白銀の困った三人娘 ウラ編

定期的に三級加護回復薬と三級傷病回復薬を買ってくれる、上得意のお客様『白銀』。

実力も折り紙付きのクランだが、その主要メンバーには時々手を焼かされている。ある日のそんなお話。


『薬師の加護』では薬膳扱いになって作れることが分かっていたカレー。『薬師の加護』で作ると薬膳感が強い物が出来るのが分かっていたので、今日までスパイスなどの量を調整したり、他の調味料を入れたり、粘性を上げたりと工夫を繰り返していた。


その結果が今日出る。


今日は母屋のキッチンスペースでカレーを作っているのだ。


「どうだ、ミズー。この香りは」


『お主が前から定期的に試作していた「かれー」とかいう料理か。香りは確かに悪くない。しかし、見た目は色と言い形状と言い、はいせ……』


「それ以上はいけない」


ミズーがけしからん事を言いそうになったのでシャットアウトする。それは思っていても言ってはいけないのだ。


「ようやく納得がいく完成度まで仕上がったんだ。まあ、味見したらすぐわかる。ほれ」


お玉でカレーを少し小皿に救ってミズーに差し出す。


『ふむ、まあ変な材料を使っておらぬのは分かっておるからな。どれ』


ミズーが前足で器用に小皿を持ってカレーを飲み込む。


『む……。これは辛さの中に旨味があって中々美味いではないか! これはこのままスープとして飲むのか?』


「いや俺が元いた世界では米にかけて食う事が多かったな。だから米も用意してある。今日の晩飯にする予定だ」


ジーゲー州を旅していた時に知ったが、皇国にも一応米があり、これを食べる習慣もある。だが、長細いタイプでインディカ米とか言われていた物に似ている。今回は普通に炊いてみたが、炒めてバターライスやサフランライスみたいにした方が合うかもしれない、これは今後も要研究だ。


『ほうなるほど、カレーと米を一緒に食すわけか』


「ナンというパンのような物に付けて食べても美味いぞ。そうだ、このカレーをパンの中に入れて油で揚げる事でカレーパンという美味いパンにもなるんだ」


『なにっ、カレーパンだと……。興味がそそられる名だ』


「あとは出汁とカレーを混ぜ、うどんを入れてカレーうどんという料理にもできる」


『なるほど、中々応用が利く料理なのだな。カレーパンとやらは興味があるから、明日作ってくれ』


「無茶言うな。カレーパンはともかくとして、ナンは大体の作り方しか知らないが、ベッカールの二人に教えたら工夫して作ってくれるかもしれないな」


『カレーパンについてもベッカールに教えて作らせようぞ』


「まあ、考えとくよ。そろそろ店を開けるから、カレーはこのまま弱火で煮込んでおこう。ジルもカレーを気に入ると良いんだが」


ちなみにジルヴィアは今日は朝から出かけている。


『夕餉が楽しみだ』



いつも通り、流行っていない店を開ける。客も来ないのでコーヒーを飲みながらミズーとオセロをやって暇をつぶす。なお、たまに来る客にその様子を見られると大川辺猫はテーブルゲームも出来る程賢いのかと驚かれるのが定番になっている。


『ふむう、このオセロとやら前にもやったがルールこそ単純、しかし中々奥が深いな。端のマス、特に角を取るのが重要と見た』


「おい、お前の番だぞ早くしろよ」


『待て、今最善手を考えておる』


「中盤終盤ならまだしもまだ五個しか置いてないんだから早く置けよ」


ミズーは長考している、こうなると長いんだよなあこいつ。

仕方ねえなとおもいつつ、コーヒーを飲みながら何気なく薬屋の入口を見ていると客が来たようだ。

チリンチリン、ドアが開かれベルが鳴る。


「トールー、薬買いに来たぞー」


そう言いながら長身の女性が笑顔で入ってきた。でっかいパンのような物を食べている。


入ってきたのは、『白銀』のメンバーであるウラ。彼女は濃い赤髪を特徴的な編み込みヘアにしている、浅黒い肌をした身長百九十センチを超える大柄な女性で、『四つ耳』と呼ばれる種族らしい。

服装はヘンリーネックのようなシャツにホットパンツとかなり薄着だ。大柄ではあるが、顔は美人と言って良いぐらいには整っている。


『四つ耳』とは皇国の南西側に位置する小国群にいる種族で、その名の通り耳を四つ持っている。具体的には人間の普通の耳と、動物のような耳が頭頂部に二つある。

特徴的なのは耳だけで、例えば体毛が濃かったり尻尾だったりは無いらしいので獣人と呼ぶには微妙な気がする。


『四つ耳』は非常に身体能力が高い種族で、彼女はその中でも特別身体能力が高いとの事だ。種族的なものなのか、サバイバル能力に長け、獣・害獣に詳しく『白銀』の優秀な斥候らしい。

