夏期特別編

護衛者たるや、かくあらん

ここはレムシャント州のとある村。


レムシャント州では果実の栽培が盛んで、特に柿に似たレムシャンと呼ばれる果実の栽培で有名である。レムシャンはこの辺りのみならず、皇国で広く愛されている。


特にこの村特産の、干しレムシャンは非常に甘いと評判で、高値で取引されている。

ある農家が干しレムシャンをヒルデスの町に卸すために、ほろ付きの馬車や荷物の準備をしている。


朝早くにそんな馬車の近くで荷物の積み込みを手伝っている巨大な金属製の盾を背負い、同じく金属で出来たメイスを腰に下げ、皮の鎧を身に纏ったスキンヘッドに筋骨隆々のむさ苦しい男がいる。

彼の名は自称・どんな条件でも完璧に護衛を全うする五級護衛者、鉄壁のグレゴール。彼とその仲間であるゲッツは、農家に雇われた護衛者である。この村からヒルデスに行くまでの護衛が彼らの仕事だ。


そんな様子を見たゲッツが苦笑いしながらグレゴールに声をかける。


「おいおい、グレゴール。荷物の積み込みは仕事内容に入ってねえぜ? 相変わらずお人好しな奴だ」


「確かにそうだが、この積み下ろし作業は俺の筋肉を鍛えるのに丁度良いからな。体も鍛えつつ、雇用者に喜んでもらえるなら誰も損しないだろ。

鉄壁を維持するために常に体は鍛えておかねばならねえ!!」


「ま、お前がそれで良いなら構わんが」


そんなグレゴールが箱に入った干しレムシャンを両肩に担いで馬車に乗せる様子を、じっと眺める少女がいた。


「おじちゃん、凄い力持ちなんだね」


少女に声をかけられたグレゴールがニカッと笑いながら、力こぶを作ってアピールする。


「おう!! お嬢ちゃん、このデカい筋肉がついたぶっとい腕を見てみな!! この腕でお嬢ちゃんらを守らなきゃならねえからな!!」


「そんな力持ちなら私をぶら下げられる?」


「当り前だ、ほれぶら下がってみな」


少女は差し出された腕に捕まり、ぶらーんとぶら下がってキャッキャと喜んでいる。その状態でグレゴールはぐるぐる回って見せる。


「おじちゃん、すごーい!!」


雇い主である農家の夫妻が、そんな様子を見ながらゲッツに声をかける。


「護衛だけ依頼したつもりですが、グレゴールさんに積み下ろしの手伝いや娘の遊び相手までさせてしまってすみません」


「いえ、気にしないでください。アイツはああいう奴なんで。見た目はあれなんですが、何故か子供に好かれるんですよね」


「そろそろ積みこみが終わりますので、少しお待ちください」


「承知しました。こちらは気にせず、しっかり準備してください」



荷物の積み込みが終わり、村を出発する事になった。荷物を載せた一頭引きの馬車で、御者は農家の父が担当し、馬車の中にはその妻と娘が待機している。

進む馬車の右側をグレゴールが、左側をゲッツが馬車を守るように歩いている。


「おい、グレゴール。ヒルデスまではどれぐらいで着きそうなんだ?」


「この速度なら夕方ぐらいじゃねえか? この辺りの街道沿いは害獣や盗賊の被害もほぼ無いし、このまま進めば特に問題も起こらねえだろ」


「そうだな。楽な仕事になりそうで助かるぜ。夜はヒルデスで一杯やりてえな」


「おいおい、あまり気を緩めんじゃねえぞ?」


