第100話 帰還

呼び出されたエーファは、ふむふむと頷きながらドミニクの話を聞き終わった。


「つまり、何とかしてトール様にザレへ戻ってきてもらえないかと。しかも早急に」


「うむ、そうだ。無茶を言っているのは分かっているが、お前の発明品で何とかならぬか?」


「うーん、そうですねえ……」


下を向いて顎に指をあて、一瞬考え込む仕草をするエーファ。そしてすぐに顔を上げた。


「実は父上には黙っていたのですが、出発される際にトール様へ我が家の紋章付きの証明板を渡しておりまして」


「ああ、面倒な事になった時に出せるようにか?それは別に構わん、それでそれがどうした?」


「実はその板に試しにと特殊な加工を施しておいたのです」


「ほう…。して、どのような加工か?」


「ここからその板へ向かって文字を送る事が出来る機能です、遠くに行かれるとおっしゃっていたのでついでに試してみたくて」


「トール殿でお前の発明品を試そうとするとは……。まったく、お前の発明に対する情熱はどうなっているんだ。だが、今の状況からするとでかしたとしか言いようがない。早速送ってみてくれ!」


「どれぐらいの距離まで送れるのかも分かっておりませんし、上手く行くかは分かりませんがとりあえずやってみましょう。それで、父上。どのような言葉を送りますか?送る回数にも、文字数にも制限がございますが」


「うむ……」


それを聞いて考え込むドミニク。父と娘のやり取りを黙って見守っていたシンデルマイサーが口を挟む。


「トール殿はおそらく私の事を覚えてはいるはずだ。シンデルマイサーが緊急の用事でトール殿探しにザレに来ている、報酬としてそちらのどんな要求にも応える故すぐに戻ってきて欲しいと伝えてくれ」


「父上、それでよろしいですか?」


「うむ、問題ない。早速、具体的にどういう文字を送るか決めよう」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ここに来てどれぐらい経っただろう、二~三週間ぐらいだろうか?ゆったりとした時間が流れ続けている。エアコン付きの家だったり、食べ物のバリエーションや、上下水道の整備具合はやはりザレに軍配が上がるが、ここでの生活も悪くないなと思っている。


今日の夜も麻雀大会をやるんだろうか、と座布団のような物を枕にゴロ寝しながら思っていた時だった。俺の鞄が何か光っているような気がする。


「ん? 俺の鞄がなんか光っていないか?」


ミズーも鞄を気にかけている。


『うむ。何やら光っておるようだ、変な物でも入れたのか? 我が探った限りでは特に危険な物ではないようだが』


「そうか。しかし、そんな物を持ってきた記憶は無いが……。取り出してみるか」


鞄の中を慎重に探ってみると、金属板のような物がぼんやりと光っているようだ。これは……なんだったっけ? ああそうだ、エーファからこれはアーヘン家の賓客である事を示す証明書のような物だから、旅先で特に貴族絡みのトラブルになったらこれを見せると良いですよと言われて貰った物だ。アーヘン家の紋章をかたどったもので、後ろ盾の証明が出来るとかなんとか。しかし、なんで光ってるんだこれ。


取り出してみる、金属板の紋章をかたどった裏側が光っている。ひっくり返して見てみると、光った文字が浮き出ている。こちらの世界で普通に使われている文字だ。


『なになに……、シンデルマイサーが緊急の頼み事でザレに来ている、至急戻られたし。頼み事の報酬としてどんな要求にも応える、か』


シンデルマイサー……?? ああ、思い出した。シュナイダーの家の前であれこれやってた時にいた爺さん貴族か、あの時の雰囲気から察するに皇国のだいぶ上の方の貴族っぽかったが。

その爺さんがわざわざ直接ザレに俺を探しに来たって事は、よっぽどの用事の可能性が高そうだ。もしかすると、あの時やった手術絡みかもしれないな。うわあ、厄介事の匂いがするぞこれは。


「ミズー、見てみろよ。この板に光った文字が浮かび上がっていたんだ」


『ほお、面白いな。これはどういう仕組みなのだ?』


「さあなあ、多分エーファが作った発明品だとは思うが。文字からするとザレにすぐ戻ってきて欲しいらしい」


『ふうむ、しかし店を経営してはならぬと言われてまだ二か月は経っていないのではないか?』


「ああ、まだ経ってないな。具体的な用事が書かれていないが、シンデルマイサーが急ぎの頼み事という時点で嫌な予感がするし、気が乗らないなあ」


『別に無視したところで問題もあるまい』


「俺がいる場所なんて分かってすらいないって事だろうし、連絡なんて来なかった事にして無視しても良いかもしれないな。一応、その頼み事とやらの結果次第でどんな報酬でも貰えるらしいが」


『ほお、そうか……。 それなら戻ってやっても良いかもしれぬ』


「なんか欲しい物でもあるのか?」


『前に醤油を作った時に、お主に要望があるが大きい事ゆえ今回は貸しで良いと言ったのを覚えておるか』


「ああ、そう言えばそんな事を言っていたな」


『これと合わせる貸しを返させるのに丁度良いかもしれぬと思っておる、そろそろ例の店のパンも食したくなってきたのもある』


パンが大好きな巨大猫。


「うーん……、じゃあ一旦ザレに戻るか?」


『うむ。ろくでもない事ならまたここへ戻ってくれば良いのだ。タイキのアレを使うとすれば二、三日でザレまで戻れるであろう』


「でも、普通の街道を超高速で進むのは流石にまずいんじゃないか?」


『街道を使わなければ良い、我なら道などなくとも進むことが出来る』


「じゃあ戻るか?どうするかな、今日一通り準備して明日ぐらいに出るか」


『どれぐらい急ぎなのかよく分からぬし、それでよかろう』



次の日にザレへ戻る旨を宿の女将やイエーヴァに伝えると凄く残念がられた。

惜しまれつつも、古の民の村を去った。また来る事もあるかもしれないな。

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