白銀の困った三人娘 アーリン編

定期的に三級加護回復薬と三級傷病回復薬を買ってくれる、上得意のお客様『白銀』。

実力も折り紙付きのクランだが、その主要メンバーにはたまに手を焼かされている。ある日のそんなお話。


今日は朝から曇天、外を見てみると空が真っ黒で今にも雨が降り出しそうだ。


ドアを閉め、従業員側スペースに戻り、以前作った掘りごたつに座る。


「この感じだと、今日はもう客が来ないかもしれないな」


向かい側に座ったジルが楽器を触りながらそれに応える。


「今日は肌寒いし、どうしても薬が要るって人以外は来なさそうだよね。もう店閉めちゃっても良いんじゃない?」


「それもそうだな」


「そういやトール、前に教えてくれたのと違う元の世界の歌を教えてくれない? あの歌を自分なりに編曲して歌ってみたら好評でさ」


『ほお、興味があるな。客もおらぬのだ、一曲歌ってみてくれ』


「ミズーがそう言うなら披露しちゃおうかな」


そう言って、前に俺が歌ったうっせぇうっせぇ的な歌をリュートのような楽器の演奏に合わせて歌い始めた。元の曲とはテイストが異なっているが……正直、俺より数段上手い。精密な採点で九十点以上取っていたのでそれなりに自信はあったんだが。


ジルが歌い終わると、うんうんとミズーが頷いている。


『うーむ、前にトールが歌ったのとは少し趣が異なるが上手いものだな』


「ふふ、ありがとう。トールはどうだった」


「少し悔しいが、俺よりだいぶ上手い」


「一応、これでご飯を食べられるぐらいにはやってるからね。それでトール、新しいのを教えてよ」


そう言われたので、今度はあんたは分かっちゃいないんだ的な曲を披露した。客が来ないのを良い事に、その後も元の世界の歌やジルの歌でひとしきり盛り上がった。


なお、我も披露してやろうぞとミズーもうっせぇうっせぇ的な曲を歌ったが、抑揚があまりついておらずお世辞にも上手いとは言えない感じだった。



外から雨音が聞こえる、どうやら降り出したようだ。


『おおそうだ。早めに閉めるなら、タイキとダイチを呼んで麻雀をやるか。今日はお主をハコにしてやりたい』


実際、こいつ麻雀がどんどん強くなってるんだよな。皇都でやった時は俺も割と勝ててたんだが、最近は勝率がかなり低めになっている。

タイキやダイチには勝てるんだが。


ジルが苦笑いしている。


「ほんとミズーは麻雀が好きだよね~、私今日はビリヤードもやりたいなあ」


そう、遊戯室が完成してすぐにビリヤード台も結局買わされてしまい遊戯室に置いてあるのだ。


『ふむ、ビリヤードか。あれはやたらタイキが強いからな』


タイキは基本のフォローショットから、各種トリックショットに至るまでとにかく器用にこなしビリヤードがかなり強い。ちなみにダイチはダーツがやたら上手い。


「時間はあるし両方やれば良いんじゃないか」


「それもそうだね。ああ、そうだ今のうちにお風呂入っちゃおうかな」


「ああ、構わないぞ。ミズー、悪いけど沸かしてもらって良いか」


『構わぬ』


「今日は緑の香りの薬湯剤を使おうかな」


ジルとミズーが奥の母屋スペースに入っていった。日本ではオートバス付きの賃貸に住んでいたので、スイッチ一つでお湯を沸かせたが、こちらの世界だと普通にお湯張りするのもかなり面倒くさい。