「はっ! あたりめえよ、金貰ってんだからな」


軽口をたたきながら、グレゴールとゲッツが歩く。

しばらく進んだところで、馬車の中から顔を出した少女がグレゴールに声をかけてきた。


「おじちゃん、ずっと歩いてて疲れない? おっきい盾も持ってるし」


「ハッハッハッハッ、この程度で鉄壁のグレゴールが疲れるなんてありえねえよ、お嬢ちゃん。三日でも四日でも休まず歩けるぜ!」


「やっぱり、おじちゃんは凄いんだね!」


ゲッツが苦笑いしながら会話に入ってきた。


「おいおい、三日休まず歩くのは流石に無理だぜ」


「お前は鍛え方が足りねえから無理だろうけど、俺は余裕だ!」


「本当かよ、半年ぐれえ前に一日かけて山登った時はヒィヒィだったじゃねえか」


「その時からさらに鍛えているから、もうそんな事にはならねえ!」


歓談に笑い声が響く、ゲッツは内心今日の仕事は悪くねえなと思っていた。



昼に少し休憩を取り、一刻(一時間)ほど進んだ時だった。ゲッツが遠くの何かに気付き、得物の十文字槍を強く握りしめる。


「グレゴール!! 前から何か来るぞ、気を付けろ!!」


「……獣か、あれは。ノスケさん、馬車の中に隠れてじっとしておいてくれるか!」


「分かりました!!」


遠くを見ると、獣のような物がこちらに向かって走ってきている。少し近づいてきて分かった、あれは害獣である銀色狼の群れだ。

こんな街道で現れるのはかなり珍しい存在だ。


「どうやら銀色狼みてえだな、街道で出るなんてこの辺りでなんかあったのか?」


「んでグレゴール、どうする?」


「……ここから見る限りでは十体ちょいぐらいか? なら俺らで何とかなるだろ。ゲッツは前で蹴散らせるだけ蹴散らしてくれ、俺は馬車を守りつつお前の討ち漏らしを片付ける!」


「了解、前に出るぜ!!」


そう言うと、ゲッツは馬車から少し前に駆け出し、少し行った所で十文字槍を構える。

ゲッツもグレゴールと同じ五級護衛者で、かつ五級害獣狩人でもある。ゆえに害獣との戦闘経験も豊富で銀色狼程度ならどうとでも出来る実力者だ。


走ってきた銀色狼が数体、囲むようにゲッツに襲いかかえる。


「ハッ!! その程度の連携じゃ俺は殺れねえぜ!!」


最初に飛んできた銀色狼の胴に槍を突き刺し、振り回して遠くに投げ捨て、続けて二体目の首付近を斬りつける。

三体目、四体目も上手く捌いて処理をする。さらにその後ろからゲッツに飛びかかるが、槍でいなされている。


「ゲッツの奴、相変わらず良い槍捌きしてんじゃねえか」


ゲッツが飛びかかった数体を相手にしている横を、四体の銀色狼が走って通り過ぎ、グレゴールと馬車に向かってそのまま走り続ける。


「グレゴール!! 四体そっちに行ったぞ、大丈夫か!?」


「誰に言ってやがんだ! 俺は鉄壁のグレゴールだぞ、銀色狼の十体や二十体わけねえよ!!」


そう言うと、グレゴールは左手に大盾を右手にメイスを携え、馬と馬車を守るべく戦闘態勢を取る。


走ってきた銀色狼がグレゴールに飛びかかるが、タイミングを合わせて大盾を叩きつけて吹き飛ばした。それに合わせて横からもう一体がグレゴールの首に噛みつこうと襲い掛かるが、右手のメイスで頭を叩き潰した。