彼女は二級狩人・二級害獣狩人の称号を持っている。


「いらっしゃいませ、どういった薬がご入用ですが」


「えーっとなんだったっけ……、クララ何て言ってたっけか。色々買い食いしてたら忘れちまった、ハハハ」


またか、ウラは非常に優秀な斥候だが興味が無い事はすぐ忘れてしまうんだよな。

もちろん、クララやエルヴィンはそれを分かっているはずだから……。


「クララさんから書付のような物は渡されませんでしたか」


「おお、そうだった! よく分かったなトール。これだ」


そう言って、ホットパンツのお尻側のポケットに入ったくしゃくしゃの紙を渡される。

えーっと、鎮痛剤に胃腸薬に塗り薬に……。うん、これなら在庫で事足りるな。


「薬を用意しますので少しお待ちいただけますか」


「おう!!」


いつの間にかパンを平らげていたウラは、頭の後ろで腕を組んでぼーっと窓の外を見ている。

リストに載っていた薬を用意して紙袋に入れた。渡そうとウラを方を見ると、何やら鼻をクンクンさせている。


「ふんふん……、何か凄く美味そうな匂いが奥からするような……?」


……マズい、こいつは人一番食い意地が張ってるからカレーがバレたら、金は出すから食わせろと絶対にたかってくるぞ。


「……奥で薬の調合中なので、多分その臭いですよ」


「そうかあ? 食い物のような気がするんだが」


首をかしげなら薬の入った袋を受け取り、金を払うウラ。チラチラとこちらを見た後、ドアから出て行った。


「ありがとうございましたー……、『四つ耳』は嗅覚も鋭いのか」


『カレーがバレなくて良かったな、前に来た時もお主が作った菓子を食わせろと金を払って無理やり食っておったな』


「食い意地が張ってて、ペトロネランとは別のベクトルでアプローチしてくるからな」


実際のところ、ペトロネランにしてもウラにしてもめちゃくちゃ迷惑なのかと言われるとそこまででもなかったりする。というのも、彼女らは『白銀』の一線級の戦闘員だからだ。


要は害獣討伐やら護衛依頼やらでバリバリ活躍していて、それほどザレに滞在しているわけでもない、従って俺の店に来るのもたまにになる。薬を頻繁に買う事も普通ないしな。


たまーに来て喫茶店替わりにしたり食い物を要求されて大金を落としていく人たちだ。なので大歓迎ではもちろん無いが、長い人生(俺の場合、本当に長いし)こういう事もあるか程度な感じだ、今の所は。



その後、ポツポツと客が来て夕方になったので閉店した。さて、カレーの時間だ。

ジルも帰ってきたので夕飯にしよう。


カレーが入った鍋を見たジルが少ししかめっ面をする。


「トール、これなんだい? 匂いは良いけど見た目はまるでアレみたいなんだけど」


「ジル、食えばわかる。これは俺が元いた国では国民食と言って良いぐらい人気がある料理だ」


「……本当かい? まあ、そこまで言うなら」


『トール、我の分は大盛にせよ』


全員分をよそってテーブルに着く、さて味はどうか米とカレーをすくって口に入れる。うん、日本で食ったカレーとは少し違うがまごうこと無きカレーだ。米は……もう少し工夫が要るか。


「少し辛いけど美味しいねこれ」


どうやらジルにも気に入ってもらえたようだ。


『なるほど、米と一緒に食う事で食いでが増える上に、辛みの調整が出来ると言うわけか。美味い。こうなると俄然カレーパンとやらにも興味が出てきたぞ』


ミズーがスプーンを使ってバクバクとカレーを食べている、と思ったらピタッとスプーンを動かすのをやめた。

そして窓の方を見ている。なんだ?と思ったら、窓の方を見ろとばかりに首で指し示している。


窓に何かあるのかと思って見てみると、カーテンの隙間に違和感を感じた。




<●> <●>




ビビった、誰かがカーテンの隙間から家の中を凝視している。よくよく見るとウラだ、こいつ母屋の方で張っていたのか。

まずい、ウラと目が合ってしまった。目がニヤリと笑うのが分かった。


ドンドンドンドンッ!! 母屋のドアが力強くたたかれ続ける。

ミズーとジルヴィアの方を見ると、二人とも仕方ないと言う顔で頷いている。


渋々ドアを開けると、したり顔のウラが仁王立ちしていた。


「ト~~ル~~、やっぱり薬じゃなくて美味そうな料理じゃねえか!! 隠すなんてズルいぞ!!」


「何がズルいのか分からないです、これはウチの晩飯なので」


「良いから俺にも食わせろ!!」


「だから、ウチの晩飯だから駄目ですよ」


「こんな良い香りだけかがせて食べさせないなんて酷いぜ! 金は払うから頼むよ、ほらっ!!」


了承も取らずにロングブーツを光の速さで脱ぎ捨て、ポケットに入っていたくしゃくしゃの金札と銀札を何枚か渡された。それなりの大金なのに扱いが雑すぎるだろ。

そしてそのまま、俺の席に座り食いかけのカレーをかきこみ始めた。


「おおっ、こらうまい!! こらうまい!!」


ガツガツと食べ続け、あっという間に平らげてしまった。


「トール、おかわり!!」


「いやいや、おかわりじゃなくて……」



その後、俺とジルが一皿食べる間に、カレーを五杯もお代わりし、いやーすげえ美味かった!腹いっぱいになったから帰るな! と言って颯爽と帰っていった。台風みたいな奴だ……。そして、カレーと米が無くなってしまった。


「くそ~~、一日寝かせて味が熟成したカレーを明日食おうと思って多めに作っておいたのに……」


『なにっ、一日置くとさらに美味くなるのか?』


「ああ、セレウス菌には気を付けないと駄目だがな」


『あの女、食い意地が張って困った奴だな』


それを聞いてジルが苦笑いしている。俺も、それについてはお前が言うなという思いでいっぱいだ。というのもミズーは大盛で三杯もお代わりしているからだ。食った量はウラと大して変わらない。



その後、『白銀』のクランハウスに戻ったウラは、『白銀』のクランハウスで雇っている調理担当者にカレーを作ってくれと頼むが、カレーが何か分からないと返されてしまった。


じゃあ、仕方ないと諦め、ウラは定期的にカレーが食べたいとトールに要望するのだった。

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