だが、ミズーなら適温のお湯を出したり消したりする事など朝飯前なのだ。これに関してはミズーに感謝しなくてはいけない、一家に一台オートバスミズーだ。


ジルヴィアが言っている『薬湯剤』とは俺が『薬師の加護』で作った入浴剤だ、そう薬湯も成分次第ではあるが『薬師の加護』の範疇に入っていたと言うわけだ。

主には生薬などが入った入浴剤で、香りづけに香草も入れていてジルにも好評だ。


さらに、『薬師の加護』を応用しグリチルリチン酸などが入ったスキンケア製品も作ってみた。こちらもジルに大変好評だ。


「俺もジルが入った後に、店を閉めて早めの風呂に入ろうかなあ。なんだったら、店を閉めて一緒に入っても良かったかも」


コーヒーを飲みながら独り言ちる。



しばらくしてジルが風呂から上がって薬屋スペースに戻ってきた、少し顔が赤らんでいてセクシーに見える。


「ふう、良いお風呂だった。トールの薬湯とお肌の手入れに使える薬は本当最高だね。多分、この国の女性、特に貴族の女性に知られたら大変な事になるよ」


そう言いながら掘りごたつに座り、お茶を飲んでいる。


「大量に作るのは大変だし、売り物にする気も無いからそれは勘弁してもらいたいな」


さあて、ジルも戻ってきたしそろそろ店を閉めようかと思っていた時だった。

チリンチリン、入口のベルが鳴る。こんな天気なのに客が来たようだ。


入口を見ると、ずぶ濡れの女性が二人入ってきた。


「いやあ、参ったよトール君。ここに来る途中で寄り道してたら降りだしてしまってね」


見ると、『白銀』のアーリンとその女性執事だった。アーリンは身長がおおよそ百七十センチと女性にしては高めで、金髪のベリーショートヘアに白い肌、男性が着るようなスーツスタイルをしている、男装の麗人と言った感じだ。

ちなみに女性執事もバトラー服と言えばいいのか、男性執事が着るような服を纏っている。


しっとり響くハスキーボイスに加え、身長も高く中性的なイケメンなのもあり、れっきとした女性だが女性からの人気が高いらしい。古今東西の対人武術を学んでいる対人戦闘のエキスパートで二級護衛者、二級賞金首狩人でもある。


ずぶ濡れのアーリンを見て、ジルが少し心配している。


「そのままだと風邪をひいちゃうんじゃない?」


「なあに、私は頑丈だからね。気にしないで大丈夫だ……くしゅん」


見た目からすると少しギャップのある可愛いくしゃみをした。


「トール、彼女らをウチのお風呂に入れてあげても良いかな。丁度沸かしたばっかりだし。服は私のを貸してあげるよ」


「ああ、構わないぞ」


「気を遣わせてしまって悪いね。お言葉に甘えても良いかい? これは礼だ、受け取ってくれたまえ」


そう言うと、ジルに金札を一枚(約十万円)手渡したようだ。そして二人を連れて母屋の方へ歩いて行った、フローリングがビチャビチャになっているな。

とりあえず拭こうかと思ったら、急に水跡が消えた。ミズーが消してくれたようだ、便利猫。


「とりあえず、二人を家に上げてしまったし店は閉めるか」



ジルが薬屋スペースに戻ってきた。


「二人をお風呂に案内しといたよ」


「店はもう閉めたし風呂から上がったら、傘を貸して早めに帰ってもらおう」



そのまま二人と一体で取りとめもない話をしていたら、母屋の方から誰かが歩いてくる足音が聞こえる、おそらくアーリンか。しかし足音が随分早足だが何かあったのだろうか?