その時だった、馬車から心配そうな少女が顔を出したのだ。


「おじちゃん、大丈夫!?」


その隙を見逃さず、少女に向かって銀色狼が飛びかかる。恐れた顔で全く動けない少女。そして銀色狼が強くかぶりついた。


しかしかぶりついたのは、少女の頭ではなく筋肉の塊であるグレゴールの右腕だった。


「お、おじちゃん!?」


ニカッと笑いながらグレゴールがそれに答える。


「俺は大丈夫だ!! それより危ねえから顔出すんじゃねえぞ!」


少女は頷くと馬車の中に戻った、それを確認したグレゴールは右腕をぶん回し、腕に噛みついた銀色狼をそのまま地面へ力任せに叩きつけた。

ぐったりして腕から外れる銀色狼、腕からは血が流れているがグレゴールは意にも介さない。


「はっ! この程度で鉄壁のグレゴール様の腕を噛みちぎれるとでも思ったか犬っころ風情がよ!!」


残る一体の銀色狼も大盾で吹き飛ばし、馬車に向かってきた四体は処理が終わった。

前方を見ると、丁度ゲッツも全て討伐し終わった所だった。



ゲッツが馬車の方まで戻ってきて、辺りの様子を含めた状況確認をした結果、これ以上の銀色狼の群れはいない事が分かった。

ノスケに報告し、討伐した銀色狼の最低限の素材だけ採取し、死体は埋め再出発出来る状態になった。


そろそろ出発するかというところで、目に涙をいっぱいにたたえた少女がグレゴールの元まで歩いてきた。


「……おじちゃん、ごめんなさい。私のせいでおじちゃんの腕が」


そんな少女にニカッといつもの笑顔でグレゴールが答える。


「お嬢ちゃん、腕ってなんの事だい?」


「でも、おじちゃんが狼に噛みつかれて……!?」


「確かに噛みつかれたけどな、俺の腕がどうなってるか見てくれよ」


「えっ……」


少女がグレゴールの腕を見ると、確かに噛みつかれた部分の服は傷んでいるものの腕には大きな傷が無いように見えた。


「おじちゃん、噛みつかれたんじゃないの?」


「ああ、噛みつかれたさ。でも、鉄壁のグレゴールがあんな犬っころに噛みつかれたぐらいでどうともなりゃしねえよ!」


「そうなの!? 良かった……」


「でも、お嬢ちゃん。ああいう時に外へ出ちゃだめだぞ、護衛してくれる人やお父さんお母さんの言う事を聞いてちゃんと馬車の中にいないと駄目だ!

今回はおじちゃんがいたから良かったけど、狼にやられちゃうかもしれないからな」


「分かった、ごめんなさいおじちゃん」


「分かってくれりゃ、それで良いんだ。さ、出発するぞ!」


再度、ヒルデスの町に向かって馬車が動き始めた。



それからは、特に何も起こらずヒルデスの町まで着いた。入口から少し行った所で護衛任務は完了だ。馬車から降りてきたノスケ夫妻が二人に向かって軽くお辞儀をし、任務の完了のサインが記された紙を渡してきた。


「グレゴールさん、ゲッツさん本当にありがとうございました。お二人がいなかったら、我々家族は銀色狼の餌食になっていたでしょう」


「いえいえ、しかしあの街道で銀色狼が出るなんて珍しい事もあるもんですね」


「ええ、私たちも何度かヒルデスまで来てますが初めてですよ。それで、グレゴールさんの腕ですが」


「?? 俺の腕ならお嬢ちゃんにも言った通りこの通り何ともねえですぜ」


そう言って銀色狼に噛みつかれた右腕をぐるぐると回すグレゴール。


「……そうですか、分かりました。お二人にまた護衛を依頼しても良いですか?」


「もちろんですぜ、いつでも大歓迎だ」


「こちら私たちが作った干しレムシャンです、良かったら食べてください」


そう言って袋に入った干しレムシャンをグレゴールに渡す。


「おお、こりゃありがてえ。あそこの村の干しレムシャンは大好物なんだ」


「では、また」


そう言って馬車に乗り込み去っていくノスケ一家。馬車の後ろでは、少女が満面の笑みで手を振っている。


「グレゴールのおじちゃん、ゲッツのおじちゃんありがとう!! またねー!!」


グレゴールとゲッツは同じく笑顔で手を振ってそれに答えた。



ノスケ一家が去ってから、グレゴールがゲッツに話しかける。


「さて、任務完了の証明書を総合ギルドに出してから飲みに行くか。……ゲッツ?」


「お前、四級使っただろ?」


そう言われて、バツが悪そうな顔をするグレゴール。


「まったく、あの夫妻にも気づかれてたみたいだぞ。四級傷病回復薬なんか使ったら大赤字だろうが。ここに来るのは分かってたんだし、血止めだけしてここで治療すりゃ良かったじゃねえか」


