第112話 注入

『ええ、分かんないなあ……。詳しく教えてよトール』


「さっきも言っただろう、毒殺だ」


『でも、口から毒が入った袋を入れたところで吐き出されるだけだよ。どうやって毒を盛るんだい?』


「口から盛るんじゃなくて、静脈から毒を入れるんだ」


ミズーが新しい単語に反応する。


『お主の言う静脈とはなんだ?』


「血管の種類だよ。元いた世界だと、血を全身に心臓から送り込む血管を動脈、送り込まれた血を心臓まで戻す血管を静脈って言ってたんだ。その静脈に直接毒を入れる」


『なるほど、それゆえ皮膚を傷つける手段と血管の有無、そして痛覚の有り無しを聞いておったわけか』


「ああ、痛覚があったら毒を注入する際に暴れだすからな。そうなると流石に無理だ。大地の竜は一定時間ごとに寝るんだろ?

それなら深く寝入った所でこっそり近づいて皮膚を傷つけると同時に大きい注射器を静脈に差し込み、毒を注入してやれば殺せるんじゃないかと思ってな」


『ジルヴィアの剣を皮膚・静脈に差し込むと同時に、毒を注入する器具を静脈に差し込み毒を入れるわけか』


「そうだ。確かLD50の数値からすれば経口より静脈注射の方が殺し得る毒の注入量も少なくて済むはずだ。暇つぶしに見ていたウィキに載っていたのを覚えてる」


『うぃきとやらも気になるが、えるでぃー50とはなんだ』


「俺が元いた世界で使われていた毒の量の指標値だ。毒や薬の投与量などを調べるために動物実験をするんだが、条件を一定にしてから特定の動物群に毒物を投与した時に、その内の半分が死ぬ量の事だ」


『ほう、なるほど。同じ種族であっても個体差があるからというわけか』


「ああ、その指標値でその生物が大体どれぐらいの毒を盛れば影響があるか死ぬかが分かるわけだ。数値はその生物のキログラム、こちらで言うところのキーグ辺りの量で示す。

俺も全てを分かっているわけじゃないが経口と静脈注射で数倍量ぐらいの差があったはずだ」


『つまり、経口で殺す毒の数分の一の量でも静脈に直接入れてやれば殺せるという事だな?』


「そうなる。そして大体体重に比例するって事が分かってるから、そこから大地の竜を殺せ得る毒の領を推察するわけだ」


『お主はどれぐらいの量と推察しておるのだ?』


俺は上を向いて少し考えてから、ミズーに話し始める。


「うーん………、大地の竜が巨大なトカゲのような生物だとすると、大きさを推察するにはトカゲで考えるのが一番適当か。大地の竜の大きさはおおよそ五十~六十メートル。五十センチのトカゲってどれぐらいの重さなんだろう……? 五百グラムぐらいか?」


「トール、メートルっていうのがメートの事だと思うけどセンチとグラムって何?」


地球の単位を出したので、ジルヴィアに質問されてしまった。


「センチってのはセンチメートルの略で、一センチメートルが百分の一メートに相当する。一グラムは千分の一キーグだな」


「ふうん、トールが元いた世界ってそういう測定単位も発展していたんだね」


俺はブツブツ言いながら再度計算を始める。


「ああ、それで五十センチのトカゲが五百グラム、大地の竜がとりあえず五十メートルだとするとおおよそ百倍の大きさか。

三次元で百倍ずつと考えると、体積としてはおおよそ百万倍になるから……比重も同様とすると五百グラムの百万倍。とすると……五十万キログラムって事か」


『大地の竜の重さは分かった、ここからどうするのだトール』


「大地の竜のLD50を推察する。俺が切り札にしているトリカブト、こっちの世界だと鶏冠草だが、地球にいた頃に約一グラムの葉っぱ一枚摂取しても成人男性が死にかねないって話を聞いた事があるんだよな」


『ほう』


「トリカブトの葉の毒の成分としては精々二百分の一とかだろうから、含有量は五ミリグラムって感じかな。成人男性が六十キログラムだとすれば、経口のLD50は一キログラムあたりおおよそ〇・〇八ミリグラムと考えて良いだろう……多分」