バン!と扉が開かれると同時にアーリンの大きな声が聞こえた。


「トール君!! あの薬湯と肌の手入れに使う薬剤は素晴らしいね!!」


なんだなんだ、と声がした方を何の気なしに見てみる。




アーリンは素っ裸だった。




「ええ!? なんで服を着ていないんだ!?」


「トール君ほら見てくれたまえ、君の薬湯と薬剤のおかげで私の美しい体がより美しく輝いている!!」


確かに贅肉の無い引き締まった美しい体だ、腹筋もしっかり割れているな。ふむ、毛は薄めな方か。


全く惜しげもなく真っ裸の体を俺に見せつけている。ジルは呆気に取られていたが、すぐにハッとして俺の目を両手で塞ぐ。


「トール、何じっと見てるの!! 私以外の女性の裸を見ちゃだめだよ!!」


「いや、そう言われても不可抗力だ」


「トール君、あの薬湯の素と体の手入れに使う薬剤を売って欲しいんだがどうにかならないか」


「アーリンさんは早く服を着て!!」


「アーリン様、はしたない真似はおやめください!!」


三名の女性が、それぞれ色んな事を叫んでいてカオスな状況だ。俺は目をジルに塞がれたままなので何も見えないが。



その後、お付きの女性に引っ張られていったアーリンが服を着てから戻ってきた。


「それでトール君、入浴剤と薬剤だがどうにならないか? 金なら幾らでも出すぞ」


「あれは大量に作れないのもあって売り物じゃないんです。つまり、お金を積まれても売れないですよ」


「なんだって!? じゃあ、君とジルヴィア君だけが使えるって事なのかい」


「まあ、家族用ですので」


「ふうむ、それじゃ私もトール君と結婚すれば使えるって事か? なら私も……」


「駄目です!! トールは私以外と結婚しません!!」


まあ、確かにハーレム願望は無いからジルだけで十分ではある。手がかかるでかいペットも三匹いるし。


「そうなのかい? 私は別に妾でも構わないぞ……と言いたいが、ジルヴィア君の顔を見るに無理そうだな。まあ今日の所はこれでおいとまするけど、入浴剤と薬剤を諦めたわけではないからね。もし、私に売る事が出来るぐらい製造できるようになったらすぐ教えて欲しい。金や人手の協力がいるなら、惜しむつもりも無いからすぐ相談してくれたまえ」


そう言って、アーリンとお付きの女性は帰っていった。


帰った後にジルヴィアから滾々と説教を受けた。俺は悪くないと思うのだが、そう言うとさらに説教が長引きそうだったので黙って受け入れる事にした。


なお、その間俺を見てミズーはずっとニヤニヤしていた。



その後も、アーリンは定期的に来て薬湯に入りたい、売って欲しいと要望してくることになるが、そう言われても無理なものは無理なのだ。あと、ジルが少し怖いので。



























◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『どうしたトール、何を考えこんでおる?』


今日も今日とて暇な薬屋、俺は暇に任せてある事を考え込んでいた。


「ん? いや、例の三人についてな」


『例の三人とは「白銀」の娘どもの事か。クララとやらが詫びに来ておったな』


「(そういやお菓子とお金を持ってきていたが、こちらでも山吹色の菓子って表現あるんだろうか?)ああ、そうだ。あいつらの本当の目的は何だろうと思って」


それを聞いてミズーは少し驚いた表情をしてから、薄っすらと笑みを浮かべている。


『ほう、本当の目的とな。ここで休憩したり、食事をたかったり、美容の薬を求めたりではないのか?』


「まあ、それもあるにはあるだろうとは思う。だが……」


『他に引っかかるところでもあるのか? ならば言ってみよ』


「まずはペトロネランだ。少し違和感を覚えたのが何も言わずに靴を脱いでこちらのスペースに上がろうとした事だ。土足厳禁なのは言ってない。俺たちを見て分かっていたのかもしれないが……。あと、持ってきた本はそこまで高いレベルの学術本ではなかったようだし、そんな物を『加護』研究で有名な彼女が今更ここに持ってきてまでして読むか?」


「次はウラだ。母屋で張って夕食をたかろうとするのであれば、食事の準備を始めた段階で声をかければ良い。わざわざ俺たちが食べ始めるのをじっと見ている必要が無い、そうしていたのは何かを見たかったのか? それに、それなりに見知った仲とは言え、いくらなんでもカレーの時は強引すぎる。評判を聞く限りでは彼女はそこまで失礼な人間じゃなかったはずだ」


「最後にアーリンだ。来る途中で雨が降ったと言っていたが濡れすぎだろう。金に困っているわけでも無いんだから、雨が強ければ傘なり雨合羽なり買えば良い。寄り道しながら来たというのならなおさらだ。裸をわざわざ俺に見せたのも少し引っかかる、裸になる理由が何かあったのか」


「それぞれ狩人としても超一流だが、ペトロネランは『加護』研究において有名な人間だ。ウラは獣に詳しく、食に一家言を持っている。アーリンは護衛の達人だ。とするとだ、もしかすると……」


