させるためだから。


私も当然そうあるものと思っておりましたが、寿命の問題や発明に傾倒する私を見て父と母は皇都で勉強しろと送り出してくれました。

きっとそう言う形でもアーヘン州とその民、ひいては国に対して貢献は出来るだろうと。


皇都と皇国加護研究所では、本で学べない知識を多く得られ、画期的とも言われた自動車も発明することが出来ました。


そうこうしているとさらなる転機が訪れたのです。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「父上、用事とは?」


「うむ、エーファ。実はザレに水の調整者様とその使徒様がお住まいになられているようなのだ」


「真ですか父上。それは光栄な事ですね」


「ああ、そこでエーファ。お前をお世話係にしたいのだがどうか?」


なるほどそれで呼ばれたのか。正直な所、興味がある。というのも水の調整者様や使徒様ともなると、常人には考えつかぬような新しい事を知っているのではないかと思われるからだ。

つまりは近くにいれば発明の元になるような事を授けられるかもしれないのだ。


「私で良ければ是非やらせてください」


「おお、そこまで言ってくれるかエーファ。使徒様は薬屋として生活は出来ているようなので、近くに住んで困られた時に補助する程度で良い。

嫌かもしれぬが、もし使徒様がお前を気に入ってくださるようなら婚姻する事も考えに入れておいてもらいたい。

使徒様と血の結びつきが出来るとなると我がアーヘン家にとって光栄の至りなのだ」


「使徒様は男性なのですか?」


「うむ、報告によるところではかなり若く、顔も悪くないとの事だ。黒髪ゆえ、王国出身かもしれぬ」


見た目はどうでも良いが、結婚することで心を許してくださり、より多くの知識を与えてくださるかもしれない。なら、結婚する事もやぶさかではない。

ただ、私はいわゆる夜の経験がこの年まで無いし、家事も一切出来ないのでその辺に期待されれると困ってしまうが。


「左様ですか、使徒様と結婚する事になっても問題ありません」


「そう言ってくれると助かる、では明日にでも居宅の方へ向かおうぞ」




「水の調整者様、使徒様。お初にお目にかかります。ドミニクの娘、エーファ・アーヘンです。以後、お見知りおきください」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



こうして、水の調整者様とその使徒様であるトール様と出会う事になりました。

期待していた通り、その後トール様からは発明の貴重な考えをいくつも授けて貰いました、感謝の至りです。


今の所トール様は、私に女性としての興味があるようには見えませんが、この先求められれば婚姻もしようと思っていますし、それがなくとも生涯トール様に付き添おうと思っています。


そうすれば、もしかするとあの板へ至れるかもしれません。

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