白銀の困った三人娘 ペトロネラン編

定期的に三級加護回復薬と三級傷病回復薬を買ってくれる、上得意のお客様『白銀』。

実力も折り紙付きのクランだが、その主要メンバーには若干手を焼かされている。ある日のそんなお話。


薬屋スペースの俺がいる側、つまりは板張りの店員側スペースだがこちらを最近少し改造した。

具体的な改造の内容だが、端の方に掘りごたつスペースを作ってみたのだ。机は畳んで収納できるようにした。

もちろん、掘りごたつはこちらの世界では全然使われていないので大工に頼むのが色々大変だったがようやく最近それが完成した。


早速、掘りごたつの中に入ってみる。座布団も服飾店にお願いしていくつか作ってもらった、座布団はゴロ寝するのにも丁度いい。


「ジル、どうだこれ。俺が元いた世界にあった掘りごたつってやつなんだが」


俺が座った向かい側の席にジルも腰かける。


「変わった造りだね、でもなんか落ち着く」


「寒くなった時に、この天板と下の足の間に布団を入れると足元が暖かくて良いんだ。まあエアコンもあるけどな」


エーファに相談したら、精霊石とやらを動力源にして加熱したりも出来るようになるんだろうか?


「あのエアコンってやつも便利だね。エアコンにしても便所にしても風呂にしても、この家って皇国でも指折りの良い環境だと思うよ。ここに慣れちゃうと旅が辛くなりそうだなあ。元の世界はもっと便利で快適だったってトールはよく言ってるけど本当なの?」


「ああ、自動で風呂を沸かす機械や自動で掃除してくれる機械とか洗濯してくれる機械なんかもあったりしたからな。いずれその辺りもエーファに作って欲しいが」


「へー、そうなんだ。そんな便利だと自堕落になっちゃいそうだね」


ジルと他愛も無い会話をしていると、背中にずっしりとした重みとしっとり感を感じる。つまり、ミズーが俺の後ろから圧し掛かってきたわけだ。毎度おなじみのウザ絡みだ。


『この大きさでは我が掘りごたつとやらに入れぬではないか、もっと大きく出来ないのか? 三倍ぐらいの大きさは欲しい。』


「そんなデカくしたら店舗スペースが滅茶苦茶狭くなるじゃないか、ここはあくまでも店だぞ」


『何故かはわからぬが我もこたつの中に入りたい。ふうむ、遊戯室に作るべきか。我が座れる大きさの座布団も欲しいな』


何か勝手に悩んでいる。そもそもミズーは二足歩行じゃないんだしこたつに入らなくても良いと思うんだが。

いつも通り長椅子で香箱座りしていて欲しい。


元の世界の家電とか食べ物にやたら興味を示すからなこいつらは。今でもコーラは何とかならぬのかと定期的に言われている。


今日も薬屋は暇なので、出来上がったばかりの掘りごたつにジルと二人腰掛けコーヒーを飲んでまったりしていた時だった。


チリンチリン、入り口のドアのベルが鳴る。誰かが店に入ってきたようだ。

入口を見ると、小さな人影が見える。


「……」


三角帽子に、ファンタジー創作物で魔法学校の学生が着るような黒いローブを纏った小さい女性が立っていた。

入ってカウンター近くまで歩いてきて、俺の事をじっと見ている。


彼女の名はペトロネラン。赤い瞳に濃い青色のロングヘア、身長はおおよそ百三十センチぐらいとかなり小柄で、顔も可愛い系の童顔なのでパッと見、中学生にすら見える。だが実際は、二十歳を越えた立派な成人らしい。ちなみに皇国では十六歳で成人と認められる。


ペトロネランは、皇国において今までに彼女一人しか持っていない『火水風土の加護』という強力な加護を持つ二級害獣狩人だ。『白銀』の火力面においては彼女が最大戦力となっているらしい。