頷きながら聞いていたミズーだが、聞き終わるとニンマリとした。


『なるほど、冷静によく見ておるではないか。お主が絶賛邁進中の「すろーらいふ」とやらで腑抜けたかと思っておったが杞憂だったな』


「なんだ、お前も気づいていたのか」


『然り。我の一番の目的はお主の護衛であるぞ』


「そういやそうだったな」


『して、どうする? 怒りに任せて関わりを絶つか?』


「今の所はどうもしない、バレて困るような物は何もない。俺とジルをではないかと疑っているように見えるが、具体的にそれが何なのかは知っておきたい」


『ふむ、まあそれもよかろう。あの程度の輩、我がいれば対峙したとてどうとでもなろうぞ。その上、ダイチを使えば存在ごと消せるゆえ』


「とりあえず、迷惑してる風で様子を見る。俺に関係する事かもしれないしな。どうしても面倒ならドミニクを使う手があるし」


しかし、俺にすら粗を見つけられるようなやや強引な手法だったのは、急がないといけない理由でもあったんだろうか。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ある時のある場所。


「それぞれ、分かった事を教えてくれる?」


「土足を禁止する建屋は伝説の『古の民』ぐらいしか聞いた事が無い、何故王国出であろう人間がそれに習っているのか? そして、彼らが持っている武器は間違いなく天授の武器。直接見て分かった」


「他には?」


「あの二人は見た目と中身が合致していないように感じた。特に彼女は私と同じぐらい『加護』に詳しいかもしれない」


「なるほど、そっちは?」


「それより、俺に変な腹芸なんかやらせるなよな! 絶対にロクでもない奴だと思われただろうし、あれじゃやり過ぎで下手したら諸々バレてるんじゃねえか?」


「表向きにはやったのはただの奇行でしょ? なら問題ないわ。もっと言えば、奇行が目立てば目立つほど都合が良い」


「お前なあ……、ハァ。まず、あの大きな猫は絶対に大川辺猫じゃねえよ。この大陸全土にいるどの種類の大川辺猫とも特徴が一致しねえ。そもそも遊戯を楽しんだり、匙を使って飯を食うほどの知能はねえしな」


「まあ、そうよね」


「カレーとか言う料理は皇国は勿論、王国でも小国群でも見たことがねえ。他にも見たことがねえ菓子を作っていたりと、料理に関してもとんでもない知識を持っている」


「天才料理人とか?」


「あの年でか? 東都ザレだけにお前が疑ってる通りから知ったって可能性も有るが」


「私もいいかい? 彼の家を見る限りでは怪しい物は何もなかったよ。隠し部屋らしきものは構造的に無いし、立てこもりに使えるような堅牢さだったり大量の武器があったりという事も無かった。二階への扉が頑丈だったが構造的に防犯目的だろう」


「あなたをすんなり中に入れたのだもの、そうでしょうね」


「精度が高い三級回復薬をたやすく作れるのもそうだが、あの薬湯や美容液はとんでもない質の高さだよ。貴族の端くれの私の知る限りでは、皇帝陛下や上位貴族でもあそこまでの物は持っていまい、やはり彼は只者ではないね」


「なるほどね」


「しかし、今回は随分強引じゃなかったかい?」


「心配性のジジババがせっついてうるさいのよ」


「ふむ、今の所そこまで喫緊とは思えないが」


「とにかく、にはこの情報を持っていけば十分でしょう。貴方たちは彼らを外から来た人だと思う?」


「彼が王国人で、彼女が皇国人なのは来歴・特徴からして間違いないと思う。従って外ではない」


「俺も同意だ。匂いでも分かる」


「私も同意見だね。外にしてはあけっぴろげすぎる」


「やはりそうね、とりあえずは一安心かしら」


「ただ、外では無いが猫も含めた彼らは相当な強者。天授の武器だけでも相当厄介なのに何か奥の手を隠し持っていると見た」


「それには私も同意だ」


「俺は出来れば相手にしたくはねえな」


「分かったわ。今後は定期的なお使いで様子を確認していきましょう」


「分かった」


「おう」


「承知した」

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