ボソッと呟くような小さい声でグレゴールが話し始めた。


「……それじゃ、お嬢ちゃんの気持ちがよ」


「あん?」


「俺ァ、あのお嬢ちゃんに自分のせいで俺が傷ついたってずっと落ち込んでほしくねえんだ。俺は一流の護衛者・鉄壁のグレゴール様だ。護衛者は人や財産を守るのは当然だが、護衛する人の気持ちも守って初めて一流だと思ってる。

ここは赤字になろうが絶対に譲れねえ」


「……は~~~~あ、まったくとんだ大馬鹿野郎だなお前は」


「……馬鹿で悪かったな」


ゲッツはそんな事のために、大赤字になっても四級傷病回復薬を使ったのかと内心少し呆れ、馬鹿な奴だなと思った。


だが、ゲッツはそういう不器用で要領が悪いグレゴールが嫌いじゃなかった。だからこそ、護衛任務をよく一緒に請け負うのだ。

それは護衛される側も例外ではないらしく、わざわざグレゴールに護衛の指名依頼する人も少なくない。


はーっと大きなため息をついてから、ゲッツがグレゴールの背中を軽くたたく。


「……ったく仕方ねえな、銀色狼を四体そっちに行かせた俺にも多少責任はあるにはある。この町で四級傷病回復薬を補充するだろ? その費用は割り勘にしてやる」


「でも、おめえ……」


「うるせえ! 割り勘にしてやるって言ってんだ、有り難く受けとけ馬鹿野郎! その代わり今日の晩飯はお前の奢りだぞ!」


「! ああ、分かった!! 今晩は好きに飲み食いしてくれ!」


「たらふく飲み食いしてやるから覚悟しとけよ! で、明日からはどうすんだ?」


「銀色狼があの街道に出たのも気になるし、総合ギルドで情報収集すんのはどうだ? 新しい護衛任務もあるかもしれねえし」


「そうだな、銀色狼の討伐任務もあるなら害獣狩人としての仕事もありそうだ」


「よし、決まりだ。じゃ、今日の報酬を貰いに総合ギルドに行こうぜ」


会話が終わった二人のむさ苦しい男が総合ギルドに足を向ける。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



とある日の、ヒルデスの総合ギルド。ある依頼をするために一人の若い婦人が訪れていた。


「すみません、護衛依頼をお願いしたいのですが」


「かしこまりました、どのような依頼ですか?」


「ここ、ヒルデスから村まで馬車の護衛をお願いします」


「依頼料はいかほどご用意されてますでしょうか」


「依頼料の前に、護衛者を指名したいのですが可能でしょうか?」


「こちらの町にいらっしゃる方なら可能ですよ」


「そうですか、ではグレゴールさんにお願いしたいのですが」


「グレゴール様ですか……、ちょうど今この町におられますね」


「良かった」


「御存知とは思いますが、彼は金色狼を一睨みしただけで追い返したという噂まである実力者で、現在は三級護衛者なのでかなり高いですが構いませんか?」


「ええ、もちろんです。幼い時にグレゴールさんに助けられた事がありまして。あの方以上に信頼できる人はいません」


「そうですか、では少しお待ちください」



鉄壁のグレゴールは今日も一流護衛者たらんと、自らの信条を貫き完璧な護衛を続ける。そんな彼を頼りにしている人間は多い。



「お前らの護衛は、この鉄壁のグレゴール様に任せろ!! 傷一つつけさせはしねえ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る