「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件ですか?」


「四級加護回復薬と、鎮痛剤が欲しい」


「承知しました、いかほど必要ですか?」


「四級加護回復薬は三つ、鎮痛剤はこの瓶にいっぱい欲しい」


そう言いながら、肩掛けの鞄から瓶を取り出す。


「分かりました、準備しますね」


そう言って、俺は掘りごたつから立ち上がり薬をしまっている棚からそれぞれの薬を取り出して販売する準備をする。

ふと振り返ってカウンターの方を見ると、掘りごたつをじっと眺めている。


「……それは何?」


掘りごたつを指さして尋ねてきた。


「ああ、それは私の家に伝わる独自の建築様式で掘りごたつといいます。床が掘ってあって座って中で足を伸ばせるんですよ」


「……ふうん、良さそう。その敷き物も座るのに丁度良いかも」


「お褒めにあずかり光栄ですよ」


また、薬を準備していると背後からジルの声が聞こえた。


「ちょっとちょっと、こっちは店員と家族だけの場所だよ」


なんだと思って振り返ると、ペトロネランが靴を脱いで板張りのスペースに上がろうとしていた。いやいや、なんで上がろうとしてるんだこいつは。


「ペトロネランさん困ります、こちらは私と家族が準備したりする所でお客様が入っては駄目な場所なんですよ」


「でも、そこで本を読みたい」


「はあ?? いや、本は家に帰って読んでくださいよ」


「私の部屋は本だらけで、寝るスペースしかない。食堂とかだとクララとかウラがうるさいし。掘りごたつならゆっくり本が読めそう」


後から聞くとペトロネランは『加護』研究においても高名で、『白銀』のクランハウスの一室が彼女の家らしいが、その家は本で溢れているらしい。

寮母みたいになっているクララに掃除しなさいと言われているようだが馬耳東風でほったらかしとの事だ。


「いや、駄目ですよ。家で読めないなら喫茶店ででも読んでくださいよ」


「人がいっぱいいる喫茶店は好きじゃない。ここはいつもガラガラで静かだから好き。今日から薬屋兼喫茶店にしたら良い」


「いやいやいやいや、良くないですよ」


そう、『白銀』のエルヴィンとクララ以外の主要メンバー三名は個性が強めで、多かれ少なかれ問題があるのだ。エルヴィンやクララは彼女らをまとめるのに苦労してるんだろうな。


ちなみに総合ギルドでペトロネランの見た目や背丈を散々馬鹿にした上で、喧嘩を売った命知らずが全治半年の重傷を負った話を聞いた事がある。


「……お金?? お金なら出す。あとトールがいつも飲んでるコーヒーも飲みたい」


そう言って、金札十枚(約百万円)を差し出すペトロネラン。ここでコーヒー飲みながら本を読むだけに金札十枚も出すんじゃねえよ。

一流狩人だけあって金銭感覚もズレているのか?


「いや、お金の問題じゃなくてですね」


「えー……? じゃあどうすれば良い?」


「だから、ここは私と私の家族か店員しか入れないんですよ」


「じゃあ、トールと結婚する」


ムチャクチャ言い出したぞこいつ、ここで本を読むためだけに俺と結婚するとか。


「トール!! 私がいるのにペトロネランさんとも結婚するの!?」


あー、ジルまで騒ぎ始めた。


「いや、しないよ」


「だよね!」


「えー……?」


えー、じぇねえよ。どうしようもねえ奴だなペトロネランは、ふと横を見ると香箱座りをしたミズーがニヤニヤしている。

こいつはこいつで俺のトラブルを楽しんでやがるな。


面倒な事になったなと頭を抱えていると、ため息をついたジルが提案してきた。


「この子頑固だし、このまま駄目って言っても折れてくれなさそうだよ。薬を買いに来て、かつ一刻(約一時間)ぐらい限定でならここで本を読んで良い事にしたら、トール?」


ええ、超めんどくせえ。俺のまったりタイムが減るじゃねえか。そういや、ジルってペトロネランには妙に優しいんだよな、なんでだろう?


「……しょうがない、それで妥協する。勿論、場所代とコーヒー代は出す」


……どこから目線で発言してるんだ、ペトロネランは。

というか妥協してそれなら、もしかして本当に俺と結婚してガチでずっと居座るつもりだったのか?


「では、早速本を読む」


止める間もなく靴を脱ぎすて、掘りごたつに座って本を読み始めるペトロネラン。

勝手に契約が成立してしまっている……。


俺の飲みさしのコーヒーも勝手に飲んでいる。


「トール、コーヒーのお代わり。勿論薬代は別で払うので安心して」


そう言って、先ほどの金札十枚を掘りごたつの机の上に置いた。


「いや、そんなに出して良いのか?」


「別にお金なんてどうでもいい、足りないならもっと出す」


そう言うと、本に集中し始めた。本の背表紙を見たジルがふと言葉を漏らした。


「あー、それ『加護回復大全』か。割と参考になったけど、過剰摂取の項目は一部間違ってると思うんだよね」


ジルの言葉に、ペトロネランがピクリと反応する。


「ジルヴィアは読んだことがある?」


「あるよ、結構参考になる事も多かったね」


「さっきの過剰摂取だけど……」


急に饒舌に喋り始めたペトロネラン、ジルもそれに答えて盛り上がっている。

仕方ないのでコーヒーを入れてペトロネランの前に置く、するとジルが私のお茶もお願いと言うのでそっちも準備して置いてやる。……喫茶店のマスターみたいになってないか?


その日、二人は『加護回復大全』の話で随分盛り上がっていた。ジルと楽しい話で盛り上がり、美味しいコーヒーが出てきて、良い環境で本も読めたのもあって、ペトロネランはホクホクの満足顔で薬を持って帰っていった。


とりあえず、もうあんまり来ないで欲しい。



その後、『白銀』のクランハウスに戻ったペトロネランは、クランハウスにも掘りごたつを導入するべきだと熱く語ったと言う。

エルヴィンとクララは掘りごたつが何かまず分からず面食らったが、その後の説明を受け、ここは全館土足だから無理とペトロネランに返事した。


じゃあ、仕方ないと諦め、ペトロネランは定期的にトールの薬屋で本を読む事にするのだった。

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