『また新しい単位が出てきたが、まあそれは良い。それで?』


「ヒトとトカゲのLD50は違うとは思うが同じとして考えると……、体重が五十万キログラムだから四万ミリグラム………つまりは四十グラムって事だな。単純にそうとは限らないが倍ぐらい盛れば確度が高めで死ぬだろう、つまりトリカブトの毒の純成分を百グラムも経口で盛れば殺せる計算になる。さらに静脈でという話ならその数分の一で死ぬ、三分の一なら三十グラムってところか?」


『つまり、大地の竜の静脈にトリカブトの毒を三十グラム注入すれば良いというわけだな』


「推測に推測を重ねた数値だからな、どこまで当てになるかは分からんが……。二~三倍の量とか多めに盛ってやるのが良さそうだ。治癒力が高いらしいから、解毒能力や代謝能力がどうなのかも気がかりだが……」


『へーそうやって生物を殺す毒の量を推察できるんだね、トール凄いじゃん』


「確かにトールの推察は興味深いけど、本当に上手く行くのかなあ?」


ジルヴィアは疑問を呈している。


「いや、ジルの言う通りで上手く行くかあまり自信はない。でも他に良い手も思い浮かばないのも事実だ。仮にやるとしたら毒は俺の『薬師の加護』で作れば良い、トリカブトを大量に集めないといけないが」


『今回は調整者側の問題だしそこはダイチに何とかしてもらうよ、各地の調整者を使って森から集めても良いし、土地が痩せちゃうけどダイチが生やす事だって出来る』


そう言われたダイチは黙って頷いている。


「毒が出来た時点で、大きな注射器のような物が必要だが作れるかな……?」


『それもダイチに作ってもらえるさ。女の子の手術で作った器具みたいなのでしょ? 大体の形さえ教えてくれればどうとでもなるよ』


「あとは、大地の竜が夜寝てる時にこっそりと近づき皮膚に近い場所にある静脈の位置をミズーに教えて貰ってから、ジルヴィアの剣に添えて注射器を突き刺して毒を注入すれば終わりだ」


そこまで聞いていたミズーが頷く。


『なるほど、外から攻撃するよりは確度が高そうではあるな。我はトールの作戦に乗るのが良いと思うがお主らはどうか?』


『賛成だね、仮に失敗しても次の方法を考えれば良いだけだし。トールとジルヴィアに僕らが密接していれば大地の竜もこっちを攻撃出来ないから、二人が怪我する事はないでしょ』


『……賛成』


「そういうわけだから、ジルヴィアも手伝ってもらって良いか?」


「もちろんだよ、トール。夫婦だしね。しかし私の旦那さんって結構賢かったんだね」


ジルヴィアはニコニコしている。


「ジルヴィアが俺の事を元々どう思っていたのか少し気になるが、よろしく頼む」


『やるとなれば早い方が良かろう、今宵に実行しようぞ。

ダイチ、毒の成分が三十グラム……以前に聞いた話だと〇・〇三キーグに相当する量か。それだけ抽出できる鶏冠草、出来れば多めに各地の森の調整者に集めさせるなり、どこかの土地で生やすなりして揃えられるか? その後はトールの言う注射器とやらも作らねばならぬ』


『……可能』


そう言って、ダイチは地面に沈み込んでいきこの場から消えた。


『僕は大地の竜の位置を確認しておくよ』


タイキはそう言いながら、色が薄くなっていきやがて消えた。


『お主らは夜まで英気を養っておけ、夕方に一通りの準備をしてから夜になったら我が大地の竜の元までお主らを連れて行く』


「古の民の所から戻る時に使った、あの速さでか?」


『そうだ、なればすぐに大地の竜の元まで着くだろう』


「そうなると今日は臨時休業にするか、まあしたところで困る奴もいないだろう」


「じゃあ表の札を閉店にしちゃうよ、トール。鍵も閉めとくね」


「ああ、頼む」

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